幕間 16
何もかも変わってしまった。
この町も、海も、白い家も、おばあちゃんも。
前は、みんな大好きだったのに。
今では全てがよそよそしい感じがする。
おばあちゃんは活動が忙しいらしくて、最近は家を空けることも多い。まあ、顔を合わせたところでケンカばかりだし、好都合と言えばそうなんだけど。
別に、おばあちゃんがいなくたって、寂しくなんかない。あたしにはポリーがいる。遠く離れてしまったけど、いつだって心は一緒。一生の親友だ。
それに、新しい友達もできた。
あたしが窓辺でポリーの手紙を読んでいると、ひょっこり膝に乗ってくる。ちょっと重いけど、温かくて気持ちがいい。頭をなでてあげると、気持ちよさそうに目を細める。その仕草が可愛くて仕方がない。
彼女の名前は、マーガレット。
どこからかおばあちゃんが拾ってきた、雌の子ブタだ。名前は、あたしがつけた。好きな花が、その由来だ。
彼女が家に来た時は、戸惑ったし、正直少し嫌だった。おばあちゃんがあたしに厳しいのも、友達が出来ないのも、全部ブタのせいだからだ。その頃のあたしはいつもイライラしていて、その矛先はブタに関わる全ての人間、そしてブタ自身にも向けられていた。
それなのに。
マーガレットは、あたしに懐いてくれた。ブタは知能が高い動物だと言うけれど、本当にその通りで――何だか、こちらの気持ちを読んでいるかのよう。あたしの機嫌が悪いときは近寄ってこないし、逆に、少し寂しい時には、こうしてすり寄ってきてくれる。
頑なだったあたしの心も、だいぶときほぐれたように思う。
今では、ポリーの次に仲のいい友達だ。
マーガレットが、首元のペンダントにちょっかいを出している。
「ん? これが気になるの?」
外して顔の前に掲げると、マーガレットは興味深そうに覗き込んでいる。
「ごめんね、これはあげられないんだ」
こった装飾のロザリオペンダントは、ママの形見。あたしの宝物だ。いくらマーガレットでも、あげる訳にはいかない。
「代わりに、いいモノあげる」
そう言って、キッチンから昨日焼いたクッキーを持って来る。床に置くと、マーガレットは嬉しそうにそれを平らげる。ここまで美味しそうに食べてくれるなら、焼いた甲斐もあるというモノだ。
「たっくさんあるからね。いっぱい食べな」
顔の食べカスをとってあげながらそう言うと、マーガレットはコクコクと頷いたように見えた。本当に賢い子だ。あたしはポリーの手紙をたたみ、再びマーガレットの頭に手をやる。
あたしは、この町が嫌い。
ブタにばかりかまけるおばあちゃんも、ブタに頼って生活しているこの町の大人たちも、あたしを仲間はずれにする中学のみんなも、みんな、みんな大嫌い。
あたしが学校に行かなくなってから、数ヶ月がたつ。
だけど、今は全てがどうでもいい。
あたしは一人じゃない。
親身になって相談に乗ってくれるポリーがいる。
懐いてすり寄ってくるマーガレットがいる。
それで、それだけで、あたしは充分だった。
他は、何もいらない。
学校も、必要ない。
あたしは、満たされていた――。