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6:2人で1人前



 …病室の前に着くとゆっくりと、スライドドアを開けた。

すぐに目に飛び込んだのは、いつも見慣れた雪矢の母さんのいつもとは全く違う変わり果てた姿だった…。

赤く目を腫らしている…。

その向こうには、急激に歳をとったように見えるスーツ姿の雪矢の父さんがいた。


2人は同時に俺の方を見た。

また俺の心臓の鼓動が大きくドクンと鳴った。


「…テツくん…」


枯れてしまいそうな雪矢の母さんの声…。

今にも崩れてしまいそうだった。


ベッドの横には白衣を来て、眼鏡をかけた中年の医師と、若い女の看護士がいた。

そして俺は…恐る恐るベッドに横になっている人物を見る…。


「…ユキ」


いつも白かった顔が…今は余計真っ白く、青白く見えた。



―…一体どうなってんだ?―



「…ユキ?おい、お前何やってんだよ…」


雪矢の周りを見渡すと、沢山の器具が置いてあり、繋がれていた。

ふと…何かが頭の中をよぎった。



…俺、なんかこれ…見たことないか…?



そしてそれは、頭の中に鮮明に蘇った…。

そうだ、これ、さっき見た夢と…似てるんだ…。

ただ違うのは…右足を骨折しているのが雪矢ではなく、俺で…。

ベッドに眠っているのが俺じゃなく、雪矢で…

周りには医者と看護士と雪矢の父さんと母さんがいるということ…。


何がなんだか…よくわからない…。

頭がぐちゃぐちゃに混乱して…パニックになりそうだ…。

…でも今、わかることは…やばいのは俺ではなく、雪矢だということだ…。



「危篤…状態です。」


医師が眼鏡をクイッと上げ直して重い口調でそう言った。



―…え?何?…今なんつった?―



「…は?」


俺は怒りをこめた目で医師を睨んだ。

彼は目を伏せ、首を横に振った。


「おい、ユキ。もういいだろ、冗談はこれで終わりだ。目ぇ開けろよ。」


俺はその場に立ったまま、雪矢にそう言った。

横ではまた雪矢の母さんが声を出して泣き出した。


「テツ…。わかってやれ…」


いつの間にか後ろにいた父さんが俺の肩に手を乗せ、諭すようにそう言った。

でも俺は

「うるせぇ!」とその手を払いのけ、松葉杖をついて雪矢の方へと歩を進める。


「なぁ…冗談だよな?いつも俺に騙されてるからって…お前仕返ししてんだろ…?」


笑ってみせたが…何故か口元が震えてうまく笑えない。


「なぁ…ユキ!ユキ!!」


俺は松葉杖を放り投げ、雪矢の体を揺すった。

もう右足なんてどうだっていい。

雪矢が目を覚ますなら…。


「テツ!」と後ろから父さんが雪矢から俺を引きはがす。

しかし…雪矢は一向に目を覚ます気配がない…。


「何でだよ…何でだよ!!」


本当は…わかっていた。

冗談なんかじゃないってこと…。

雪矢は…冗談でこんなことはしない…。

わかってる…。でも、信じたくなかった。信じられなかった…。


どうしてこんなことになったんだろう…?

ふと…夢の中で見た、雪矢を思い出した。

寂しそうに笑っている雪矢…。

死にそうな俺に…沢山の言葉を伝えて、俺に

「生きろ」と言った…。

あれは…本当に雪矢だったのかもしれない。

雪矢が俺に言葉を、気持ちを伝えたくて、俺の夢の中に現れたのかもしれない…。


あれは本当に…本物の…雪矢の言葉だった気がするんだ…。

俺に…最後の言葉を伝えに来たんだろ?

でも…何で?何でだよ…?


「ユキ!!俺がいつお前に助けてくれ、なんて言ったよ!?何で助けるんだよ!??お前…バカじゃねぇのか!?こんなこと…全然うれしくねぇよ!!」


俺は雪矢に怒鳴り散らした。周りのみんなはもう何も言わず、ただ呆然と俺を見ていた。

目に沢山の…涙を浮かべて。


「ずりぃよ…お前ばっかり…言いたいこと言うだけ言って…。俺だって…本当は…お前のことがずっとうらやましかったんだよ!バカ!!いつもテストの点良くて、頭のキレ良くて、何だって完璧にこなせて、俺みたいにすぐ熱くならねぇし…いつも冷静に物事見れて…俺の方だよ!…ずっと憧れてたの…俺の方だよ!!ずりぃよユキ…。何で俺にも…選択肢残してくれねぇんだよ…。どうしてお前が死ぬんだよ!!?死ぬのは俺だろ!!?」


俺の目からはいつの間にか大粒の涙が溢れ出していた。

呼吸が乱れる。

俺は力無くその場にへたりこんだ…。

マスコットを握ったままの右手を左手で握りしめ、胸に押し当てた…。


「ユキ…俺…この先どうすりゃいいんだよ…。1人で…どうやって生きればいい?お前がいなくて…俺…どうやって生きてけばいいんだよ…。」




生まれた時から、すぐ隣を見ればいつも雪矢がいた。

いつも一緒で、困ったことがあれば何だって相談しあった。

何か俺に足りないものがあれば、それは雪矢が補ってくれて…

雪矢に足りないものは、俺が補ってきた…。


ずっと一緒に俺達は生きてきたんだ。

俺達は2人で1つだった。

この先もずっと2人で道を歩いていくんだと思っていた…。


それなのに…

雪矢がいなくなったら、俺はこの道を1人で歩いていくんだ…。

急に1人で道に立たされて、欠陥ばかりの俺が1人で…どうやって歩いてけっていうんだ?

過去を振り返っても2人で歩いた道しかないのに突然1人で歩けるわけないだろ?

俺達は2人で一人前なのに…。




「ユキ…頼むよ…。あんな約束…守りたくねぇよ…。目ぇ覚ましてくれよ…ユキ…。1人にすんなよ…。」


俺は生まれて初めて…こんなに泣いた。

息が苦しくて…苦しくて…仕方なかった。


マスコットを抱えたまま、1人にされる恐怖と寂しさに…泣いた。

静かな部屋の中で、俺の泣き声だけが…妙に部屋に響いている…。


雪矢の閉じた目からは、一粒の涙が…流れ落ちた。




 3時間後、雪矢はみんなに見守られながら、この世を俺の隣を…去っていった…。




今井雪矢 享年17歳




いつも俺の先をどんどん進んでいく雪矢が…ついに俺の手の届かない天国にまで…先に行ってしまった。

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