第四章 2 本間雫
全てが振り出しに戻った気がしていた。
ちょうど二十四時間前に発生した女子中学生墜落死事件――未だに身元は割れず、遺留品もなく、目撃証言もゼロに等しい。現場の状況から、私たちは肉屋の新山が死体を隠し、解体し、調理肉に加工して大鷹らに食べさせたのではと、当たりをつけたのだが――
これが、大ハズレだった。
検査の結果は、シロ。
肉屋から押収した肉は、全てブタ肉に間違いがなかった。全て、新山の主張通り。当然と言えば当然だが、徒労感は否めない。
この一日で判明したことと言えば、被害者は空き地から三メートルの落差を飛び降りてあの場所に至ったということと、三メートルの塀はどう頑張っても登れないということ――その二点のみ。
そして今、私は再び、この商店街に来ている。今回、滝山は連れないでの単独行動だ。あの喫茶店の連中とは、なるべく一人で会いたかった。
向かいの花屋では、松岡の母親が店番を務めている。配達にでも出ているのか、若き店主の姿は見えない。私は母親に会釈をして、喫茶店に向かい、その扉に手をかけた。
「――だから、首突っ込むのをヤメロって言ってンだよッ!」
扉を開けた私を、大音量の怒鳴り声が迎え入れる。ドアベルの音をかき消す程の大声である。思わず、一歩後退してしまった。
「でも、気になるじゃない」
「警察に任せとけってのッ! 素人が下手に動いても、危ねェ目に遭うだけだぞッ!」
全くその通り。
至極もっともなことを言っているのは、昨夜のシミュレーションで『ブタ喰い』の実力を見せつけた大鷹大輔。こちらに背を向けてカウンターに座っているため、私の来店に気が付かないようだ。
その奥、カウンターの隅には、宿木の妹が座っている。いることは想定していたが、この短い時間に二度会うとなると、やはり変な感じがする。こちらはすぐに気付いたようで、大鷹の怒鳴り声を受け流しながら、軽く目礼をしてくる。
カウンター内には、笑顔が胡散臭い宿木と、ミニのエプロンドレスが妙に似合うマリア・ヨークの姿。当然、この二人もすぐに気が付く。しかし、「いらっしゃ――」と元気よく接客しようとするマリアの肩に手をかけ、口に人差し指を当てる宿木。そして、その指をそのまま大鷹の方に向け、首を振り、最後にニッコリと微笑む。
恐らく、『刑事が来たことを黙っていて、このまま様子を見よう。面白そうだし』といった意味のジェスチャーなのだろう。腹黒め。
マリアも大体の意味を察したらしく。コクリと小さく頷く。
その間も、大鷹は喚き続けていた。
「オレはなァ、オメーを心配して言ってンだぞ!?」
どうやら、事件に関して素人探偵よろしく、あれこれ調べ始めた彼女に、大鷹が苦言を呈している――そういう場面らしい。
「近くでちょっと妙なことがあると、なりふり構わずに首突っ込みやがって――普段は引きこもりのくせによ」
「私は引きこもりじゃないってのッ!」
それまで、「うるさいなあ」という顔をしながらも黙って聞いていた彼女だったが、『引きこもり』という単語に対しては激しい反応を示す。さっきも、私がその話題を口にした途端、急に攻撃的な態度に変わっていたし――彼女の前では、その言葉は禁句なのかもしれない。
「マスターだって心配してンだぞ?」
彼女の激昂など無視して話を進める大鷹だが、当の兄はキョトンとしている。
「僕? 僕はまあ心配と言えば確かにそうだけど、明日香は一度興味を持つと、何言っても聞かないからねェ……」
「見ろ、諦めの境地に達してるぞ! 諦観だ、諦観。諦観祭だ」
「嫌な祭だなー」
下らない遣り取りを繰り広げている。私はマリアを手招きで呼び寄せ、小声でアイスコーヒーを注文する。大鷹は、未だこちらに気付く様子はない。
「てか、大鷹さんは関係ないでしょう?」
「関係あるわッ! オレは、お前ら二人の親代わりだからな。ちゃんと面倒を――」
