太陽神と運命の神託
町の西方にある巨大な神殿の前には、早朝から長蛇の列ができていた。
ハジメとカリュクスは眠い目をこすりながらその列に加わった。カリュクスは宿でもらってきたパンをかじっている。どうやら今朝焼き上がったもののようだ。ふわっとしたいい香りが漂ってくる。
「アポロン様って、どんな神様なんだ?」
ハジメの知っているアポロンは、音楽と医療を司る神で、太陽神でもあったはずだ。
しかしこちらではもしかしたら立ち位置が違うのかもしれない。謁見の前に知っておいて損はない。
「音楽とか医術とか弓矢とか、いろんな事ができる器用な神様だよ!おまけに太陽も司ってて、明るくてかっこいいんだって!」
カリュクスは目を爛々と輝かせながら教えてくれた。どうやらハジメの認識は間違っていないらしい。
しかしなぜこんなに神様の多い神話において、彼ばかりがたくさんのものを司っているのだろうか。面倒事を引き受けるのが好きな雑用タイプなのだろうか。
そんなくだらないことを考えているうちに、ついにハジメたちの順番は次にまで迫っていた。
「前の方が出てこられたら、中にお入りください」
神殿に入れる人数は制限されているようだ。
と、前の老夫婦が神殿から出て来た。
「どうぞ」
案内されるがままに、ハジメとカリュクスは神殿の奥へと入っていった。
ハジメは一番奥の部屋から光が漏れ出ているのに気がついた。
どうやらそこにアポロン神がいるらしい。
ハジメは深呼吸をし、部屋の扉をそっと開いた。
するとそこには一面真っ白な部屋が広がっていた。かなり広い。
その部屋の中央に、黄金の玉座に座した男がいた。
第一印象は、ド派手。
きらびやかな服を纏った長身の金髪碧眼の美形の男が、玉座に座っていた。
「やあ、迷えるものたちよ。アポロンの神殿へようこそ………」
ハジメは生まれて初めて目にする神様の威厳に完全に気圧されていた。
「は、はじめまして………し、神託を、頂きたく参上致しました」
ハジメは一歩アポロンの方へ近付いた。
カリュクスもそれに続く。
「もちろんわかっているさ。じゃあ、早速君の運命を覗いてみよう。名前を教えてくれるかい?」
アポロンは滑らかな口調でハジメに名前を問うた。とても心地よい声だ。まるで春の陽光のように、聞くものの心をどこかふわふわとさせる。
「し、シラハマハジメといいます」
アポロンはすっと目を閉じた。
「運命の三女神よ……シラハマハジメの運命を私に見せたまえ………」
空気が振動する。今にもバリンと音をたてて割れそうなほど、激しく震えだす。
そしてふいにアポロンが目を開いた。
先程までの碧眼とはうってかわって、その瞳は黄金に輝いていた。その口から神託が流れ出す。
~汝、大いなる運命のもと、黒き装束に身を包みし迷い人と合い見える
黒き装束、魔界の異形を呼び起こし、天地動転の大変を起こす
勇気、愛情、知恵、覚悟、誇りを司る英雄、汝に力を与うるため、各地に眠る
その力と妖精の娘、巨人の男とともに、汝黒き装束と対峙し、それを討ち滅ぼす~
言い終えるとアポロンは目を閉じ、もう一度開いたときにはまたもとの碧眼に戻っていた。
「なるほど…君が別世からの迷い人か。つまり君にこの世界の命運がかかっているわけだ。
しかし君はあまりに困難な運命を背負っている。これはあくまでも餞別だ。少しでも君の助けとなるよう、僕も君の成功を祈っているよ」
そう言ってアポロンはハジメに、一本の剣を手渡した。刃渡りが1mくらいの剣だ。柄には真っ赤な宝玉がはまっている。
「太陽の加護を受けた剣だ。役に立つだろう」
アポロンはそういうと優しそうに微笑んだ。
「ありがとうございました!」
ハジメは深々とお辞儀をした。
そしてカリュクスとともに神殿を後にした。
「さっきのお告げ……つまりハジメは五人の英雄を起こすために旅に出るのね。」
そういうことになる。どうやら黒い装束に身を包んだ人とハジメは戦うことになるらしい。
しかし神や英雄だらけのこの世界、五人の英雄が誰かなどそう簡単にわかるのだろうか。
「そいえば昔、森に住んでたころに勇気の英雄の話をきいたことがあったわ!
かれはゴルゴーンの洞窟に行き、聖剣ハルペーを用いてあのメデューサを倒したの!そう、ペルセウスよ!」
思わぬ進展だ。たしかにカリュクスは妖精なのだから、そういった話はハジメよりも詳しく伝わっているはずだ。
しかしペルセウスのメデューサ退治の話ならギリシャ神話の中でも特に有名な話だ。もしあの話の通りなら………
「ゴルゴーンの洞窟へ行ってみよう。なにかわかるかもしれない。」
ハジメの行き先は決まった。
ところで先程の神託で、気になる点が二つあった。五人の英雄の他に、妖精の娘と巨人の男の協力者がいるということだ。
その妖精の娘というのは恐らく……
「カリュクス、俺と一緒に来てくれるかな」
ハジメはカリュクスに向き直る。
するとカリュクスは驚いた表情で、
「当たり前じゃない!お告げでも妖精の娘って言ってたし、もしその娘が私じゃなくてもついていくよ!」
ハジメは少し泣きそうになった。
少なからず危険も伴うであろうこの旅路に、自分のとともにいてくれる人がいる。
それだけでなんと心強いことだろう。
「よろしく、お願いします」
カリュクスは少し照れ臭そうに笑いながら、
「はい!」
と元気よく返事をした。