人間か?
月が雲に隠れ、闇と静寂が辺りを支配する。
「いい夜ね」
キセルをくわえたヴェルガが崖に佇むJに話しかける。
「あぁ」
「月もないし、絶好の夜襲タイミングだと思うけど?」
「あぁ、そうだな」
遠く見える街、ラジアを見つめながらJは気だるそうに答える。
「何でしないの? いつものあなたなら村人を盾にしてでも切り込んでたと思うけど?」
その言葉にJは苦笑いを浮かべる。
「いつもの、俺、か」
ヴェルガはため息と共に煙を吐き出し、不機嫌そうに言う。
「拾ってきたラジアの英雄が原因?」
その言葉をJは鼻で笑い飛ばす。
「違うな。まだ見つからないからだよ」
「そう」
Jの答えが不満なのか、ヴェルガは苛立ったようにそっぽをむいた。
「見つかれば帝国も動く。あれはそういう剣だ」
「ただの聖剣でしょ。昔の英雄の」
「それだけだったら、こんなところまで取りにこないさ」
◆
「くっ、こんな」
ほの暗い明かりが照らす小屋の中で半裸のスフィアは手錠でくくりつけられた柱と格闘していた。
「随分体力があるようだが、無駄なことはやめて、さっさと寝たらどうだ?」
椅子で本を読みながらスカルが冷静に言う。
「うるさい! 私は……」
齧ったり、引っ張ったりしながら、なんとか外そうともがくスフィアの滑稽さにスカルはおもわずため息をつく。
十分、二十分……手錠を外そうとしたり、ヴェルガに取り上げられ、遠くに置かれた聖剣に手を伸ばしたりとあれこれもがいた末にスフィアはようやく諦めた。
「はぁはぁ、私は……」
荒い息をつき、落ち込むスフィアにスカルは本を置いて話しかける。
「お前が守りたいのは、街か、民か?」
その問いに、スフィアはうなだれた顔を上げた。
「帝国は民を無下にはしない。奴らは王と英雄からなる国だからな。故に民は全て敗残国の者。そこに上も下もつくらないのが奴らのやり方だ。秩序と平等、その上、力もある。英雄一人からなる街より安心できると思うが」
「……そんな事……信じられるか!」
スカルの冷静な話にスフィアは激昂する。
「奴らは攻めてきた! 一方的に! 奴らは奪おうとしたんだ!」
「何を?」
「っ! ……」
スフィアが言葉を詰まらせるとスカルは静かに笑った。
「やはりお前は人間だ。面白い」
そう言って、スカルは自分のヘルムに手をかけ、ゆっくりと脱ぎ去った。
「! ……スケルトン」
明かりの中で露わになったスカルの素顔は、眼底に仄赤い明かりを灯した人間の頭蓋骨、そのものだった。
「スケルトン、か。当たらずとも遠からず、だな」
感心したように頷くスカルを横目にスフィアは剣を取ろうと必死で手を伸ばす。その姿に気付きスカルはスフィアに問いかけた。
「剣でどうするつもりだ? 俺を斬るか?」
質問そっちのけで手を伸ばすスフィアにスカルは少し苛立ち、椅子から立ち上がった。そしてスフィアに歩み寄ると頭を掴んで強制的に自分の方を向かせる。
「話を聞けよ、英雄」
「……魔物を倒すのが英雄だ!」
「正しい。だが、俺は人間だ。こんななりだがな」
スフィアから手を離し、スカルは再び椅子に戻る。そして、再度スフィアに問いかけた。
「お前にとって人間とはなんだ? 皮か? 肉か? 臓物か? 人肉で作ったハンバーガーは人間か?」
「そんなこと……知るか!」
「いい、お前は人間だ。凄くいい」
感情の無い目でそう言うとスカルは再び本を開いた。
「明日ラジアに踏み込む。街を取り戻したいならついてこい。民のいない街で、英雄を続けたいならな」