「聞き捨てならないな、それ! 誰が誰の親代わりだって!? 勢いで適当なこと言わないでよッ!」
「会長が親代わりってのは、諦観祭より嫌だなー」
兄妹揃って、全力で拒絶している。昔からそうだったのだが、この大鷹という男、あまり頭を働かせないで脊椎反射的に適当なことを言う癖があるらしい。宿木の妹を心配しているという、その気持ちは本物のようだが……。
「第一よォ」二人の抗議を軽く受け流して、話題を転じる大鷹。都合の悪いことは耳に入らないようにできているらしい。
「さっきから聞いてりゃ、オメー、密室だの死体消失だの、何だか小難しいことばっか言ってるけど――今回のこれって、もっとずっと簡単なことだと思うぞ?」
「ん? どういうこと?」
アイスコーヒーをマリアに渡しながら、宿木が相槌を打つ。言わずもがなだが、大鷹はずっと妹の方を向いているので、こちらの存在には一向に気付いてない。ここまで来たら、気付くまで黙っていてやろう、という気持ちになってくる。
「明日香も警察も、難しく考えすぎだって言ってンだよ。犯人だとか、何だとか――あんなモン、どう見たってただの事故じゃねーか」
「いやいやいや、それはないでしょ。あの歳で落とし穴の危険性を知らなかったとは考えづらいし」
「知ってたって、うっかりってことはあるだろ。少しボーッとした子なら、気付かずに落ちることだって考えられる」
「会長みたいにね」
「え!?」宿木の茶々に妹が驚いている。
「大鷹さん、落とし穴に落ちたことあるの!? 何で!?」
「うるせえな。考え事してたんだよ。今はいいだろ、そんなこと。マスターも、余計なこと言うなや」
「了解」そう言う宿木だが、絶対に了解していないことは、その目を見れば明らかだった。
「でもさ、どれだけボーッとしてたって、落とし穴は段差の上にあるんだよ? 行こうって意思がなきゃ行けないでしょう?」
「エサの臭いに釣られたのかもしれない」
「ハァ!? エサって、落とし穴の上にある飼料のこと!? あれって、ブタをおびき寄せるためのモノだよ!?」
「でもあれ、いい臭いするじゃん。何か、うまそうな臭いがさ」
「知らないよ! 大鷹さん、ブタの食べ過ぎで感覚までブタに近くなっちゃったんじゃないの!? 本当に畜生道に落ちちゃった!?」
「いやいや、真面目な話、な。すっげえ腹すかせてて道歩いてたら、美味そうな臭いが漂ってきて、その瞬間に落とし穴のこと忘れて、フラフラーっと段差乗り越えちまって、充分に考えられるだろ」
「全然」にべもない。
「だいたい、女子中学生がパジャマに裸足で、判断力失うくらいに腹ペコで道歩いてるって、どんな状況なのよ!? ブタの餌に飛びつく前に、いくらでも選択肢はある筈でしょうが!?」
「あれかもしれんぞ。ほら、メヌエット、だっけ? 親がさ、子供に食事とか与えないヤツ」
「ネグレクトね。育児放棄」横から助け船を出したのは、もちろん宿木だ。大鷹の通訳は、この男にしか務まらない。
「そう、ネグレクト。それで腹すかせてたんだよ。多分、服とかもなかったんじゃねーかなー」
「それでパジャマ?」
「そうそう」
「靴も?」
「そう、靴も。あるいは、腹が減ってどうしようもなくなって、食いモン探しに、慌てて外に飛び出したのかもしれねー」
「靴履く余裕もないくらいに?」
「そう、靴を履く余裕もないくらいに」
大鷹の大きい背中を見つめながら、私は必死で笑いを堪えていた。どういう思考回路をしているのだ、この男は。
「マスター、どうだ、オレの推理」
カウンターに身を乗り出して聞いている。さっきは、妹に対して散々「首を突っ込むな」と言っていたくせに、今やすっかり推理ごっこに夢中になっている。宿木の妹が暴走するのを心配しているだけで、決して、事件そのものに興味がない訳ではないらしい。
