普通の幸せ
普通。一言で彼を表現するにはこの言葉が一番合うだろう。というより、そうとしか言いようがない。
成績は?全教科平均ど真ん中。運動は?これもまた平均ど真ん中。なにか特技があるかと言われれば、何も思いつかない。
別に、全てがダメな落ちこぼれというわけではない。勿論、なんでもできるスーパーマンでもない。特に珍しい過去もない。将来の夢も決まってない。だが、かろうじて趣味といえるものはあった。
読書だ。彼はまさに本の虫だった。休み時間、放課後、休日、とにかく暇さえあれば本を読んでいた。別にいじめられていたわけでもないし、大切な友達もいた。恋だってしたことくらいある。結果はいうまでもないが。
それでも彼は幸せだった。大好きな友達がいて、大好きな読書ができる。食事や寝る場所、衣服だって人並みにはもっている。それさえあれば幸せなことを、彼は知っていた。
別に特別な力も、非現実的な経験も、他を圧倒する富も、なにもなくても幸せになれることを、彼は知っていた。むしろ、なにもないことが幸せだと思っていた。
白浜一は、都内の普通の公立高校に通う高校二年生だった。
数え年では17になる年だが、彼の誕生日は12月なので、4月の中頃の今はまだ、16歳だった。
「・・・・・」
一はうららかな春の日差しのなか、昼休みを校庭の隅の桜の木の下で、いわゆる「ぼっち飯」で過ごしていた。
彼の傍らにある桜はもう花びらが散って、葉桜になっていた。
校庭の桜の中には、まだ数枚の花びらをつけたままの木もあったが、ほとんどの木は一の近くの木と同様、青々とした若葉を茂らせていた。
ヒラリ、と一の肩に、残り数枚となった薄紅色の花弁が舞い降りた。
「・・・・・」
一はその花びらを手に取り、太陽にかざしてみた。
薄い花弁を通り抜けた柔らかな光が、彼の瞳に映る。
一はそっと桜の花びらを地面におき、弁当箱の蓋を閉じた。そしてバッグの中から今読み進めている途中の小説を取り出し、しおりを挟んだそのページを開いた。
その瞬間、彼の目の前に、無数の赤マルがつけられた白い紙があらわれた。
「うわっ・・」
それはどうやら物理のテストらしかった。
「へっへーん!やっと合格したぜ!」
そのテストの持ち主は、一の幼稚園来の親友、三井裕太だった。
「ユウ・・合格って、それ、追試でしょ?」
「追試でも合格は合格だろ!」
裕太は運動神経はいいが、学力の方に問題があった。
一は学力も普通なので、追試をうけたことは一度もなかった。
「あ、そうだはじめ!」
急になにかを思い出したかのように裕太が一の横に腰を下ろしながら言った。
「今日の放課後ヒマ?」
彼の目がいたずらっぽく光る。
「ヒマだけど・・なんで?」
「ちょっとついて来て欲しい所があんだよ~」
一はため息をついた。裕太がこういう事を言い出す時は、たいてい悪巧みをしているときだ。
小学校3年生の時は、2人で学校の裏山で花火をして危うく火事になるところだった。小学校5年生の時は、その時の担任教師の家が裕太の家の近所だったので、その家に毎日のごとくピンポンダッシュをしていた。
中学校に上がった後も、真夜中に学校に侵入して、天体観測をしたり、昼休みに体育館の上に登って昼寝したり、色々な事をしていた。
まあどれも教師や大人にことごとくみつかり、こっぴどくしかられたのだが。
それでも一は裕太と過ごす時間が楽しかった。彼といると、まるで閉ざされていた自分の世界の扉が、一つ一つ開いていくようだった。だから今回も・・
「はあ・・まあいいけど?」
裕太がニヤリと笑う。
「よぅし!じゃあ今日家帰ったら、ダッシュではじめの家に呼び にいくからな!」
「わかったよ」
一は裕太が何を考えているのか、さっぱりわからなかったが、少なくとも今日も彼の手によって、一の世界の扉がまた1つ、開かれるであろうことを、彼は知っていた。