信仰無き祭壇
目を閉じ、耳を澄ます。
ヴェルガは一人、ラジアの見える丘の上に佇んでいた。
長い耳が何かに反応したように動き、ヴェルガはゆっくりと目を開ける。
「接触した」
腰の剣を抜き、地面に突き立てると、剣の刃が輝き半径二メートルの魔法陣が地面に描き出された。
弓を手にし、ヴェルガはラジアを睨む。
「ここからなら、中継を使わなくても十分届く」
ラジア北部、礼拝堂。
帝国軍の守る古城には目もくれず、Jは一直線にここに向かっていた。
朽ちた扉を開け放ち、Jは怯むことなく礼拝堂の中に足を踏み入れる。
古城の影に建てられた礼拝堂。
戦いに出る前に祈りを捧げ、戦争の中では無事を祈り、終わってからは平和を願う。その信仰の場所も、今は朽ち果て、朝日に埃が舞うだけの空間になっていた。
軋む床を踏み鳴らし、Jは真っ直ぐ進む。そして、突き当たりの前で立ち止まった。
「……ない」
目の前に立つ石の台座。
その上には何かがあったような痕跡が残っている。
Jは憤りを噛み潰し、踵を返した。
「まだ五年……」
搾り出すようにそう呟くと、大きくため息をつき、全身の力を抜いた。
「いや、もう五年か」
躊躇うことなく歩を進め、Jは礼拝堂から出る。
振り返り、奥の台座を見つめ、Jは呟いた。
「あんたは知ってたのか? 俺は、わかってたぞ」
朽ちた扉が軋みながら閉ざされる。
軋む扉の向こう。台座の上で、在りし日の天使像が微笑んだ。
無数のアンデットナイトが固める古城門前、男は散歩するようにゆっくりと歩いている。
「止まれ!」
奥で侵入者を待ち構えるように武装した黒い剣士が叫ぶ。その声を聞き、男は足を止めた。
「あまりに出てこねぇから、ノックが上品過ぎたかと思ったぞ」
「切り開いて押し入ってきた賊が、よく言う!」
「お前んちじゃ、ねぇだろうが」
男は気だるくそういうと、腰の剣を抜いた。
「忘れ物を取りに来たんでな、通してもらうぞ」
それだけ言うと、男は一気に駆け出した。
襲いかかるアンデットナイトを縫うように躱し、ただ真っ直ぐ前、あっという間に黒い剣士の喉元まで辿りつく。
男は剣をかざし、刹那の間に黒い剣士に斬りかかった。
一閃。
黒い剣士の頭上をかすめるように赤い軌跡が走ったかと思うと男の剣は弾き飛ばされ、古城の壁に突き刺さった。
「ほぉ」
降りおろされた剣を弾いたのは、黒い剣士の横に立ち、剣を振り抜いた重剣士だった。
「はっ」
男は軽く笑うと重剣士の横をすり抜け、古城の中に走っていった。
追おうとする重剣士に黒い剣士は言った。
「行く必要はない。今は前だけ見ろ」
重剣士が振り返るとアンデットナイトの向こうに一人の男が見えた。
J。
Jは腰の剣を抜き、ゆっくりと歩み出す。
「帝国。やはり、お前らを倒してから、ゆっくり探させてもらうとしよう」