「なかなか面白い推理だと思うよ? 案外、核心を突いてるかもね」
適当なことを言うな、と言いたくなるのを何とか我慢する。
……私は、いつまでこうして存在感を消してないといけないのだろう。面白いからいいのだけれど。
「餌の臭いに惹かれて、自分の意思で段差を乗り越えた、ってのは新しいね。その仮説を採用すると、確かに犯人はいらなくなる」
もっともらしいことを言っているが、絶対に本気ではない。このニヤニヤ顔を見て、そのことに気付かないのは、大鷹くらいものだ。
「ねえ、それならさ、私の説と合体した方が、よりスッキリするんじゃない?」
妹が乗ってくる。それも、兄同様のニヤニヤ顔で。さっきまでは律儀に突っ込んでいたのに、乗った方が面白くなることに気が付いたらしい。ツッコミ役が悪ノリに興じてどうする。
「お前の説って?」
「何者かに拉致監禁されたんじゃないかって説よ。あの子は誘拐犯から逃げ出した。パジャマに裸足なのはそのせい。で、必死になって逃げて、空き地から飛び降りて路地に入って――だけど、誘拐犯からは一切の食事が与えられてなくて、空腹は極限状態だった。で、判断力をなくした彼女は、フラフラっと、誘い込まれるように穴に落ちてしまった……」
「それだッ!」勢いよく、大鷹が立ち上がる。
「それだそれだッ! その説なら、全く矛盾がないッ! これで解決だッ! 事件は解決だァァァッ!」
うるさい。
この男、矛盾の意味を分かって言っているのだろうか。せめて、目の前の宿木兄妹が悪ふざけで珍妙な説に乗っていることくらい、分かっておいた方がいい。
「なるほど。ネグレクトか拉致監禁かは分からないけど、とにかくあの子はお腹が空いてた訳だー」
「そうそう」
「会長の場合、ただ食い意地が張ってただけだけどねー」
「そうそう――って、オイッ! 何言ってンだッ!」
「あー、考え事してて穴に落ちたって、変だと思ってたんだよねー。今の話じゃないけど、段差越えないといけない訳だし」
「違うんだよ。ブタの餌ってのがどんなモンか、興味があったってだけでさあ」
「何が違うのよ。何のための、注意看板なのよ」
「違うんだって。まさか、本当に落ちるなんて思わねーじゃんか」
「いやあ、会長くらい体格のいい人間が落ちないんじゃ、ブタ捕獲なんてできないでしょー」
「さっきの話、大鷹さんの実体験だったんだね……」
「……ただの知的好奇心だよ」
それこそ違うだろう。そう言うのは、ただ食い意地が汚いと言う。
「別に、大鷹さんの失敗談なんてどうでもいいんだけどね。話を戻していい?」
三人の中では一番常識人の妹が、半ば無理矢理に軌道修正を図る。もっとも、修正して戻したその道は、元から外れている訳だが。
「あれが事故で、あの子が穴に落ちた理由が空腹――まあ仮に、それで良しとするわよ?」良しとするな。
「そしたら、やっぱりネックとなるのは、死体消失だよね? 首が折れて確実に死んでいた以上、誰かが隠したとしか考えられないんだけど――」
「いや、それなら、オレに一つ考えがある」
「え? 大鷹さん、新山さん犯人説には反対の立場だったよね?」
「もちろんだ。オレが食ったのが、人肉の訳ねえ。そうじゃなくて、もう一人、この路地には容疑者がいたんじゃなかったっけか?」
「まさか――健太のこと?」
妹の顔色が変わる。確か、この二人はかつての同級生だった筈だ。店も向かい同士のご近所だし、今でも何かと繋がりがあるのだろう。
「アイツが、死体隠して処理したっての? 何のために?」
すでに、先程までの悪ノリモードは解除されている。宿木だけは、未だに一人でニヤけているが。
「いやいや、そんな顔するなよ。あくまで可能性の話だっつの」
「どんな可能性よ!? 花屋のアイツに、何ができるっての!?」
「あれあるだろ。ほら、アリジゴクみてーにさ、飛んできた虫落として、溶かして、吸収するやつ」
