“僕”
初めての投稿です。
わかりにくいところも多いとは思いますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
僕はよくこの丘の上の公園に来る。
見晴らしがよく僕の住む町全体が見渡せる場所。
気づいた時からずっとこの場所が僕の居場所だった。
そこで偶然彼女と出会った。
彼女も僕と同様に小さなベンチに座って町を見下ろしていた。
ふいに目があったことがきっかけで、僕らは会う度に話すようになった。
僕は自然と彼女を好きになっていた。
ある日彼女は白い頬を紅く染めながら、“彼”のことを話してくれた。
彼女は小学2年生のとき、学校でひどいイジメにあっていた。クラスの子はよってたかって彼女に暴力をふるった。
増え続ける傷跡。
心に刺さって抜けない無数のトゲ。
幼い彼女にとってそれは深く大きな傷となった。
けれど、仕事で忙しい親は彼女にかまってくれなかった。頼みの綱の先生も親たちを恐れて見てみぬフリ。
彼女はただ1人で苦しみ、悩んでいた。
それは残酷にも幼い彼女に死を考えさせた。
そんなときにこの公園で“彼”に出会った。
“彼”の優しい笑顔は彼女の心に刺さったトゲを抜いてくれた。
“彼”からもらったあめ玉は宝石ように光っていて、なめてみると心の傷が癒えていくかのようだった。
その後、彼女がその公園に行く度に、“彼”は彼女にあめ玉をくれた。優しい笑顔も見せてくれた。
彼女にとって“彼”は王子様で、
“彼”のあめ玉は魔法の薬だった。
しかし“彼”は突然姿を消した。
彼女はその男の子の名前も知らない。
手がかりはこの公園だけ。
毎日ここに来ては、“彼”を探している。
今でも残っている傷跡を見て泣き出しそうになる度に、“彼”を想ってこらえている。
彼女は話しながらとても悲しそうに笑っていた。
親から聞いたが、僕は小さい頃からその公園がお気に入りで、よく行っていたそうだ。
甘いものが好きで、常にポケットにはお菓子を詰め込んでいたらしい。
ある時公園から帰って来た僕は「女の子が泣いてたからアメあげた」と親に話した。おそらく、その女の子に頼られたことが嬉しかったのだろう。僕はその日から毎日、あめ玉をたくさん持って公園に行くようになったという。
しかし、父親の仕事の都合で小学4年生の途中で引っ越すことになった。あの公園を離れるのが嫌でだいぶぐずっていたらしい。
そして2年ほど前にまた戻ってきた。
僕は今その公園にいる。
もしかしたらまだあの女の子を求めていたのかもしれない。自分を必要としてくれるその子の存在は、僕の存在する意味を与えてくれる。その子が僕を必要としたように、僕もその子を必要としている。
─僕は気づいた。気づいてしまった。
彼女の言う“彼”は昔の僕。
彼女は苦しみや悲しみから逃げ出したい一心で“夢”を見た。
たまたま彼女に近づいた僕を王子様にし、僕が彼女にあげた小さなあめ玉に不思議な力を宿させた。
彼女は今も幼い僕を追い続けている。
もういるはずのない僕を。
…そう。“彼”は僕であって僕でないのだ。
もし今僕が彼女にあめ玉をあげて微笑んでも、そのあめ玉は魔法の薬にはならないし、その笑顔が彼女の心に刺さったトゲを抜くこともない。
あの日あの時だったからこそ、幼い僕は彼女の王子様になれた。
僕は今彼女が好きで、
彼女は幼い僕が好き。
彼女にこの事実を打ち明けたい。打ち明けて、彼女に今の僕を見てほしい。
けれど、僕が彼女にそれを言えば、彼女の“夢”が崩れ、追い続けている王子様もいなくなり、魔法の薬も消える。
僕は一瞬で彼女の“夢”を壊せてしまう。
“夢”を生かすのも殺すのも僕次第。
傷つくのが自分なのか彼女なのか決めるのも僕。
自分をとるか、彼女をとるか。
未来に生きるか、過去に生きるか。
僕と彼女は結ばれそうで結ばれない。
未来を生きようとする僕と、
過去に居続けようとする彼女。
あの一瞬の過去の出来事が、昔の彼女を生かし、今の彼女を殺した。
幼い僕が彼女を今でも支え、
同時に縛り付けている。
じゃあ今の自分は?
“夢”から彼女を解くことはできる。
しかし、それで彼女は幸せになるのか?
─なれないだろう。
今彼女は過去によって生かされている。
それを彼女から奪えば…
未来の彼女を見殺しにしてしまうとしても。
僕がどれほど辛く切なくても。
結局、今の僕には今の彼女を眺めることしかできないのだ。
だから、弱い僕は過去にすがった。
自分の気持ちは封じ込め、真実は明かさず、彼女を過去に預けた。
─僕は“幼い僕”に彼女を託したのだ。