罰を受けた婚約者達
いつもながら、主役が定まりません。
侯爵令嬢ファンネルは一番、王太子のドラナーサスが好きだった。
「この気持ちは、ずっと変わらないと思っていたのに」
それなのに………………。
「俺は美しいプリメラを愛している。聞けばお前は彼女を無視したり、何度も意地の悪いことを言ったそうではないか。だから心も人相も醜悪なお前とは結婚しない。婚約は解消だ!」
ファンネルは国一番の魔法使いだ。
膨大な魔力で国の結界や、農地の豊穣、国に住む者達の健康祈願など、他国では聖女と呼ばれ崇められる重責を担ってきた。朝4時に起床し、夜中の1時に眠る生活。異変があれば王都に向かうという、いつも熟睡できない暮らしを続けていた。急病人がでれば、夜間に教会へ呼び出されることも度々あった。目の下の隈は常にあり、食欲もなく服がブカブカなのが普通だった。
この婚約は国王が彼女の魔力を見込んで、幼い頃に結ばれたものだった。
ドラナーサスは側妃腹の第一王子で、その後に王妃から第二王子が生まれていた。
王妃が先に生んだ最初の子は王女であり、そのすぐ後に国王の愛する側妃からドラナーサスが誕生したのだ。
数年前に流行り病で王族の数が激減した時、王位は男女関係なく継げることが法律で定められた。それなのに第一王女ではなく、第一王子のドラナーサスが王太子になった矛盾。知性だけ比べれば、第一王女のライラの方が格段に上であるのに。
王妃メープルの生家は力のある辺境伯家。彼女は亡き辺境伯の一人娘だ。弟が後継となっているが、母親を早くに亡くした辺境伯家では、彼女が女主人として一門を率いてきた。彼らのメープルへの忠誠は今も揺るがぬものだ。
特質のない側妃サティーナの伯爵家など、メープルが本気を出せば軽く潰せる。
けれどサティーナは国王の寵愛を盾にし、王妃を煽り続けた。それがどんなに危険なことか、考えもせずに。
「メープル様が睨んで怖いです。私のドラナーサスが王様になるのが、きっと許せないのね。王妃は私より5歳も年上だから、若い私に嫉妬しているのですわ。私が可愛いから羨ましいのかも。でも同情できないです~。だってメープル様は王妃だし、偉い方ですもの。そんなこと失礼ですから…………ぐすっ、うっ」
いつまで若いつもりなのか。30歳を越えても舌足らずな物言いで、国王に縋りついて話す側妃に頭が痛む王妃と重鎮達。「イヤらしくクネクネしおって。お前はまともに立つこともできんのか?」と心の声も漏れ出す。
王妃メープルは過去を振り返っていた。
『先代の国王様に懇願されて嫁いだ時は、もう少しマトモだったのに、側妃に出会ってから知的レベルが驚くべき速度で下がっていったわね、国王 (グランサス)のやつ。私はね、誰が王位に就いても良いのよ。寧ろ愛する王女が重責を担う立場じゃなくて、良かったとも思っているくらいなの。ちゃんと国を回してさえくれれば、別に猿でも構わないのよ。でもさあ、ドラナーサスはないわ~。国の要で、私の大事なファンネルにあんな態度を取る愚かさ、本当に勘弁して欲しいわ、マジで最悪❗』
王妃の心の声は懸念だらけだった。
更に今後のことについても…………。
『あの子がハッキリとこの状況を嫌がったら、スッパリ婚約を解消させましょう。そしたら辺境の騎士達と魔法使いを呼び寄せて……。ああ、忙しくなりそう。でももう、ファンネルに我慢はさせたくないから、ドンと来いよ❗』
そんな風に考えていた王妃。
馬鹿息子は最悪の形で、ファンネルの名誉を貶めたのだ。
国王グランサスは国防の警備殆どをファンネルに任せ、それで浮いた(騎士を雇う)資金を側妃サティーナの装飾品や贅沢な食事、香水などの嗜好品に溶かしていった。
当然にファンネルには重度の負担がかかっていたが、ドラナーサスが好きだったので、何とか頑張ってきた。
それも今日の夜会で、全てが崩壊したのだが。
彼女は幼い時の約束を、大切に守ってきた。
彼女の両親も優れた魔法使いだったが、辺境での魔物討伐の際、オークキングとの戦いで命を落としていた。母親が動きを止めて父親が雷で打撃を与え、辺境伯がトドメをさしたが、数多いる敵からオークキングとの戦闘中にも傷つけられ、致命傷を負ってしまったのだ。
