幕間 15
――ウソだ。
思わず、声に出して呟いていた。
周りのみんなが、スプーンを止めてこちらに視線をよこす。
きっと、私の顔は真っ白になっているはずだった。
アカネが飼育小屋から逃げ出してから――私が逃がしてから――二日がたった。
あの朝、飼育小屋にアカネがいないと分かった時は、かなりの騒ぎになった。だけどそれは私の仕業だとは気付かれず、また、逃げていなくなったブタを食べる訳にもいかなくて、『いのちの給食』はそこで終了した――はずだった。
終わったんだと、思っていた。
だけど、それは違った。
今日の給食は、黒パンにサラダ、ポークソテーにブタ肉のスープと、私の好物揃い。今日はどれだけおかわりしてやろうかとか、そんなこと考えながら嬉々として平らげていたのだけど――
「みんな、聞いてくれ」
教壇に立った先生が、信じられないことを言い出したのだ。
「今、みんなが食べてるのはアカネの肉だ」
意味が、分からなかった。
アカネは逃げたはず。
私が逃がしたはず、なのに。
何かの間違いだと思った。
私の聞き間違いか、先生の思い違い、勘違い。
だけど、そうではなかった。
先生の話を要約すると、こうだ。
アカネの脱走が分かってすぐ、学校と食肉センターはプロの業者にお願いしたらしい。そして、その日のうちにアカネを見つけ、捕まえたのだと言う。当初の予定通り、アカネは潰され、肉にされて、それで――今、私たちの目の前に並んでいる。
ポークソテーとして。
スープとして。
私は、途中からほとんど話を聞いていなかった。
「ウソだ」
頭がぼぅっとする。
指先が冷たい。
体が震える。
「ウソ、そんなのウソ……」
うわごとのように呟きながら、席を立つ。覚束ない足取りで先生のところまで歩き、シャツにすがりつく。
「ウソだよ。だって、アカネは逃げたんだよ? そんな簡単に捕まる訳ないじゃん。そんな簡単に、肉になったりしないってば。あの子は、逃げたんだもん。私、私が――」
「アスカ――」
先生が何か言おうとしたけれど、もう私の耳には何も入らない。
アカネが捕まった。
死んだ。
潰された。
肉。
ブタ肉。
――赤。
私は、それを食べた。
ぐぅっと、胃の上の方が音を立てる。何かがせり上がってくる感覚に、私は慌てて口をおさえたが、間に合わない。
ビチャビチャと、私はその場で嘔吐していた。
糸を引いて広がっていく、胃の内容物。
アカネの、欠片。
私が救えなかった、子ブタの肉。
床に広がる嘔吐物に、涙が落ちる。
――ごめんね、ごめんね、ごめんね――。
――助けるって言ったのに――。
――絶対に、救うって誓ったのに――。
心の中で、私はいつまでもアカネに謝り続けていた。