「ウツボカズラのことかな。いわゆる、食虫植物だね」
「そう、それだ。それのデカい版が、あの店にあったんじゃねえか?」
「ハァ……?」
全力で呆れる妹と。後ろを向いてクスクス笑う宿木。
「人間を丸ごと食っちまうような巨大な食虫植物が、あの店にはあったんだよ! そう考えれば、死体の処理も難しくないだろッ!」
難しいのは、この男の脳味噌だと思うが……。
「あのねぇ、健太の店は、町の花屋であって、バイオ研究所じゃないのよ……?」
「いやー、バイオ研究所でも、巨大食虫植物はないと思うけどなー」
堪えきれなくなったのか、笑いながらもっともなことを言い出す宿木。もう、笑いを隠そうともしない。
「じゃあ、どうやって死体処理したってんだよッ!」逆ギレだ。
「やっぱり、新山さんが死体バラしてオレらに食わせたってのか!? それはねェって、昨日も言っただろうがッ!」
「僕だって、新山さんは殺人犯じゃないって、昨日言った筈だよ。それにもちろん、アレは人肉なんかじゃない――」
――そうですよね、刑事さん?
と、ここに来て唐突に話題を振られる。
「……ええ、あれは全て、ブタの肉でした」
涼しい顔して答える自分も大概だとは思うが。
「――え?」
こちらの声に大鷹が振り向き、そのまま固まってしまう。
お互いに見つめ合うこと、数秒。
「……ゲエエエーッ!」
昨夜と同じ頓狂な声を上げて、大鷹は椅子から転げ落ちる。
「な、んな、い、いつからそこに……っ!?」
「アナタが妹さんに対して、妙なことに首突っ込むな、って怒鳴っていた辺りから」
「そんなにも前からかよっ!? 心臓に悪いから、気配消さないでくれよっ! 女くのいちか!? 驚かせ屋かよ、アンタは!?」
「私は警察官です」わざと冷静な口調で、それも敬語で言ってやる。
「あと、くのいちというのはそれだけで女性と言う意味ですから、『女くのいち』というのは重複表現になります。それに、『驚かせ屋』という職業も存在しません」
「ああ、私が突っ込もうと思ってたのに……」
奥で妹が悔しがっている。どうやら、ツッコミ役としての矜持があるらしいが、そんなの知ったことではない。
「他の人たちは、皆、すぐに気付かれたようですよ? 気付かなかったのはアナタだけで、それはアナタが鈍感だからです」
口にすればするほど、私の言葉はトゲを持つ。
「わっかんねーよー。だってオレ、背中に目ないし」
しかし、大鷹はトゲが刺さっていることにすら気付かない。鈍さというのは、ある種の強さなのかもしれない。
「マスターも、気付いてンなら教えてくれよなー」
「違うんだよ。黙って泳がせておいて、会長が気付いた時にどういうリアクションするかなって、面白がって見ていただけなんだよ」
「何が違うんだよッ! そのまんまじゃねーかッ!」
宿木の言い回しは、先程の大鷹のソレに酷似している。意図的に真似したのだろう。皮肉の意味合いも込めているのだろうけど、この鈍感怪獣に、皮肉など通じる訳もない。
「でも、刑事さんも人が悪いよねー。会長が気付かないのをいいことに、ずっと息潜めてるんだもの」
「他の誰に言われようと、アナタにだけは言われたくありません」
宿木の言い草に、声が尖っていくのが分かる。
「アナタみたいな――卑怯で、姑息な人に」
「アハハ、そんなことないですよー」
「誉めてませんから」
「いやいや、本間さん。この人にとっては、それは誉め言葉になっちゃうんです」
大鷹越しに、妹が声をかけてくる。
――確かに、そうなのかもしれない。
十年前、私はこの男に煮え湯を飲まされた。
私がポークステーキを食べられないことを知っていて、その食材を選択するよう、この男は大鷹に指示したのだ。どこで調べたのだろう。その事実は、番組側にも伝えてなかったと言うのに……。