王妃の家族も毎年被害を受けている(この戦闘で王妃の父である辺境伯も亡くなった)、辺境伯領地にあるダンジョンは恐ろしいものだ。モンスター・スタンピート(魔物や動物が増えたり凶暴化して、暴走する状態)は数年に一度、自然災害のように起こる。
その為王妃は、英雄の娘であるファンネルを実の娘と同じように愛し、第一王女ライラや第二王子エバンサスと共に王宮で育てていた。ファンネルは両親の遺伝もあってか、素晴らしい魔法使いに成長していった。
子供の頃はドラナーサスもライラ、エバンサスと共に、ファンネルと勉強や遊びなどで一緒に過ごしていた。
その時にドラナーサスは言ったのだ。
「親がいなくなり可哀想だな。でもお前の両親は民の為に戦った英雄だ。存分に誇るといい」
「みんなを守った。そうだね、みんなのために頑張ったんだもんね。でも……さびしいよ。一人はイヤだよ。え~ん」
「泣くな、俺もライラもエバンサスもいるのだから」
「うん、うん、っ、ぐすっ。もう、泣かないわ」
「ファンネル、私もいるよ」
「僕もいるからね」
「ありがとうね。みんな、大好きよ」
そんなやり取りを見ていた側妃サティーナは、ファンネルを利用しようとした。自身の生活を維持する為に。国一番の魔法使いが伴侶ならば、王太子の地位は安泰だと考えて。
「あんなに仲良しなら、ファンネルとドラナーサスを婚約させましょう。家柄は問題ないし、王妃の後ろ楯もあることですし。ねえ、国王様」
「お前がそう言うなら。でもファンネルの親が持っていた侯爵位は、叔父が継いでおるから旨味は少ないぞ」
「あらっ、あの子の真価は戦いにありますわ。前線で酷使すれば良いのです」
「王太子妃になる者をか?」
「潰れたら、その時ですわ。駄目ですかぁ?」
「ハハッ、良いに決まっておる。力ある者は国の為に、使わねばな」
両親がこんな感じでファンネルを大切にしないので、ドラナーサスもその思考に染まっていった。
(親のない娘など、俺の婚約者には相応しくない。もっと美しくて親に力のある者の方が、国の益にもなるだろう。あいつは所詮臣下、働き蟻のようなものだ。せいぜい愛する俺の為に、敵をたくさん倒してくれ。アハハハ)
そんなどうしようもない者達を相手に、ファンネルは傷つ……かなかった。平気だった。
だってドラナーサスのことは、「幼い時に家族的な感じでちょっと好きだった」くらいに成り下がっていたので。過去の一番辛い時に救われたのは事実で、そのことは本当に感謝していたけど…………。
相手がそう出るなら、こっちもやったるでの精神であった。いつまでも馬鹿にするなよ!
何度も言うけれど、ファンネルは魔法の天才である。
いろんな魔法を生み出していたのだ。
彼女の悲願はモンスター・スタンピートをなくすことだ。
それにはダンジョンに潜入する手駒がいると、彼女は常々考えていた。
これは彼女の両親も、密かに研究していた分野だった。ただ非人道的だと言う理由で、使わずに封印していただけで。使わずに自分達の命を懸け、最期まで戦い抜いて。
ファンネルはどうしても、ダンジョンを分析して破壊したいと思っていた。
ダンジョンから溢れる魔物や動物には、加工品としてそれなりの価値はあるが、今は被害の方が格段に大きい。ダンジョンがなくなっても、大森林には洞窟や沼で魔物が繁殖している為ゼロにはならない。なので破壊する方が人類にとって有益なのだ。猛獣は大森林に溢れているしね。
◇◇◇
「王妃様、ごめんなさい。あの人達の態度が酷くなってきた時から仕込んでいたの。改心すれば解除する気だったのだけど、その様子がなく10年が経ってしまいました。もう同化したので、剥がすのは無理なんです」
ファンネルは、王妃に頭を下げて懺悔をした。
魔物と戦ったり、魔力を酷使してきた彼女の体はボロボロだった。
王妃がいくら休むように言っても、彼女は休まずに国王と側妃、そしてドラナーサスの指示を受けて動き続けてきたのだ。
ある意味断罪の、前払いのように。
「幼い時の優しさが彼に僅かでも残っていれば、私はこのまま尽くしても良いと思えたのですが……。衆人の前で悪意をばら蒔かれ、まるで道具のように扱われてしまえば、愛情もなくなるものなのですね」
寂しく微笑むファンネルは、魔法の完成を王妃メープルに知らせるのだった。
「これは!……そう、もう無理なのね」
「はい。禁忌に触れた罰は受けます」
「罰はいらないわ」
