剣を持つ者
みんな平和を求めるが、誰もがそれを望んじゃいない。
世界の根底はマナである。
炎を司る赤。
水を司る青。
命を司る緑。
光を司る白。
闇を司る黒。
五色のマナが濃淡を彩り循環、組み替えられ、世界は構築された。
全てはマナを宿し、マナは全てに存在した。
そう、力にも。
聖剣。
マナの結晶より生まれたそれは、力無き者に力を与え、絶望に立ち向かう勇気をもたらした。
聖剣を振るう者、人はそれを英雄と呼んだ。
英雄に人が集まり、街を作り、国が出来る。
無数の英雄により、無数の国ができると人は力を恐れ、争うようになる。
力を持つ者、英雄を先陣に立たせて。
絶望を振り払う力は新しい絶望となり、英雄は民衆の矛と成り果てた。
正しき英雄の姿を知る者は、今この世界にはいない。
剣と剣が激しくぶつかり合い、魔力を帯びた火花を散らす。
夜を深める城壁に囲まれた城塞都市『ラジア』、閂を掛けた門は死の軍勢に押し破られ、広間は死臭と怒号で溢れかえっていた。
振り抜かれる剣に弾かれ、剣士は月明かりの元に押し出される。
振り乱した金色の長髪、月明かりで輝く青い目、軽装の鎧を身に纏った女剣士は青白い剣を振りかざすと対峙する剣士の奥に向かって大声で叫んだ。
「どういうつもりだ! 帝国!」
雲が動き、月明かりが戦場をゆっくりと照らし出す。
短い黒髪に黒い目、黒い軽装鎧を身に纏った女剣士が腕を組んだまま静かに答える。
「どうもこうもない。無条件で降伏しろ、そう言ってるのだ」
「ふざ、けるな!」
激昂した金髪剣士は剣を地面に突き立て、右手を振り上げ、叫ぶ。
「ライトニング・ランス!」
突き立てた剣の刃が青白く輝き、金髪剣士の右手に青い雷光が集まり槍を形成する。金髪剣士はそれを掴むと黒い剣士に向かって投げつけた。
「ふざけちゃいない。私は、真剣だ」
黒い剣士の前に立つ重剣士が剣を地面に突き立て、低く唸る。
「アース・ウォール」
剣が光ったかと思うと、一瞬で石畳が隆起し、槍を遮る壁を作った。
「くっ!」
金髪剣士は地面から剣を抜き取り、反撃に備えるため剣を構えた、が、一歩遅かった。
「伏してもらおう」
天に翳される黒い刃の剣。仄暗い輝きが月光を侵食していく。
「消耗」
黒い刃が輝いた瞬間、金髪剣士は力が抜けたように膝を落とし、倒れゆく身体を剣で支えた。
「くっ……こんな」
立ち上がることの出来ない金髪剣士に重剣士が歩み寄る。
「剣を渡せ。抵抗はするな」
「聖剣は……渡せない……これは……」
力を振り絞り、金髪剣士がゆっくりと立ち上がる。その姿を冷たい目で見つめ、黒い剣士は静かに呟いた。
「減縮」
更なる負荷が金髪剣士に伸し掛り、剣士は再び膝をついた。
「私は……この街を……」
「我らが理想の下、平和は実現する。だから、剣をよこせ」
黒い剣士がそう言うと重剣士はゆっくりと金髪剣士のすがる剣に手を伸ばした。
「濃霧」
闇の中から女性の声が響き、街に濃い霧が流れ込む。魔力を帯びた霧は滑るように地面を流れ、あっという間に街を包み込んだ。
「剣を!」
突然の霧に焦り、黒い剣士は重剣士にそう叫ぶ。重剣士はその声に反応し、剣を取ろうと動く。その瞬間、一本の矢が重剣士の手のひらに突き刺さった。
「っ!」
重剣士の動きが止まった次の瞬間、霧の中から重装騎士が姿を現した。そして、一撃。重厚な篭手をまとった拳が、剣を取ろうと屈んだ重剣士の顔を捉え、打ち上げるように振り抜いた。重剣士はその拳をまともに喰らい、地面に突き立てた剣の位置まで後退する。
霧は深くなり、金髪剣士と重装騎士を包み込む。
重剣士は剣を抜き、霧に向かおうとする、が、黒い剣士に止められた。
「行くな。何者かはわからんが、去ってくれるならそれでいい」
剣を鞘に差し、静かに言う黒い剣士に闇の中から声が掛けられる。
「本当にいいのぉ。英雄倒して、剣を破壊して、それが侵略への近道だと思うけどなぁ」
ため息をつき、黒い剣士は答えた。
「戦いは何も生まん。争いの上に平和は実現しない。それに、これは侵略ではなく平和のための、地ならしだ。露払いを行うのが我ら英雄の勤めだ」
その言葉を聞いて闇は微かに笑った。
ファンタジー物のプロローグです。
前置きです。
次からが本編になります。