Intuition and technology
急いで飛び退くが、二人とも間に合わない。――選ばれたのは、レアルスだった。神速の拳打が肩甲骨の中央あたりを貫くように打ちこまれる。仰け反ったレアルスの側頭部に脚蹴が追い打ちをかける。二度バウンドして、十メートル以上も先の地面に転がった。
「てめ……ぇッ」
敵にきりかかろうとしたところで、敵が一瞥もくれずこちらに開いた掌を突き付ける。みるみるうちに、そこに白い砲丸のようなものが形成される。一目見て、それが散々俺たちを苦しめ続けた銃弾と同種のものだと悟り、舌打ち。剣を握る手に力を込める。それと同時に、女の姿を改めて観察する。
背中の中ほどまでを覆う白い髪。それを包むフードやヴェールのようなものはない。肌も真っ白だが、髪の色も合わせ人工的なものでないことはすぐに知れた。髪を染めたり化粧をしているわけではない。
メガネなどのアクセサリーはなく、衣服は単純な貫頭衣。先ほどの格闘で翻っていたから、丸い布の真ん中に穴を開けただけらしい。これも白で、踝までを覆っている。先ほどちらりと見えた貫頭衣の内側は、縄や金具できっちり固められた裸体だった。重要なところは麻か何かの布で隠されていたが。重要なところってオイ。
そして、よく見ればそれが非常に美しい少女だとわかる。丸い輪郭と、柔らかそうな頬に似合わず、鼻はつんと高く、大きな眼の中にはこれまた透き通るような白い瞳。歳は、十代の後半にさしかかったところといった感で、それを否定するようにそれぞれのパーツは幼げだ。うん、胸も。まあ、貧乳顔だし。笑えば可愛いだろうに、表情はどこまでも硬い。レアルスとかぶってんじゃねーよ。
ゆっくりと、少女はレアルスの傍へ寄っていく。斬りかかりたいのは山々だったが、それを牽制するように光球がこちらへ向けられている。何をする気だろうか――少女の緩慢な動作に少し苛立ちを覚えつつ、その一ミリの動きも見逃すまいと気を張っているところへ、少女が左手の砲丸を放ってきた。予備動作など無し。とっさに剣を交差させてすぐ、その防御があまりにも甘いことを悟ったがもう避けられない。白い球体は高速で剣の交点にぶち当たり、爆発を起こす。弾丸の時の小爆発とはわけが違う。まるっきり『爆発』。爆風が土や枯葉を巻き込んで舞いあがり、砲弾の残す大量の白いきらめきとともに俺の視界を奪う。当然ながらその勢いに軟弱な俺では太刀打ちできない。
「があぁっぁぁぁぁぁぁ……!」
地面からは離れまいと足に力を入れたのが災いして、上体だけが先に後方へ押され、後から下肢も巻き込む形で吹き飛ばされる。ゆえにそこには回転が伴った。あたり一面を覆う土のせいで、すぐに上下の感覚があやしくなる。体をできる限り小さくすると、膝が地面に突き刺さる。すぐにひっこ抜けたが、そこで中途半端に力が減殺されたことでかえって回転の周期が短くなり、後頭部を強く地面にぶつけた。今度こそ意識を失えば命はない。思い切り唇を強く噛んだ。さらに剣を握る手に力を入れ、地面に切っ先を振り下ろして俺の体を吹き飛ばそうとする突風をこらえる。
風の勢いが弱くなったのを見計らって、俺は体を起こした。剣を抜いたまま二人の少女がいるはずの方向へ駆け出す。次の瞬間、何かの音をとらえた体が条件反射的に右へ転がる。俺の元いた空間を、巨大な白い鉄槌が駆け抜けた。
水平方向に即切り返して第二撃。足りないっ……! しゃがんだ状態でさらに体を小さくすると、降りるのがわずかに遅かった頭頂部の毛数本がハンマーに巻き込まれて吹き飛ばされた。やめろよ少し毛が減ったじゃねえか、とかなんとか言いだした頭の中のご意見番を暗殺。ふざけてる余裕があったら作戦考えろバカ。
姿勢を低くしたまま、てこの支点に当たる位置へ斬りかかる。切っ先がわずかに何かをとらえたが、すぐに逃してしまう。足を無理やり伸ばして跳躍の途中で地面を蹴り飛ばし、強引に方向転換、上から降り注ぐ弾丸の雨を回避し、小爆発の爆風を利用して距離を取る。
ここまで攻撃をかわせているのはそのほとんどが気配や予感だ。いつまでも確実に予測できるはずはないし、予測ができなければ視界を奪われたこの状況で攻撃はかわせない。
いや、ひとつだけある、視界を奪われた状態で敵の接近を予測する手段が。動きを頭の中でシミュレートする。完璧に思い描けたところで襲いかかってきた絨毯爆撃をかろうじて脱出。木の幹に背中を預け、シミュレーションの動きをなぞる。右の剣を木の幹にさし、右尻ポケットからスマホを取り出す。電源を入れ、画面に表示されたいくつかのアプリの中から『アラート』アプリを立ち上げる。画面が正常に表示されたのを確認してポケットに戻し、地面と水平の向きで静止した剣を引き抜き、前に転がった。すぐに腰のあたりで警告音が発せられる。この音は、九時の方向。地面を蹴って、右前方へ飛ぶと六発の銃弾が左から右へ、背後の空間を駆け抜けた。
何度もやられてやんねえぞ。