An invisible enemy
「えっと、この辺だっけか?」
きょろきょろあたりを見回しながら、俺はレアルスに問いかけ――
バンッ!
何かの爆ぜる音に遮られた。唐突に背後から突風が襲う。勢いを殺さずに体を小さくして転がり、起き上がって背後を見やる。先ほどまでいたあたりの地面が抉られ、その上に白い光が淡く降り重なっている。幻想的かつ、それは残酷な光にも見えた。それは、俺が潜在的にその光の存在理由に気付いていたからなのだろう。
「殺意……」
いつの間にか俺と背中合わせになって臨戦態勢に入っていたレアルスが、そう呟く。俺も、両腰の剣を抜き放って返す。
「どんな原理かは知らないが、あんな技術を持って、しかも俺たちを狙ってきたんだからな、絶対に気を抜くなよ」
「そっちこそ」
それを聞き届けるが早いか、第二撃が放たれた。――頭上から。両腕を掲げると、剣に白い何かが衝突、小爆発を起こす。
「何者だ……!?」
思わず呟く。間違いなく、最初の攻撃は水平方向から来ていた。それが、今は鉛直方向。明らかに、異質。見上げた先に何が見えるということもない。
何が素材かは知れねど、白い何かによって火薬を包み込んだ砲弾が、さまざまな方向から放たれている。しかも可動式、特に携帯式の可能性が高い。さらに、何の前触れもなく俺を襲っている。
「……ここでじっとしていてもジリ貧だ、動くぞ」
「了解」
端的な応答を聞いて、同時に地面を蹴る。驚いたように連続して三発の攻撃が放たれる。順番はあるが、それぞれの発射間隔はコンマ一秒もない。すべて、違う方向からの攻撃。固定された装置は使われていないのを確認済み。ほぼ間違いなく、敵は複数。
それでも、わからないことがあった。高さの違和感だ。散発する白い砲撃をステップで回避しながら頭を巡らせる。方向がてんでバラバラなのは良しとしても、ある攻撃は地表から一メートル前後、また別のものは三メートル以上の高さから。とくに後者は、明らかに人間が射撃を行う高さではない。先ほど頭上から降り注いだ第二撃は何をかいわんや。機動力云々という世界ではない。百ミリ以上の大口径弾の砲撃が可能な銃を装備して、そのような高さまで上がることが困難なのは明らかだ――そもそもそんな口径の弾丸をまともに打てる銃があること自体信じられないが。
なんにしても、片っ端から敵兵を見つけ出せばいい。近距離まで近づけば単発銃の射撃など役に立たない。まして今戦っている相手は異常なサイズの銃を装備しているはずだから、近距離まで近づかれて対応できるとは思えない。
ふと、俺の脳裏を何か、直感のようなものが過った。その実態に気付いた瞬間、背筋を冷感が迸る。知らず、うめき声が漏れた。
思考が硬直したその一瞬を狙ったような一撃が俺の左肩に叩きつけられるが、ほとんどそれは俺の脳に届かなかった。三半規管が伝える情報をか細い糸で手繰りながら、抵抗しないでいるうちに俺の体が地面に接触する。誰かの声が、おそらくレアルスの声がこめかみを突き刺す。
まさか。そんな。俺の口が、何やらそんな言葉を吐き出し続けていた。意識の手綱が、指に引っ掛かって、今にもはずれそうな――持っていかれて――――たまるか――――――!!
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ――――――!! ……エハッ」
泡立った血の固まりが喉から吐き出され、頬を伝って地面に落ちる。緩く息を吐き出しながら、まぶたを押し上げる。
「……ありがとな、悪かった」
「そういうのは後で、いいッ!」
回し蹴りで白い砲撃を弾きながら、レアルスが答える。
「とりあえず、ちょっと俺の見立てを話させてくれ」
「聞いてるから話して」
油断なくまわりに目を走らせるレアルスにうなずいて、体を起こす。剣をつかんで立ち上がりながら、口を開く。
「敵は魔法使いの可能性がある」
「へ? ……キャッ」
すぐそばに落下した砲撃の爆風に煽られて、レアルスが可愛い悲鳴を上げる。守ってあげたくなるじゃねえかこの野郎、じゃない女郎。
「魔法っ、どういうこと?」
「そのまんま、だ! どういう出自かは皆目見当がつかないが、ほぼ間違いな、く! この攻撃は魔法だ!」
攻撃を――今観察すればそれの放つ光が明らかに金属光沢でないことはすぐわかる――弾きながら言葉を紡ぐ。
「ちょっと、待って……?まさか、あの、白」
「ああ、多分な。敵はおそらく、あの女だ」
いくらか前に見たときのような頭痛はもうなかった。一旦認めてしまえば、抵抗なんてない。
可能性は、二択。どこかで細々と残っていた魔法使いの家系。流派などと言って外に開いてしまえば弾圧されてしまうから、非常にクローズな状態で伝わっていたはずだからだ。
もう一つが、かつての俺と同じ異世界放浪者。だが、そのような新たな情報をレアルスにこれ以上伝えるのは、気を散らしてしまいかねないから避けたい。
「どこまでが魔法の限界なのかわからないからな、あらゆる可能性を視野に入れておけ」