I am great.
不愉快です。が無視。少し斬りたくなったことは公然の秘密。
「おっし、見えてきたな」
『守人の洞穴』は、結構昔に巡業していた爺ちゃんが彫りぬいた洞窟で、山をショートカットできるコースとして発案された。さすがに六十後半の老人一代で掘りきれるものではなく、その後二代にわたって掘り続けられたのだが、五キロほども掘り続けても出ることができなかったために断念されたものだ。通気口が新たに開けられたが、ダンジョンとして経営され始めてからなので通り抜けはできなくしている。たいていのダンジョンは中の動物が逃げ出さないように柵なり壁なりで封鎖されている。それをローコストで実現しようというわけだ。通気口がなかったらさすがに継続的な狩猟は不可能。
洞窟の入口の前に立って、息を整える。だからなんでレアルスさんは、これ以上は体力の浪費か。景気よく肩を落とした。別に矛盾ではない。
「……じゃあ、今から乗り込むけど、いくつか気をつけなきゃいけないことを上げるからよく聞け。第一に、ここは本来ハイレベル冒険者がスキルアップのために入るダンジョンだ。『澱の森』みたいに簡単に一掃はできない」
「そんなことわかってるわよ。第一だからこそここに来ようって言ってたんでしょうが」
「覚えてたのか」
「あたりまえじゃない」
横目で睨んでくる。
今日の本来の目的地は確かにこの洞窟だった。『澱の森』は金稼ぎと暇つぶしのために訪れただけだった。でも、その後のことでこいつはすっかり忘れているものだとばかり思っていたのだ。
「ならまあいい。二つ目に、動物たちの住処として枝道とちょっとした部屋が大量にある。基本的にまっすぐ進めばいいけど、たまにどっちに進めばいいかわからなくなることがあるから、その場合は必ず俺に訊け。当然ながら別行動はあり得ない」
「足手まといにならないうちは文句は言わないわよ雑魚。はー、なんでこんな雑魚と一緒にこんな高難度ダンジョンに潜らなきゃいけないのよ。一人のほうが十倍楽」
「早速言ってんじゃん」
「足手まといになってるからよ」
「へいへい。まったく、あんなふうに抱きかかえられてこうも得した気分にならないもんかねえ」
「なっ……」
奇襲成功に内心ほくそ笑む。
「三つ目。一つ目と二つ目にも関わることだけど、枝分かれしてる場所から特に動物が出てきやすい。たまに、斜め後ろの方向に住処がある場合もあるから、枝道では不用意に飛び出さないこと。熱源反応はチェックするけど、壁の厚さによってはちゃんと検知してくれないことが充分考えられるから頼りすぎないこと」
「何のための科学なんだか」
調子を取り戻したレアルスが勝ち誇ったような表情で口を開いた。
「科学は万能じゃねえよ。少なくともお客さんの魔法以下だ」
ちらりとレアルスの方に担がれた白女のほうを見るが、目を閉じてじっとしていた。もしかすると寝ているのかもしれない。体力を取り戻す腹積もりなら厄介だ。だが殺すという選択肢はあり得ない。勢い良くため息をついた。
「四つ目。敵の潜伏位置は分からない。どこかの小部屋を占拠しているかもしれないし、どれか安全地帯を見つけて居座っているかもしれない。早とちりをしないこと。先に相手が見つければ攻撃される可能性が高いし、こちらが先に見つけたとしても、攻撃の前に見つかれば魔法による攻撃が考えられる。潜伏した動物もいるかもしれない。万事慎重に行け」
「ところでなんでそんなに偉そうなの?」
「少なくともお前に指示を与える必要はあるだろ。指示を仰ぐ相手のほうが偉いのは世の理じゃ」
「別に口調で威厳演出しなくてもいいし」
「足りてる?」
「出そうとしても無いものは無い」
今のは少し効いたぞ。オラのことかー!
「で、最後。こいつを手放さないことと行動させないこと。これは絶対に徹底しろ。生きたままにしてるのはちゃんと意味があるんだからな」
「どうせ交渉で使うんでしょ」
「今言っちゃうなよ!」
演出的に言わないやつだろこれ!
「……踏み込むぞ」
「頑張ってー」
「お前も来いっ!」
ほら見ろお前がばらしたりするから締まらなくなった!
洞窟の中に明かりはない。雰囲気の演出か、経費の削減か。多分後者だろうということは、足場の悪さから推して知るべし。
とか考え事をしながら歩いてたらこけた。
「ってぇ……」
「お馬鹿ー」
「てめ、こんにゃろ」
茶化すレアルスに、溜まっていたストレスのせいもあって半ギレになる。暗くて足場が悪くて空気もおいしくないしさらにはちょっと寒い。ストレスが溜まらないはずがなかった。周辺に同レベルのダンジョンがないからって怠惰すぎやしないか。
一応スマホのバックライトで前は照らしているが、大した役には立っていないし足場を注意深く見るためではなく敵や曲がり角をいち早く察知するためでしかない。ホントこのサービス続けてたらこのダンジョン、死ぬぞ。やだかっこいい。
とか自画自賛してたらこけた。レアルスが。
「っつー……」
「ザマァ」
「なによ」
「人のこと言えた義理か。おっと気をつけろ、白女を手放すなよ」
「言われなくても分かってるわよ」
お互いの表情は見えないが、素晴らしい演技力を持つ俺が内心馬鹿にしているのをレアルスは見抜いていた。こいつ、できる!