当時、フードファイター達の間では、大鷹よりもむしろ、その背後に控える宿木の存在にこそ注目が集まっていた。『策士』『参謀』『ブタ食い使い』――そんな通り名まで付いていた程だ。
この男はいつだって、勝つためには手段を選ばなかった。
妨害工作も情報操作もお手の物で、かつ、一切の証拠を残さない。卑怯で、姑息で、狡猾で――だけどやはり、参謀としては優秀で。
あの戦いに敗れて、私は大食いの世界から足を洗った。その後、進学問題やら家庭の問題やら色々とあって、警察官になってからも忙しくて――正直、この二人のことなど、ほとんど忘れていた。同じ呉藍町に住んでいることは知っていたが、まさか、こんな形で再会するなんて……。
「――さて、会長のリアクションを充分に堪能したところで、本題に戻りましょうか」
人が苦虫を噛み潰しているその横で、何故か宿木が場を仕切り始める。本当に、食えない男。
「刑事さん――ええと、昔みたいに、下の名前で呼んだ方がよろしいですか?」
「……何故、妹さんと同じことを言うんですか?」似たもの兄妹か。「本間で結構です」
「本間さん、今日ここに来られたのは、何か報告があったからじゃないんですか?」
「ええ。さっきも言いましたけど――」
そこで私はもう一度、押収した肉が全てブタのモノだったことを説明する。
「やっぱな! だからオレ言ったじゃんか!」
大鷹が鼻の穴を膨らませて威張っている。最高にうざったい。
「それなのに、雫、聞かねェんだもんなー」
「下の名前で呼ぶなと言っているでしょう。……人の味覚なんて当てにならないし、潰せる可能性は確実に潰しておかないといけませんから」
「確実に潰した結果、手詰まりになったという訳ですね?」
ニッコリと笑いながら、宿木が言う。完璧に見透かしている。
「死体も、遺留品もなし、ではね……」
「身元も、まだ割れてないんですか?」
口を挟むのは、宿木妹である。
「それも、まだ。ここ数日、呉藍町及びその周辺で行方不明になった女子中学生は、ゼロ。小学校高学年から高校生まで対象範囲を広げても、結果は同じ。今はもっと地域の範囲を拡大して照会しているけど――広げすぎると、今度はどの程度関わりがあるか分からなくなってくるし……」
「まさか、男でした、ってオチじゃねーだろうな?」
「もちろん、男子という可能性も視野に入れて調べています」
「それでも見つからねェの?」
「見つかったら、こんな所で悠長にアイスコーヒーなんて飲んでませんよ……」この男と喋っていると、どうも言葉に角が立つ。
「ただでさえ、同時期に管轄内で色々あって、忙しいってのに……」
「そう言えば、例の通り魔事件はどうなったんです?」
カウンター隅から、妹が顔をずい、と寄せてくる。文字通り、首を突っ込む形だ。
「そんなこと、民間人に言える訳ないでしょ……」
「いいじゃないですか少しくらい。同じ町で起きた事件なんだし。このままじゃ私、怖くて外歩けませんよ」
今の今まで忘れていたくせに、よく言う。第一、さっきは普通に外を出歩いていたではないか。この娘の心を占めているのは、恐怖心ではなく、好奇心だ。
無視してもよかったのだが――
「……まあ、県警の方から間もなく正式な発表があるだろうから、今ここで言っちゃってもいいんだけどね……」
言った瞬間、一同に緊張が走るのが分かった。
「発表って!? 犯人が捕まったんですか!?」
「それは、まだ。ある程度の特定はできているけど」
「何でだよ」妹に引き続き、大鷹まで顔を寄せてくる。暑苦しい。
「住宅地で殺された被害者の指からは、まとまった毛髪が発見されました。すぐに鑑識に回されたんですが――その結果、興味深いことが明らかになったんです」
「……それは?」
先を促す宿木。さすがに彼も、この先までは分からないらしい。私はコーヒーで唇を塗らし、決定的な一言を口にする。
「毛髪は――ブタのモノだったんです」