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2014年/短編まとめ

エメラルド

作者: 文崎 美生

最近はとことんついていない。


愛用していたギターの弦は立て続けに切れるし、その愛用していたギターは部屋の模様替え最中にぶつけてしまい破損してしまった。


傘を忘れた日に限って雨が降り、急いでる日に限って電車が人身事故で遅れる。


一体何の嫌がらせだ。


深い溜息を吐き頭を抱える。


ライブ本番までもう何日もないというのに、こうも不運が続くと恐ろしくなる。


ライブ直前まで愛用のギターは戻ってこないし、このまま不運が続けば本番にギターがないなんてこともありえそうだ。


「大丈夫かー、皐月サツキ


ポンポン、と頭を叩いてくるバンド仲間に力ない笑みを返す。


このまま落ち込んでいてもしかたないか。


そう思い今日は早々に上がることにして、気分転換に散歩でもしよう。


学校を出て校門の方へ目を向けると、何だか目立つ格好をした女の人がいた。


黒と白のブラウスとロングスカートを着ていて、それら全てがゴシックという。


彼女を見ていると目が合ってしまう。


ドキッとして僅かに後ずさると彼女は口元に手を当てクスクスと笑った。


「そんな顔をしていたら、どんどん運気が下がっちゃうわ」


ソッ、と白魚のような指先で頬に触れてくる。


初対面…だよな。


何なんだろう、この人。


警戒心を強める私を見ても彼女は動じず、ブラウスの胸ポケットから小さな石を取り出す。


そしてその石を私に握らせる。


「貴女には笑顔が似合うわ」


そう言い残して去っていく彼女。


その後ろ姿を私はポカン、と口を開けて見ていることしかできないのだった。


何だか良く分からないことが一瞬で起こって一瞬で去っていった。


残ったのは握らされた小さな石。


鈍い緑に輝くそれを見つめていると「皐月?」と声をかけられた。


驚いて後ろを振り返るとバンド仲間のカケルが立っていた。


キョトン、と私を見つめている。


「あ、あぁ…ごめん、何でもないよ」


石を握り直しスカートのポケットに突っ込む。


そして後を追ってきたのであろう翔に何か用なのかと問いかける。


すると翔が「あー、あぁ!」と忘れてたと言わんばかりに頷く。


自分から追いかけてきたくせに…。


訝しみながら翔を見ると人懐っこい笑顔を向けてくる。


「ギター直ったみたいだから、一緒にショップ行くべ?」


ヂャラ、と音を立てたシルバーアクセを見つめて翔の顔に視線を戻す。


何が直ったって?


眉間にシワを寄せ険しい顔をするとクスリ、と翔が笑い私の肩を叩く。


「皐月のギターが直ったって、さっき連絡きたんだよ。思ったより早く仕上がったって」


良かったな、なんて無邪気に笑う翔。


これで練習できるとガッツポーズの私。


頭の中に彼女の『貴女には笑顔が似合うわ』という言葉が浮かんだ。


「行こうか」


そう言いながら歩き出す翔に並びポケットの中の石を握った。


ショップへ行くと私の相棒でもあるギターはしっかりと直っていて、新品さながらになっていた。


お礼を言ってお金を払うと「またどうぞ」と店員さんが、割引券をくれた。


これはありがたい。


「これで明日から練習できるなー」


何だかお気に入りの楽譜があったとかで、ご機嫌な翔が笑いながらそう言った。


そして私はポケットに入れたままの石とあの女の人を思い出し、色んな言葉が浮かんでは弾けて消えていく感覚に襲われていた。


黙る私を見て不思議そうに首を傾げる翔。


「翔、悪いんだけどあいつ等に連絡して新曲入れるって言っといて」


戻ってきた相棒をしっかりと背中に抱え走り出す。


呆気にとられ一瞬反応が遅れた翔は「えぇ?!ちょ、皐月!」なんて焦った声を出していた。


それでも私の足は止まらない。


溢れ出した言葉を紡ぎ音にしたい。


インスピレーションが湧き出すってこういうことか。


走り出せば足は軽くここ数日の最悪な気分がどこへやら。


信号で一度も止まることなく真っ直ぐに家に駆け込む。


部屋に入り五線譜やらルーズリーフやらを引っ張り出し、相棒をケースから出してやる。


その日は寝ずに一曲作り上げてしまった。


しかも携帯などのチェックをしていなかったせいか、バンド仲間からの着信がひどいことひどいこと…。


勿論翌日学校に行ったら今更新曲入れるってどーゆーことだ、とか何で昨日連絡しなかった、とかめちゃくちゃ言われた。


翔が助けてくれなかったので、作ったばかりの出来立てホヤホヤの新曲を渡せば全員黙った。


当たり前だ、今回は自信作なのだから。


ニヤ、と笑えば全員乗り気になって練習の日程を変える話になる。


あぁ、そういえばこんな風にイキイキしているのは久々だ。


こんな風に笑うのも。


「皐月ー、練習すっべー」


バンド仲間の声に私は笑顔で答えた。

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