第二章 日常Ⅱ
「えー、この式は…」
「……」
「……」
「ここのxに代入して…」
「……」
「……」
「それで解を…真田君、篠原君。授業中は寝ないように」
「はーい…」
「分かりました…って、航輔寝てなかったの?」
二時間目。
前の休み時間に時間ギリギリまで騒いでいた彼らは、完全にダウンしていた。
「君たち、本当にだらしないなぁ」
護がそう呟いた。
その彼は依然、きちんとした姿勢で授業を受けている。
「お前、よく平然と授業受けられるな…」
「ん?何がだい?」
「いや、何でも…」
「高木君、真田君、篠原君。授業に集中するように」
「すいません、先生」
「ごめんなさーい…」
「……」
「航輔?」
「……」
「篠原君?」
「…ぐぅ…」
「結局寝るのかよ⁉」
「真田君。授業中に叫ばないように」
「疲れた…」
「ようやく昼だ!」
あのまま二時間目を乗り切り、三時間目の厳しい先生に叩き起こされながら、四時間目の体育を耐え抜いて。
少年たちは昼食の時間という『楽園』へとたどり着いた。
「飯食うぞ!竜馬!」
「お、おう」
さっきまであんな調子だったのに、突然元気になったな…とか思いながらも、そんなことは後回しと、鞄から弁当箱を取り出す。
席について、弁当箱を開けて…
「見つけた‼」
「…は?」
「…へ?」
廊下から声がした。
嫌な予感がして、ちらりと目をやる。
教室の外、雑踏の中に金髪の少女が立っている。
「ハァ…ハァ…」
息が切れて、呼吸が乱れている。
その乱れた呼吸を落ち着けて。
「…ようやく見つけたっ‼」
「「こ、怖ぁー‼」」
金髪の不良少女、もとい高槻光は、竜馬達のクラスへ遠慮なく入って来た。
「怖ぁじゃない!今度こそ私の奴隷にぃ‼」
「だからその顔が怖いんだって‼」
平和なはずの昼食タイムが一転、一気に戦場へと変わる。
「待てぇ‼」
「待つかぁ‼」
「竜馬、昼飯は⁉」
「後だ!とりあえず逃げる!」
「待てって言ってんだろ‼」
「全く…」
こんな時でも冷静な委員長、高木護が制止に入る。
「君はこんな時間まで何をはしゃいでいるんだい?真田君」
「ちょっと⁉なんで俺だけ⁉」
「走り回っているのは君だけじゃないか」
「後ろの先輩だって走ってるだろ‼」
「高槻光だ‼」
「今はそんなことどうでもいいっ‼」
教室内で逃げ回っても勝ち目はないと踏んだ竜馬は、何とか廊下へと飛び出した。
「きゃっ⁉」
と、同時に誰かにぶつかりそうになる。
「ごめん、大丈夫⁉」
「さ、真田君⁉」
「どうしたの?」
その誰かとは、学校の購買で昼食を買ってきていた朋美と美影だった。
二人は突然飛び出て来た竜馬に問いかける。
「いや、なんでも…って、あれ?二人って仲良かったっけ?」
「え?いや…」
「そうよ、友達なの」
「み、美影ちゃん⁉」
朋美の思いもよらないといった反応に、美影の表情が一気に曇る。
「どうしたの?もしかして朋美は…私と友達なのが嫌なの…?」
「ち、違う!違うの‼」
「………くすっ」
泣きそうな顔になって慌てふためく朋美の顔を見て、美影は笑った。
「ふふふっ」
「違うの…て、あれ?へっ?」
「冗談よ、朋美」
「な、なぁんだ…」
緊張感のようなものに負け、へなへなと朋美は地面に座り込む。
ようやく安堵し、顔を上げる。
目の前で立っている美影と、目があった。
「……」
「……」
二人は無言で微笑みあった。
(何だかよく分からないけど、良かったな…)
そんな二人の様子をそばで見ていた竜馬は…
(でも…何か大切なことを忘れているような…)
「それより真田君」
「うん?」
「何であなたは飛び出してきたの?」
「何でってそりゃあ……あっ!」
と、声をあげるのと同時に竜馬の肩にポンッと手が置かれた。
「………」
錆びついた機械のようにぎこちなく振り向く。
「……(ニコッ)」
「ひぃやぁー‼」
「竜馬!」
ついに捕まってしまった竜馬の元へ救世主が現れた。
「拓摩⁉」
「つかまれ!」
「あっ!」