「だって、貴女がしなければ、私が処分したはずだから」
「えっ、ですが」
「あの男は、私の父の献身を陰で笑ってたの。辺境に住まわせているのだから、それくらい当然だとね。優秀な侍女から報告を受けた時、殺意が湧いたわ。辺境の者が逃げればこの国は魔物で溢れ、すぐに立ちいかなくなるのに。辺境に住む猛者は、あの地でなくても生きていけるのよ。それなのに‼️ だから、良いの。私の意思を受け継いだと思って、ヤっちゃって」
「は、はい! 必ずや納得できるものに仕上げます」
「頼んだわよ」
いつも優しげな王妃は、嫋やかだが冷たく微笑んだ。冷たさは勿論、国王達にだけ向かうものだ。その決意に満ちた眼差しは、既に為政者の様相を呈していた。
◇◇◇
ファンネルは10年前の深夜に、国王と側妃、そしてドラナーサスの精神に悪意を吸収する種を埋めていた。魔法の種(実際には術式)は、並みの術者には見えない。
けれどその術式は少しずつ精神と混ざりあい、満期の10年を迎えると宿主の悪意と同化し、人間の体から飛び出して実体化する。その精神に相応しい生き物に姿を変えて。
国王はオーク(ゴブリンより一回り大きく、より野蛮で力強いとされる亜人)に。
側妃はメリュジーヌ(上半身が美女で下半身が蛇)に。
ドラナーサスはミノタウロス(牛の頭と人間の体を持つ、怪力の持ち主)に。
「ふう。そこそこに強そうな魔物になったわね。暫くは偵察に使えるかしら?」
ファンネルは彼らを使役するべく、魔法をかけた。
今の姿は完全に魔物であり、城にいては阿鼻叫喚待ったなしなので、ダンジョンまで空間転移だ! ペイっ。
夜中にかけた魔法なので、実体化も夜中だったのは好都合でしかない。
今後彼らはファンネルの命令を受ける時以外は、その身を自分で生かしながら生き延びることになる。
その姿である為、ダンジョンや大森林から出ることも不可能だ。たとえ声を出せても。
しゃがれた声とモンスターの姿で、「余は国王だ。グズグズせずに助けろ!」と言っても、従う者は皆無だろう。
3人の家族はモンスターの種族がバラバラだから、普通は生息地が違う。だがダンジョン内で共にいるなら、それほどおかしくない筈だ。たぶん。
側妃サティーナとドラナーサスは自他共に美しいと言われていた為、魔物になって絶望することだろう。彼女の場合は美女だから良いのか?
彼らの心臓に埋め込まれた隷属の宝珠には、自己修復魔法と共に自害できない術式も組み込んでいる。咄嗟の事故や首を切り離されることがなければ、滅多なことで死ぬことはない筈なのだ。
ファンネルは、彼らをダンジョンに送ったことを王妃に報告した。
彼らへの説明は覚醒してからとなる。
きっと自分の運命を知った時、目覚めたことを後悔することだろう。
王妃メープルは彼らの罪を数えていく。
「まずは予算の横領ね。自分達の予算以外に、国費の使い込み。ファンネルが国防の守護に就いてからは、兵士や騎士の無断解雇に、その予算も贅沢に費やしていたわ。無断解雇された者達は辺境で鍛えているし、全員生きているわよ。国王への憎しみを募らせながらね。
さらにファンネルには無償で民の治療を行わせ、その裏で教会と結託して寄付予算もくすねていたわ。ほぼ親子3人で山分けしてたみたいね。ドラナーサスはずいぶんと、プリメラに貢いでいたようだわ。
普通妃の予算は、生家から年間生活費の一部を捻出するのだけど、側妃の生家は殆ど出していないわ。生家の方も貴族としてギリギリの生活だから、普通の感覚を持つ両親は側妃の打診を断ったのよ。けれど国王が『サティーナの分は余が出すから心配はいらん』とか言って、反対を押しきって側妃になったのよ。まあ普通に、伯爵家が国王に逆らえないわ。それでもあの両親は自分達の生活費を削りながら、少しずつお金を送ってきたけれど、焼け石に水だったわね。娘の散財の話を聞いて胃を悪くしているとも聞いたわ。『すぐに離縁して下さい。お金は何年かかってもお返ししますから』と、話を聞かない国王と娘に絶望して、私に頭を下げにきたの。お気の毒だったわ。だから彼女の両親は、罪に問わないわよ。
そして私の父や辺境の戦士を馬鹿にした侮辱罪。更に仕事を放棄した職務放棄。ドラナーサスをきちんと育てない育児放棄も追加かしら。一方的なファンネルとの婚約解消した、王命に反した件もあるわね。貴女への名誉毀損もだし。もう細かいものは数えきれないわよ!」
