英雄
朝霧の立ち込める森を抜け、三人はラジアの城壁にたどり着いた。
「敵は反対側から入ったな。俺達はどうする?」
スカルの問いにJはさも当然のように答える。
「正門から入る。英雄の帰還だ、こそこそする必要はない」
「はぁ? お前!」
「やましいことはしてないんだ。堂々入るのは当たり前だろ?」
場にそぐわぬ正論に、スフィアは言葉を詰まらせる。フォローするようにスカルが口を開いた。
「反対側から入った奴が囮になるとはいえ、三人で行けるか?」
その言葉を鼻で笑い、Jは不敵に笑った。
「英雄が三人もいて、いけないなんてことがあるのか?」
笑いながら言うJに二人は言葉を詰まらせた。
「下手うったって死ぬだけだ。大した問題じゃない。さぁ、行くぞ」
そう言ってJが走り出す。別段納得できたわけではないが二人もその後を追って走り出した。
長く、長く続く城壁がラジアの強固な守りを物語っている。
「凄い城塞だ。築いた英雄はさぞかし強かったのだろうな」
その言葉が指すものを理解した上で、スフィアは顔を縦に振った。
「凄い英雄だよ。強くて、優しくて、勇敢で……。でも、この街を捨てたんだ。皆の心を持ったままで」
苛立ちの篭ったようなスフィアの言葉にスカルは静かに笑った。
「やはり、お前は人間だ」
「違う! 私は英雄だ!」
スフィアが反論すると前を走っているJが静かに言い放った。
「いや、お前は人間だよ。現にラジアに降りかかる絶望を振り払えなかったじゃないか。聖剣を扱えるだけが、英雄の証明じゃない」
「なら、私は!」
スフィアが叫んだところでJとスカルは立ち止まった。それに気付き、スフィアも急ブレーキをかける。
開け放たれた門。帝国侵攻の傷跡が無数に刻まれ、太い閂は無様に折れて転がっている。
黒煙の上がる街中を指さし、Jはスフィアに言い放った。
「払ってみろよ、絶望を。お前が本当の英雄ならな」
見慣れた街が燃える惨状に抑えていた怒りがこみ上げる。
「て~い~こ~くー!」
スフィアは聖剣を抜き、切り込んでいった。
その後ろ姿を見送りながら、Jは小さく呟いた。
「望まれない英雄か」
「俺達だって、同じようなもんだ」
静かに返すスカルにJは口角を歪めて笑う。
「覚悟はいいか、スカル。俺はもう出来ている」
「覚悟か。一回死んだ時に、決めてある」
「じゃぁ、行くぞ」
掛け声と共に二人は走って門をくぐった。
◆
「こんなところがあったか」
ラジアの地下の何処か深く。冷え静まり返った石通路の奥にだだっ広く開けた空洞を発見した。
壁に掛けられた魔力の炎が部屋を照らし、闇の輪郭を浮き彫りにする。
赤い髪に黒い二本の曲がった角、中性的な出で立ち。炎を宿したように燃える赤い眼で周囲を見渡すと、その空洞の奥に進んでいく。
最深部、一番奥にあったのは棺。
「……いる」
闇は小さくそう呟くと棺の蓋に手をかけた。