何者か
振り下ろす腕が掴まれ、剣は寸前の所で止められる。
「……どういうつもりだ? スカル」
「彼女には結末を見る権利がある」
「だが、俺達の領域に入る資格はない」
「それでも、だ」
少しの沈黙の後、Jは静かに口を開いた。
「俺達のすることは英雄の救済じゃない。優先するのは剣、それを忘れるな」
「すまない」
スカルが掴んでいた手を離すと、Jは剣を鞘に収め、地面に転がる剣を拾い上げた。
「決行は明日だ。いいな」
「あぁ、了解した」
確認し合うと、二人は別々の方向に向かって歩き出した。スカルはラジアが望める丘の上へ、Jは艷声響く山小屋の方へ足を進めた。
◆
扉を開け放つと中からは汗と体液の混ざった独特の匂いが溢れ出し、すすり泣く声と共に流れていく。
全裸にタオルを巻いたヴェルガがベッドに座ってキセルを吹かしていた。Jに気付き、キセルを置くと妖艶に笑う。
「今から2R目突入するけど、Jも交ざる?」
誘うヴェルガを無視して、Jは奥で丸まっているスフィアに声をかけた。
「ラジアの英雄。お前の剣だ、返すぞ」
剣と聞いた瞬間、スフィアは布団から顔を出した。それを確認したかしないかの間隔でJはスフィアに向かって剣を放る。スフィアは手を伸ばしてそれをキャッチするともう二度と奪われないように胸の前で固く抱きしめた。
「ヴェルガ、決行は明日だ」
それを聞いてヴェルガが答える。
「別働隊は待たないの?」
「あぁ、時間がなさそうだからな」
それだけ言うと、Jは踵を返す。
「待て!」
スフィアはその後ろ姿に焦って声をかけた。
「お前は、いや、お前らは何者だ? 英雄か? 帝国か? 何が目的だ、答えろ!」
その言葉にJは振り返らずに答えた。
「その答え。本当に今必要か?」
「答えろ!」
言葉をかき消すように怒鳴る。その反応を鼻で笑い、Jは口を開く。
「パンツを履いたら、教えてやるよ」
それだけ言ってJはドアノブに手をかける。
「待て!」
立ち上がろうとするスフィアの手をヴェルガが掴む。
「2R目、行こうか」
妖艶に微笑むとヴェルガはスフィアの手を引き、強引にベッドに押し倒した。
小屋を出て、Jは小さく呟いた。
「何者か、か。そいつは難しい質問だな」
◆
「くっ、ううう……はっ」
目を開けるとそこは奪い取った砦の中。
「また、あの夢か」
机に置いてあるグラスを手に取り、中の水を一気に飲み下す。
「随分うなされていたね? 大丈夫かい? ファラ」
闇が囁くように言う。
「問題ない」
ファラはそう答えてランプに火を灯す。
明かりが部屋を照らし、ファラの姿を照らし出す。
黒い短髪に黒い目、鎧を脱ぎ去り、ラフな格好でソファに座る女性。帝国軍所属の英雄にして、城塞都市ラジアを落とした女剣士、ファラ。
ランプの炎を見つめたまま、ファラは闇に話しかける。
「下はどうなっている?」
「大きな混乱はない。英雄を失ったんだ、抵抗する力は無いさ」
「今から全員隣の街へ移せ」
「は?」
闇が聞き返すとファラは剣を手にし、静かに言った。
「マナがざわめき立っている。嵐が来るぞ」
「……わかった」
闇は蠢き、部屋の窓に伸びていく。窓を開け放ち、風がカーテンを巻き上げる。
飛び立とうとする闇に向かってファラは問いかけた。
「捜し物は見つかったか?」
闇は振り返り薄く笑って答えた。
「お前と同じさ。簡単に見つかるもんじゃない」
闇は翼を広げ、下の街に飛んでいった。その姿を見送るとファラはため息をついて小さく洩らした。
「私のは……見つからない。もう、ないんだよ」