「これだけ余罪があるのだから、ダンジョンを調べて報告する義務くらい与えても良いと思うわ」と、王妃はまた笑った。
そして残された国王、側妃、ドラナーサスの体から悪意が抜けたのは良いが、放心状態だった。魂が抜けたと言っても良いだろう。
そこでファンネルは、王妃に提案したのだ。
オークキングとの戦いにより亡くなった辺境伯とファンネルの両親が、ダンジョンが心配で天に上がれずにいることを伝え、その魂を入れても良いかどうかを。
「そんなことが出来るなら、やって頂戴。是非、お願いするわ」
「では、やらせて頂きます。みなさん、聞こえましたか? 王妃はこの体の延命を希望されております。それぞれ、体に入り維持をお願い致します」
その声が聞こえたのか、魂が入ったと思われる国王達の体は動き出したのだ。
「え、と。俺は国王に入ったのか。不敬すぎないか、これ?」
「あらっ。私は側妃ね。胸が大きくてボインボインよ。それに私よりずいぶん若いわ。ウフフッ」
「おおっ。わしはドラナーサスの体か? ずいぶん若返ったもんだわい。ワハハッ」
全員のテンションが高い。
彼らはきっと一時的に入っただけで、そのうち本来の体の持ち主に返すと思っているのだろう。甘いわ!
「お父様、会いたかったです」
「おおう、メープル。立派になったな。頑張って国を守ってくれて、ありがとうな」
「ううっ、お父様こそ。命をかけて、国を守って下さったではないですか。ありがとう、ございますっ、うっ」
端から見ると、王妃と王太子の抱擁シーンはありえないことだった。
最近は両親に毒されたドラナーサスは、「母上を馬鹿にして舐めている悪辣な女」だと、王妃メープルを憎んでいたからだ。周囲の者に隠すこともなかったし。
そして国王と側妃に抱きしめられるファンネルは、知らない者が見ればもっと仰天されることだろう。
「お父様、お母様、会いたかったです。私、頑張っていたんですよ。うっ、うわ~ん」
「ああ、見ていたよ。いつも応援していたんだ」
「王妃様の言うことも聞かないで、無理ばかりして。貴女まで死んだらどうする気だったのよ。ぐすっ」
「ごめんなさい、でも、でも……」
「良いのよ。許せなかったのでしょ?」
「俺達の分も怒ってくれたんだよな」
「うん、でもごめんなさい。私、禁術を使ったの」
そこで王妃の声がかかった。
「ファンネル、聞いてちょうだい。禁術を決めるのは国よ。国王が不在の今、私が国のトップなの。私が許可したのだから、貴女に罪はないわ。もし非難の声が出ても、それは私の責任よ。その為に王妃という役割があるの。その辺は、分かっていて欲しいわね」
「王妃様……ありがとうございます」
「良いのよ。貴女も私の子のようなものですもの」
そのやり取りに、ファンネルの両親は深く頭を下げるのだった。
「感謝致します、王妃様」
「ファンネルを愛して下さり、ありがとうございます」
失われた家族は、形を変えて再会を果たしたのだった。
第一王女ライラと第二王子エバンサスも、その場を目撃していた。王妃の最側近で護衛でもある、辺境の女騎士ルルアナも一緒だった。
奇跡を目撃した衝撃と温かな雰囲気を、生涯忘れることはないだろう。
◇◇◇
その後。
国王は病気で歩けなくなり、暖かい国で静養することになった。側妃も付き添う為に国を出たと発表があった。
そして王太子のドラナーサスは、公務中の馬車の事故で亡くなったことが発表された。普段から王妃とファンネルに仕事を押し付けていたことを知る者達は、「どうせ恋人との旅行中のことだろ」と呆れ、悲しむこともなかった。
元婚約者だったファンネルは喪に服すとして、表舞台から姿を消した。あんな王太子であっても、少なからず好意を持っていたことを知る側近達は、素直に納得したのだった。
焦ったのは恋人だったプリメラと、その家族である。
彼女はファンネルが婚約解消した後に、まだドラナーサスと婚約していなかった。あの件から2週間しか経ていないのだから、当然のことだ。
けれど何も知らない市井では「プリメラと言う浮気相手と婚約する為に、長年献身してきたファンネル様を捨てた王太子様。その報いなのか、おっちんじまった。浮気相手は縁起の悪い女だ!」と、嫌味も含めて噂になった。