肩をしっかりと掴んでいた手が、するりと抜けた。
竜馬は拓摩に手を引かれて走る。
「おぉっ!拓摩っちと…竜馬っちだよね。何?何?お姫様ごっこ?」
「まぁお姫様役が男じゃ、萎えちゃうな…」
走った先で、宗親と隼に出会った。
「遊びじゃなぁい‼お前らも逃げるぞ‼」
「「え?」」
ちゃっかり巻き込んでいく。
「一体何から…って、何か走って来てるー⁉」
「あ、女の子だ。スカートを…」
「隼!殺されるぞ‼」
どったんばったん。
入学二日目で大混乱。
「お前ら!何走り回っとるか‼」
「やべ!学校一恐いと噂の安藤先生だ‼急ぐぞ竜馬‼」
「え?誰に説明してんの?」
仕舞には先生まで加わる大乱戦に。
この日の午後は関係者一同、ずっとお説教タイムになったそうだ。
「そういやあさ…」
「ん?どうしたんだ、竜馬?」
「これじゃあ本当に俺がヒロインみたいだな」
「あー…まぁ、気にするなよ」
この世界のどこか。
まだ誰も見たことの無い場所。
深淵なる場所。
そこで…
「何⁉一号が行った?」
「は、はい」
「あいつろくに命令も理解してないんだぞ!」
「いや、しかしもう…」
「いいから呼び戻せ!なんとしてでも―」
「放っておけ」
「「えっ⁉」」
「それで死んだら、そこまでだったってことだ」
「しかし…彼は…」
「………」
「…分かりました」
「………」
「二号、三号、四号はどうしますか?」
「………せめて対象の名前くらいはきちんと覚えさせておけ」
「はい」
竜馬達は歩いている。
耳に痛い―主に音量的問題で―お説教を受けた竜馬と拓摩、そして特に怒られなかった航輔は、学校からの帰途についていた。
「疲れたなぁ…本当」
「まああれだけ走り回ったらね…」
「お前ら、元気ないなー‼」
なお、航輔は昼以降走っていないし、お説教も受けてないため、元気いっぱいである。
「でも…」
「ん?」
「ん?」
「何か…楽しかったな。久しぶりにバカ騒ぎして」
「…そうだな」
「おうっ‼」
竹前北中学校でのこの三人は、バカ騒ぎをするということにおいてのみで、有名だった。
竜馬について、“彼ひとりでは目立たない”とあったが、こういうことだ。
それはもう授業中だろうと、何だろうと、お構いなしの精神である。
その果てに『いつもの三人』という呼び名があった。
事あるごとにいつもの三人といえば、真田竜馬、相川拓摩、篠原航輔の三人組であるというのは、学校中の共通認識にまでなっていたのだ。
そんな彼らにとって、場所を移しての、久しぶりの大騒動だった。
「帰るぞ!拓摩‼航輔‼」
「おう!」
「おわ⁉いきなり走り出すなよ!」
竜馬は…三人は笑いながら走った。
「やっと…やっと時が来た…」
「はい。しかしもう少し待ちましょう」
「何故だ?」
「もう少しで彼が独りになります。そこで…」
「うむ。元よりお主に任せておる。好きにするがよい」
「はっ‼」
「…もうすぐだな…」
「はい?」
「もうすぐ物語が始まる…」
「物語…」
「そう、物語だ…」
結局その後も笑い続けた。
ぜぇぜぇ、はぁはぁと息が切れても笑い続けた。
最後は周りからの白い眼に気付いてやめた。
そこまで楽しかった。
そして今は一人。
竜馬は拓摩、航輔二人と家の方向が違うため、一人で歩いている。
「いやぁ、楽しかったなぁ…」
つぶやく。
心なしかいつもより足取りが軽い気がする。
「楽しかったなぁ…」
またつぶやいた。
竜馬は実に軽い足取りで、住宅街を抜ける直前の十字路にさしかかっていた。
この十字路は左右が見えにくく、横から人や車が近づいて来ても分かり辛いため、危険と言われている場所だ。
竜馬はいつも通り立ち止って、カーブミラーで誰もいないことを確認する。
そして―
「君が真田竜馬君だね?」
「君が真田竜馬君だね?」
「…え…⁉」
竜馬は驚愕に目を見開いた。
数秒前。
カーブミラーで確認した時には、そこに人はいなかったはず。
ならば見間違いか?それとも幻聴や幻覚の一種か?
