エルフ
ラジアを見下ろす丘の上で、ヴェルガは一人、放った弓の余韻を味わっていた。
「あた~り~」
不意に声をかけられ、ヴェルガは振り返る。そこに立っていたのは真っ白いローブを羽織り、フードを深々とかぶった年齢不詳の魔法使いだった。
「今射抜いた獣の、仲間?」
「そうかな? そうかもね?」
はっきりしない口ぶりでローブの人は答える。その態度に業を煮やし、ヴェルガは右手を地面に当てる。そして、ゆっくり引き上げると、手に引っ張られて地面から矢が現れた。
「赤なら、よく燃えるかな?」
「怖い発想だね」
終始緊張のない会話を交わしながら刻一刻と戦いに向かっている。
ヴェルガが弓を構え、ローブが薄く笑った瞬間、マナがざわめいた。
「っ!これは!」
「英雄化……しちゃった」
「やっぱり英雄集団か!」
状況を察すると、ヴェルガはラジアに向かって弓を引いた。
「ダメだって」
放とうとした一瞬、マナのざわめきに邪魔されてよろめく。
「お前」
「邪魔はさせない、ボクの、為にね」
深く被っていたフードを捲り上げ、素顔がさらされる。
緑色の長い髪ととんがった耳、蒼く光る目が淀みを持ってヴェルガを見つめる。
「純血統の……エルフ?」
「ご明察」
そう言ってエルフはスカートをつまみ、堂々と持ち上げ、股間を晒した。
そこにいたのは……ピンクの象?
「え……あ……」
言葉を失っているヴェルガに向かって、エルフは笑い、呪詛を口にした。
「バインド」
うっすらかかっていた霧が、突如鎖に姿を変え、ヴェルガの身体を締め上げた。
「ぐっ、てめぇ」
「なに? 子供のくせに、濡れちゃった?」
けらけら笑いながら、エルフは杖を取り、ヴェルガの顔を殴り倒した。
「淫乱だよね、エルフってさ」
殴り倒したヴェルガの顔を踏み、エルフはそう吐き捨てる。
「てめぇだってエルフだろうが」
「あぁ、そうだよ。君よりもっと濃いね。でも、どうでもいいことだよ」
エルフはそういうと杖を手にマナを編み始める。
マナを編む……この世界の言葉で、呪文を構成するための下準備のことを言う。それをなす形に精製する作業、それをマナ編みという。
「知りたいなぁ。高貴なエルフが……どんな愛辱の日々に沈んでいたのかさぁ」
「静かに、黙れ」
「知りたいなぁ、変態宿のベッドの温もりとかさぁ!」
「黙れ!」
手早く鎖を解き、ヴェルガは弓を拾い上げる。
「お前だってそうだろう、お前だってボクと同じエルフだろ!」
憤るエルフにヴェルガは舌を出して答える。
「残ねーん、私は、英雄よ」
その反応に怒りが臨界に達したのかエルフはフードを深くかぶり、杖にマナを纏わせた。
「そう、私は英雄、人間だよ」
「穢らわしいな……人間が……エルフだと」
「汚いのはどっちかな? 人間に愛玩具にされるエルフと人間に混ざったエルフは?」
「どっちが、穢い?」




