不思議な目の少女
海の音がきこえる。
山の音が、きこえる。
空の音もきこえる。
東京の真ん中では絶対に耳にすることのない音が、その少年を包んでいた。
真っ白な砂浜に、ただ1人打ち上げられて眠っている少年を。
「・・・っ!?」
ハジメは真っ白な砂浜の上で、深い眠りから目を覚ました。
頭がボーッとする。
彼はまだ開ききっていない目をこすりながら立ち上がった。
そんな彼の目の前に広がっていたのは、東京のビル群とはかけ離れた、有り得ない景色だった。
見たことのない木々が散漫と立ち並び、
真っ白な砂浜に、青い波が打ち寄せている。
どこからか獣の唸る声も聞こえる。
小高い丘の向こうには、砂浜のような白い壁に、波のような青い丸型の屋根が乗った家々が見える。
そこは明らかに、日本ではなかった。
「ここは・・いったい・・?」
もやのかかったような彼の頭に、少しずつ記憶が舞い戻ってきた。
そしてハジメは、とてつもなく重要なことに気がつく。
「ユウ・・ユウ!?」
先ほどまで隣にいた親友の姿がどこにもなかった。
ハジメは自分がどういう状況にあるのかを考えていた。
(たしか、大きな橋の下にある雑貨屋で、薫ちゃんの誕生日プレゼントを買ったあと・・突然橋が崩れ落ちてきて・・なにか大きな穴?に吸い込まれた、のか。)
ならばユウとはそこで離れ離れになったと考えていい。それに、最後にユウと言葉を交わした記憶もある。
一旦は安心した。
が、記憶が戻ってもわからない。
ここはどこなのか。なぜ自分はここにいるのか。
そもそも自分が生きているのかどうかさえ定かではない。
「俺は・・死んだのか・・・?」
ハジメは頬を思いっきりつねってみた。
普通は夢かどうか判別するときに行う行為だが、今のハジメにとって、そんなことはどうでもよかった。
「い、痛い・・。」
いよいよハジメはパニックに陥った。
自分は生きていて、しかも夢ではない。
「ここは、ここはどこなんだよ!?帰りたい・・」
ハジメは崩れ落ちるように座り込んだ。
泣きそうな顔で小さくなるハジメに、見知らぬ声が呼びかけた。
「あ、あの・・」
ハジメは突然呼びかけられて驚いた。
そして顔を上げた先にいたのは、
ハジメと同い年くらいの美少女だった。
その少女はハジメが今まで感じたことのない、不思議なオーラを纏っていた。
どこからそんなオーラが出ているのかと思い、少女を見つめていたハジメの視線が、少女の目をとらえた。
瞬間、ハジメはそのオーラの出所を突き止めた。
目だ。
彼女の目は、まるでオパールのように見る角度によって色がコロコロと変わっていたのだ。
「きれいな目・・・」
思わずそうつぶやいていた。
「へ?」
少女は困ったような顔を浮かべて、ハジメの顔を覗き込んだ。
その表情があまりにかわいく、ハジメはつい目を逸らしてしまった。
「いや、その、あの・・ご、ごめん・・。」
そんなハジメの様子を見た少女は、クスっと笑って
「ありがとう」
といった。
さらに質問を投げかけてきた。
「こんなところでなにしてるの??」
その言葉で我に帰ったハジメは、勢いよく少女の肩を掴み、叫んだ。
「そ、そうだ!ここは!?ここはどこなんだ!?」
その少女は突然肩を掴まれた上に叫ばれて、飛び上がらんばかりに驚いていた。
「あ、あの丘の向こうに見える白い建物があるところが・・アテネだけど・・」
・・・は?
ハジメの頭はパンク寸前だった。
(アテネ?今この子アテネって言ったよな?アテネってあのギリシャの首都の?なんで?なんで日本の首都からこんなとこまで飛ばされてんだ?
いやまてよ・・この子の服装・・前に本で読んだ古代ギリシャの服装によくにて・・)
ハジメは意を決してある質問を少女にした。
「今、何世紀かわかる・・?」
すると少女は困惑した顔で、
「ナンセイキ?って何・・?」
その瞬間、ハジメの中でなにかが完結した。
この少女は世紀の仕組みを知らない。
そして、古代ギリシャ文明が栄えたのは紀元前だ。
つまり・・
「タイムトラベル・・」
通常ならば有り得ないことだが、その有り得ないことが目の前でおきている。
これをタイムトラベルと呼ばずになんと呼べようか。
つまり自分は橋下で事故に遭い、大穴に吸い込まれて古代ギリシャにタイムトラベルしたのか、とハジメは悟った。
(案外驚かないものだな・・)
先ほどまでパニックだったことは棚にあげて、ハジメがそんなことを考えていると、
「ねぇ、もし疲れてるなら、家で休んで行く?」
と少女が心配そうに問いかけてきた。
ハジメは感心していた。
よくこんな頭の沸いたような見ず知らずの男を家に入れようとするな、と。
だが実際ハジメは心底疲れきっていたので、
「お、お願いします・・」
と即答してしまった。
そしてハジメはその不思議な目の少女について行くことにした。
普通の人間のものとは思えないほどの不思議な目をした少女について。