答えは否。
確かに先ほどまで誰もいなかった場所に、黒いローブを着た何者かが立っているのだ。
「君は…力が欲しくないかい?」
その声は男性の声だった。
「…はい?」
「この世界には沢山の不条理がある。それらすべてを覆すことのできる…そんな力が欲しくないかい?」
「力…」
見た目も話している内容も、明らかにあやしい男だが、竜馬は自然と逃げる気にはならなかった。
そして竜馬は問い返す。
「一体何の力が必要なんですか…?」
「……」
「こんな平和な世界なのに…こんなに楽しいのに…?」
「…心配しなくていい。君にもすぐに分かる…」
「何が…って、うわ⁉」
突然強い風が吹いた。
竜馬は反射的に目を閉じる。
「……あれ?」
その一瞬で目の前の男は消えていた。
時刻は四時を過ぎ、陽は傾きつつある。
言うならば黄金色の世界。
その中に竜馬は、更なる黄金を見つけた。
「ん?何だこれ?」
手に取ってみる。それは小さな石だった。
手の平に収まるサイズだが、ずっしりとした重量感がある。
夕日の光に当たって黄金色に輝くその姿は、まるで琥珀のようだ。
竜馬は手に取ったその石を太陽にかざしてみる。
(ん…?)
更に煌めいたその石の中に、竜馬は何かを見た気がした。
「………」
そのままの姿勢で数十秒。
すぐ横を通った車の音で、ハッと我に返った竜馬は…
「…帰るか」
竜馬はこの時、その石を自然にポケットにしまった。
それを拾うことが当然かのように。
しかし無意識のうちに。
まるで何者かに仕組まれたように。
大芸の田んぼの中の道を竜馬は歩く。
見渡す限り田んぼか畑のその中に一軒見えるのが、竜馬の家である。
「ただいまー」
「お帰り、竜馬」
いつものように元気よく帰宅した竜馬を母、恵美が迎える。
「いやー変な人に絡まれてっ……‼」
和やかな、いつも通りの雰囲気が一気に変わった。
今竜馬が感じたのは、ある種の敵意。
それはリビングにある食卓の席についているある人物から発せられていた。
「晴馬…」
真田晴馬。
竜馬にとって唯一の兄弟だ。
頭脳明晰で運動神経も抜群。いかにもクラスの人気者…というわけではない。
というのも、彼の性格が問題らしいのだ。
晴馬には何事においても、自分より劣っている人をひどく嫌う性格があるそうだ。
そのせいで彼は今、クラス内で孤立しているらしい。
「…何?」
竜馬の顔を見た途端、明らかに不機嫌そうになる。
「いや、何って…」
「何もないなら話しかけないでくれる?じゃあ母さん、塾行ってくる」
「おい…」
「あんたもいい加減勉強したら?友達なんかと遊びまわるんじゃなくてさ」
「おい、晴馬‼『なんか』って何だおいっ!」
親友たちをバカにされて、竜馬の頭に血が昇る。
「……」
「お前…何でそんなになっちまったんだ…」
「…………お前がそれを言うのかよ…」
「晴馬⁉」
晴馬はボソッと呟くと、そのまま家を飛び出して行った。
「……」
リビングが一気に静かになる。
「…何なんだよ…」
先ほどの真田晴馬の説明で、やけに『らしい』とか、『そうだ』とかいう言葉を使っていたのを覚えているだろうか。
あれにもちゃんと理由があった。
昔からこんなに仲が悪かったわけではないのだ。
寧ろ二人の仲は、良い方だった。
今のようになってしまったのは今からおよそ一か月前。
きっかけなど分からない。
突然のことだった。
「何なんだよ…?」
もちろん竜馬にはわけが分からなかった。
時刻は五時前。
日は更に沈んでいた。
「ただいま…」
「はい、おかえり」
階下でそんな声が聞こえる。
壁に掛けられた時計は八時過ぎを示している。
丁度晴馬が塾から帰って来たところだ。
竜馬の部屋は二階にある。
勉強机があり、ベッドがあり、本棚があり。
あと足りないといったらテレビくらいの、まあありきたりの部屋だ。
「ふう…」
何だか手が着かず、早速出された明日までの宿題を途中で置いたまま、竜馬はベッドに横になる。
「今日の学校はどうだった?」
「別に…」
一階からはまだ話し声が聞こえてくる。
(俺、何かしたのか…?)
