幕間 10
にげて――と、アスカちゃんはそう言った。
さむい冬の朝のこと。
ぼくはいつものように毛布にくるまって、すきま風の冷たさにたえていた。アスカちゃんが小屋にやってきたのは、そんな時だった。いつもより、ずいぶんと早い。なんだか必死なかおで小屋のかぎをはずし、ぼくを抱きかかえて外にでる。
「アカネ、逃げて」
いきなり、アスカちゃんはそう言う。
ぼくには意味がわからない。
キョトンとするぼくに、アスカちゃんは顔を近づけてくる。
「アカネ、よく聞いて。これから、先生やクラスのみんなが来て、あんたを食肉センターにつれていく。あんたはそこで――その、つぶされて、肉にされるの」
肉に、される?
「殺されるのよ。あの人たちは、今日までそのために世話をしてきたの。でも、それも今日でおしまい。今日が、約束の日なの。本当は、今日までにみんなを説得するつもりだったんだけど――失敗しちゃった。誰も私の話なんか聞いてくれない。私が間違ってるって、みんなして一方的に……」
言いながら、下唇をかむアスカちゃん。
何だか、すごくくやしそう。
「だけど、私は絶対あきらめないから。あんたの命を、あきらめたりしない。肉になんか、させない。絶対に守るって、そう決めたんだから……」
勢い込んでそう話すアスカちゃんだけど、やっぱり、ぼくには半分も意味がわからない。
つぶされる?
肉?
何のことだろう?
固まったまま動かないでいるぼくにじれたのか、アカネちゃんはまたぼくを抱きかかえて走りだす。おろしてもらえたのは、学校の入り口にきたくらいの時だった。
「早く、逃げて」
同じ言葉を繰り返す。
「走るの! 走って逃げて!」
とうとう、大きな声を出し始める。ぼくはうろたえるばかり。
「早く!」
瞬間、おしりに衝撃が走る。
アスカちゃんが蹴ったのだ。
いたい。いたいよ。
「走って、逃げるの! 誰にもつかまらないように、遠くまで!」
ぐいぐいとぼくの体を押しながら、アスカちゃんは叫び続ける。仕方なく、僕は少しずつ、走りはじめる。
「誰にもつかまっちゃダメだよ! 逃げて、生きのびるの! 絶対に、約束だからね!」
すでに、アスカちゃんは遠く離れた場所にいる。ぼくは何度も振り返りながら、固い地面をける。
はじめてふれる外の世界は、ひどくつめたい気がした。