1:テッちゃんとユキ
「テッちゃん、いつまで寝てんの?」
落ち着いた、冷静沈着な声が俺の眠りを妨げる。
俺は布団にくるまったまま嫌々言った。
「うっせぇなぁ…もうガキじゃねぇんだから、毎朝迎えに来るなよ…」
「何を今更。テッちゃんテストの点悪いんだから遅刻くらいはしないようにしなきゃヤバイんじゃない?」
「わかったから…1回くらい遅刻したところで平気だよ…。」
俺は声のする方に背を向け、拒否の姿勢をとった。
しかし、彼はめげない。
「1回が命取りになるんだよ。後で困るのはテッちゃんだよ?」
―あぁ〜朝からイライラする…―
「あぁ!!もう、うるせぇうるせぇ!!お前は俺の母ちゃんか!」
俺は勢いよく上半身を起こして、俺のベッドの横に涼しそうな顔をして立っている男を睨んだ。
しかし、彼は全てお見通しのように満足げに微笑んだ。
「ほら、起きた。テッちゃんも本当に学ばないね。」
「黙れ、バカ雪矢。」
生れつき色素の薄い彼は真っ白な、まるで雪のような肌をしていて、生れつき茶色の髪はフワフワしている。
そのうえこの整った顔立ち。
文句のない、美少年だ。
まぁ、もう見慣れた顔だが。
「お前、俺の母ちゃんとグルだろ?毎日毎日…チキショー」
俺はそう言いながらもベッドから出て、制服に着替え、準備を始める。
雪矢は俺の部屋のカーテンを開けるなり、窓を開けた。
「今日も天気いいねぇ〜」
「寒っ!!バカ閉めろよ!寒いだろ!!」
窓から勢いよく、2月の冷たい空気が部屋へ流れ込んできた。
しかし、雪矢は俺のことを完全に無視して、雪も溶け始めた外の景色を眺めている。
まぁ、これがいつもの俺達の朝なんだ。
生まれた時からずっと一緒にいる俺達は、お互い勝手に家に入ることが出来るし、無許可で互いの部屋に入ることだってできる。
うちの親にとっても雪矢はお気に入りだから、何をしても文句は言われない。
ある意味、俺より雪矢の方が好きみたいなところがある…と思う。
「母ちゃん、またこいつ勝手に部屋に入ってきたぞ!入れんなっつってんだろ!?」
俺は下の食卓に行くなり、キッチンにいる母に文句をたれた。
「あら、ユキちゃん。毎朝ありがとう。テツ!あんたも少しは見習いなさいよ!」
「あぁ!?」
全く取り合わない母に顔を歪める俺の横でユキは
「いつものことなんで。」と笑顔で母に言った。
「あ〜あ〜始まったよ、このグル野郎共。」
俺は諦めて朝食を黙々と食べ始めた。
母とユキはその間楽しそうにお喋り。
―よく人ん家の母親とあんな風に喋れるよな―
と心の中で思いながら、黙々と朝食をたいらげた。
いつも時間ギリギリなので、準備も早い。
それからあっという間に身支度を整え、嵐のように家をあとにした。
「テッちゃんの朝の準備の早さにはいつも驚かされるね。」
涼しい顔で微笑みながら雪に溶けてしまいそうな雪矢が言った。
「もっと早くお前が起こしにくればこんなに慌てず出てこれるんだけどね。」
俺はイタズラっぽくそう言ってチラッと雪矢を見る。
「じゃあ明日からは6時に起こしに行くよ。」
ニコッと雪矢は微笑みかえす。
「…ごめんなさい、うそです。」
17年間で学んだこと…
俺は雪矢に勝てないってことだ。
家から約5分のところに俺達の通う高校がある。
たいして行きたいところもなかった俺達は、特に評判が悪いわけでもないその高校に、ただ
「近いから」
という理由でそこに決めたんだ。
でも、ここにして本当によかった。
今日みたいな寒い日には特にそう思う。
そして、あっという間に学校に着いた。
2人で下駄箱の靴に履き替えていると、朝からハイテンションな元気な声が耳に飛び込んできた。
「おはよう、テツ!ユキ君!!」
見るとそこにはいつもからんできてうるさい三条美紀がいた。
「おはよう、三条さん。」
雪矢がいつもの調子で笑顔で言うと、三条は満面の笑みになった。
「さすが!ユキ君は朝から爽やかだねぇ。それに比べて…隣の人は朝からむさ苦しい顔…」
そう言って俺を軽蔑した目で見る。
まぁ、いつものことだ。
「あっ?朝からかんじわりぃなお前。」
「何でこう違うのかなぁ?いつも一緒にいるのに…。」
「あぁ?喧嘩売ってんのか、お前わ。」
すると、靴を履き替え終わった雪矢が、スタスタと俺の横を通り過ぎて行った。
「テッちゃん、俺先に教室行ってるから。」
「あっ!ユキてめぇ逃げんな!」
「逃げるって何よ、失礼な。」
「朝からお前のテンションにはついてけねぇの。」
そう言って俺もそそくさと雪矢の後を追おうとすると、
「ねぇ!」
としつこく三条が俺に話しかけてくる。
「何だよ?」
仕方なく振り返ると、三条は俺の鞄を見ていた。
「ずっと気になってたんだけど、この人形なに?すごい古そうだけど…」
三条が俺の鞄についている白い棒人間を実物のものにしたような、イビツなマスコットを手に取った。
まぁ、もはや白とは言えない程汚れているが…。
「あ〜それ…お守り。」
「お守り?ふ〜ん…なんか手作りみたい。」
そう言って三条はマスコットをビヨーンと引っ張った。
「バカ!やめろ!ちぎれるだろ!?」
「ねぇ、これ効果あるの?」
「大あり。こいつは俺を裏切ったことがないね!」
だってこれは…雪矢が作ったお守りだから…。
雪矢は完璧だから、お守りも完璧なんだ。
これは俺が初めて怪我で入院した時、お見舞いに来た雪矢が俺にくれたものだ。
「テッちゃん大丈夫?これ俺が作ったんだ!これを持ってたらもう大丈夫だよ。テッちゃんのこと守ってくれるから。」
そう言って真っ白い、まるで雪矢の分身のようなそのマスコットを俺にプレゼントしたんだ。
元々手先が器用な雪矢だからこそできたことだった。
何せ当時、俺達は幼稚園児だ。
それから半ば強制的にこのマスコットを鞄に付けられ、毎日身につけている。
不思議なことに、それ以後入院をするような大怪我や、ましてやかすり傷以上の怪我はしていない。
それもこのマスコットのお守りのおかげかな?と思ったりして、なかなか外せずにいるのだ。
普段あまり気にせず、見ていなかったが、久しぶりに見ると相当汚れていた。
―まぁ、それも当たり前か。もう10年以上ずっと持ち歩いてるんだもんな。―
それでもこのお守りは、必死で俺を守っているんだ…きっと。