竜馬は考える。無論、晴馬とのことである。
(『お前がそれを言うのかよ』…か………。うーん、分からん…)
そのまま横向きに寝返りを打った。
「痛っ⁉」
その時竜馬は下側になった足、というか左足の太ももに痛みを感じた。
(ん?何か入ってたっけ…?)
ポケットに手を伸ばすと、そこから黄金に輝く石が出てきた。
おかしい。
今の竜馬は風呂に入り、服もパジャマに着替えている。
というか記憶は曖昧だが、この石は洗濯前に出しておいたか、そうでないなら今頃洗濯機の中で洗われているはず。
それが今、パジャマのポケットから出てくることがまずおかしいのだ。
…とは。
竜馬は微塵も思わなかった。
その前に彼の思考を埋め尽くしたものがあったのだ。
「これは…」
『君は…力が欲しくないかい?』
『この世界には沢山の不条理がある。それらすべてを覆すことのできる…そんな力が欲しくないかい?』
『…心配しなくていい。君にもすぐに分かる…』
(すぐに分かるって…このことか…?)
竜馬は黒いローブの男の言葉を思い返し、そう考えた。
(って、いやいや!そんなわけないじゃないか。ありもしないことを考えても無駄なだけだから…もう寝よう…)
竜馬はもう一度寝返りを打つと、ゆっくりと瞳を閉じた。
「ごちそうさま」
「もう食べたの?じゃあ早くお風呂入ってきなさい」
下から聞こえる声はやはりいつも通りだった。
「う…ん……」
竜馬は目を覚ました。
「…もう朝か…?」
そしてすぐに異変を感じる。
いつもならうるさいほどに感じる鳥たちのさえずりも、はたまた竜馬の二度寝を阻止せんと降り注ぐ朝の陽ざしも。
すべてがなかった。
更に、
「……何で部屋の中なのに霧が出てるんだ…?」
そう。今、彼の周りは霧が出たように真っ白になっていた。
ゆっくり起きて立ち上がり、辺りを見回してみるが何も見えない。
「一体どうなってんだ…?」
試しに少し歩いてみる。
「………」
………
「………」
………
「…何もない…」
本当にここが彼の部屋ならあるはずの机や、本棚や、壁さえも。
この時竜馬は、ここが自分の部屋ではないことを初めて理解した。
と、同時に彼は宙に浮く黄金色の光を見つけていた。
(……何だ、あれ…?)
その光の方向へ、一歩踏み出す。
…ッ
さらにもう一歩。
…チッ
もう一歩。もう一歩。
気が付くと、その光は手の届きそうな所まで来ていた。
相も変わらず目の前の光以外は何も見えない。
カチッ
どこかで時計の針が動く音がした。
(……いや、気のせいだろ…)
更に歩く。
『手を伸ばせ』
「え?」
お次は確実。
どこからともなく声が聞こえる。
『手を伸ばせ』
光の方へ手を伸ばす。
『手を伸ばせ』
そしてその眩い光を―
『手を伸ばせっ‼』
―掴んだ。
カチッ
またどこかで時計の針が動く音がした…。
「…はっ⁉」
竜馬は目を覚ました。
「…もう朝か…?」
(ん?何かデジャヴ…?)
