プロローグ
その日は雨だった。
曇天の空から大粒の雨が大量に降ってくる。
そしてその雨は、彼の顔を余す所なく濡らしていた。
そこはとある山村。
だが村と言うにはあまりに民家が少ない。と、いうより建物自体が少ない。
山裾にいくつか木造家屋があるのみで、閑散としている。
彼はそんな村(…?)を歩いていた。
「はぁ…はぁ…」
息が荒い。
春とはいえ山の夜だ。吐く息は白く、寒さが彼の体温を容赦なく奪う。
「……」
彼はそのわずかな建物のうちの一つを目指して歩いていた。
「……」
静かに、息を殺して近づく。すると、その建物から笑い声が聞こえてきた。
「……」
その声は二つ。若い男女の声だった。
楽しそうで、暖かそうで。いま彼がいる場所とは違う世界のようだ。
彼はその建物にゆっくりと近づくと、左手で抱えていたものを濡れないように軒下に置いた。
それは白い布の塊。
いや、白い布に包まれた何かだ。
「……」
彼はそのまま黙っていた。
何かを惜しむように。
何かを悔やむように。
そして何かに満足したように。
「―――――」
「―――――」
「っ!!」
しかし、その行為は突然の声でかき消される。
「――早く探せっ!!」
「この辺りにいるはずだが…」
次第に近づいて来る声。
彼は白い布の塊から、その布を抜き取ると、手近な石をくるんで持った。
そして…
ガサッ!
「おい!いたぞ!!」
「逃がすな、追え!」
わざと目立つように逃げ出した。
後に残されたのはただ一人。
先ほどまで白い布にくるまれていた。
泣き声一つあげずにぐっすりと眠っている。
赤ん坊だけだった。
その日は雨だった。
曇天の空から大粒の雨が大量に降ってくる。
その雨は大地を濡らし続けていた。