ベッドに寝そべったまま横を向く。
そこにあるのは勉強机や、本棚や、壁。
見慣れたいつも通りの景色。
カチッという音がして、壁掛け時計は五時三十分を指示した。
「夢か……」
で、特段やることもなく、眠くもないので一階へ降りた。
テレビをつけてみてもやっているのは朝のニュースばかり。
母もまだ起きていないので、竜馬は慣れない手つきで自分の朝食を作った。
まあ作ったといってもトーストとインスタントのコーヒーだけ、という何とも言い難いものだったが…。
それらを食べていると、ようやく母、恵美が起きてきた。
「あ、おはよー」
「…………………(沈黙)」
「朝食べてるよ」
「…………………(目をごしごし)」
「おーい…?」
「…………………(目を細めて)」
そして頷いて…
「何だ夢かぁ…」
「夢じゃない‼」
たっぷり三十分くらいかけて説得(?)する。
その結果、『特別早い朝』から、『ちょっと早い朝』にグレードダウンした。
「…あんた、本当に竜馬?」
「だからぁ…」
おや、まだ恵美は納得がいってないようだ。
「…俺が早起きしてたらそんなにおかしい?」
「うん」
「……」
即答。断定。
「……悲しい…」
「何へこんでんの?早起きしたならゆっくり学校行きなさい」
「へーい…」
「あ、ところでさぁ…」
「何?」
「本当の本当に竜馬?偽物だとか…」
「まだ言ってんの⁉」
親にもきっちりツッコミをいれる竜馬である。
「………」
そんな様子を見ながら。
いつの間にか起きて、出発の準備も済ませていた晴馬は家を出た。
いつもなら走って学校に向かう竜馬だが、今日は歩いている。
走っている時に比べ周りがよく見えるからか、新鮮な気持ちになる。
「たまには歩いていくのもいいなー」
「いや、いつも余裕を持って行けよ…」
「今日は珍しく早いな!」
と、そこにやって来たのはおなじみの二人、相川拓摩と篠原航輔である。
「航輔も珍しく起きてるじゃん」
「それを言うなら竜馬こそ」
「いや、俺は寝坊はするけど起きてるし」
「いやいや―」
「いやいや―」
「どっちもだ‼」
三人の中で唯一朝に強い―というか、寝ている所を見たことがない―拓摩が割って入る。
「「むぅ……」」
当たり前のように二の句が継げない二人。それでも何とか、
「「拓摩の…」」
「の?」
「あ、頭の固い奴‼」
「トンコツっ‼」
「待て、竜馬。何か文脈変だぞ!てか、航輔。豚骨って何だ⁉」
「え?あれだろ?あの、ラーメンのスープとかに使う…って、俺何でそんなこと言ったんだ?」
「知るかっ‼」
朝が少々早かろうと、彼らは通常運転だ。
「え?護たちもこの辺通るの?」
「ああ、そうだよ」
今三人は町の中央部、中原の商店街に差し掛かりつつある。
あと十数メートル行けば、いつも通りの活気の中へとたどり着く。
「昨日見たのか?」
「そうそう。あの高木護って奴、どこかで見た気がしてた―」
ドンッ
「え?」
「―ん、ってどうした竜馬?」
突然竜馬に何かがぶつかってきた。
「な、何だ…ってお前らは…」
その何か…というか誰かは、竜馬にそのまま寄りかかる。
「泉⁉木田⁉どうしたんだ⁉」
泉宗親。木田隼。
どちらも昨日竜馬のクラスにやって来た、高木護の親友である。
ガタガタと体を震わせて、黙っている二人。
明らかに様子がおかしい。
「何が…」
ちらりと、二人が走って来た方向を見た。
(…路地…?)
「ま、護っちが…」
「あ、あぁ…」
『路地』『いない高木護』『残る二人の何かに怯えるような様子』
分かるのはこのワードだけだ。
だが何故か嫌な予感がした。
「拓摩、二人を頼む…」
「ああ…」
竜馬はやはり混乱している拓摩に、宗親、隼を任せた。
そして、心に浮かんだその嫌な予感を払拭するために、暗い路地へと向かう。
(そう、大丈夫だ。きっとただ軽いアクシデントがあって…うん、きっと…)
ゆっくりと、しかし確実に歩を進め、たどり着いた先に彼が見たのは―
「…うそだろ……?」
―地獄の光景だった。
路地の少し奥に横たわる人が一人。
そこを中心に赤黒い液体が拡がっている。
横たわった人影はピクリとも動かず。
ただその傍で小さな黒猫が、悲しそうにないていた。