中にはプリメラを庇って、ドラナーサスが死んだのではないかと言う憶測まで。これでプリメラは、多くの嫁ぎ先候補をなくしたのだ。ほどほどに力のある侯爵令嬢で、艶やかなピンクプラチナの髪を揺らす可憐な美少女なのに。両親も王太子妃を狙わせていたので、同罪だろう。
彼女はドラナーサスから、かなり多くの貢ぎ物を受け取ったが、それが将来に見合うかは分からない。世間に晒される浮気者と有名になったのだから。
せめて婚約していれば、婚約解消の慰謝料くらいは受け取れたかもしれない。噂もここまで酷くはならなかったはずなのに。将来をドラナーサスに賭けたことで、彼女も敗北したのだ。
「何なのよ、もう。何もこんな時期に死ななくても良いのに! 本当に最低よ!」
彼女が愛していたのはドラナーサスではなく、金と名誉と王太子妃と言う地位だ。その為、涙一つ溢すこともなかった。今後は修道院へ2年ほど入り、ほとぼりがさめた頃に金持ちの後妻に入ることになりそうだ。
王太子は第二王子のエバンサスになった。第一王女ライラは固辞した。
「前の時だって、同じ年でも男児だからと、ドラナーサスが王太子になることに大臣達から反対は少なかったのよ。今更、やってられないわよ」
そんな訳で選択肢なく、エバンサスが立太子されたのだ。
彼は心から、ファンネルと婚約したいと望んだ。
けれど彼女は断っていた。
「私事で禁術を使った愚か者でございます。どうか清らかな女性をお選び下さい」と、言って。
それでもエバンサスは諦めていない。
「僕は諦めないよ。いつまでも待っている。君でないと結婚しないから、最悪の場合は姉上の子が国王になるね」
「ちょっと、待って。嫁にも行ってないのに、子供を取られるなんて拷問でしかないわ。ファンネル、何とかしなさいな」
悪い顔をして笑うライラは、ファンネルの顔を覗き込む。
(もう、なんでこんなに優しいのよ。困っちゃうじゃない。私は酷い女なのに!)
彼女は今、両親と共に王妃の護衛に就いていた。彼女の両親も上級魔法使いなので、擬態は得意である。髪色や瞳の色を変化させて、正体を知る者以外には認識阻害魔法を使って生活している。
王妃も父親がドラナーサスの体に入っている為、楽しく過ごしていた。ただドラナーサスは亡くなったことになっている為、変装をしてエバンサスの護衛に就いている。ドラナーサスに似ていると言われても、側妃の血筋の者だと伝えれば、「ああ、側妃の。ご両親も親族も良い方ですので、この者も真摯に勤めてくれるでしょう」と、受け入れていた。ご両親の人柄のお陰である。
今までに国王に解雇された兵士や騎士は、再び王都に戻され、元の職に就いた。教会でも治癒の術者を雇い直し、雇用も増えている。今までファンネルに押し付けていた仕事を、適正に彼らへ戻したのだ。
まだ騎士の配置が十分ではない為、国境の結界だけはファンネルに頼んでいた。けれどその程度は彼女にとって、お茶の子さいさいだった。
「任せて下さい、王妃様」
「ええ、信じているわ。いつもありがとう」
「テヘヘ、このくらい軽いものです♪」
顔色も良くなりぐっすり眠っている彼女は、とても楽しそうだ。
◇◇◇
辺境のダンジョンに飛ばした元国王グランサス、元側妃サティーナ、元王太子ドラナーサスは、起床した後悲鳴をあげた。
「キャー、何よ、ここどこよ。助けて~」
「うわっ、この化け物。なんだこの汚い場所は。ヒエッ、虫がいる、いや、イヤじゃー!!!」
「煩いな。ウワッ、魔獣が2体も! 助けてくれ~」
と、そんな感じで叫びあった後、空間転移魔法でファンネルが現れた。
彼女のした最初の命令は、「黙れ」だった。
ガチリッと動きが止まり、横隊する3人。
「えー、貴方達は国を揺るがす程の横領、侮辱罪、職務放棄、王命違反等々で、死刑の代わりにダンジョンの調査が割り当てられました。頑張って下さい」
王妃からは「この3人は、もう人ではないので王族から外れました。気兼ねなく扱って下さい」と言われていた。喜んで従うしかない。
「貴方達は私から搾取していた能力で、その姿になりました。貴方達は隷属されていますから、私には逆らえません。今の状態でお分かりですよね」
状況が呑み込めない側妃は、ファンネルに泣きながら叫ぶ。
「何でよ、どうして私まで。責任なら国王だけで良いでしょ?」
「サティーナ、何でそんなこと」
「嫌よ、話しかけないで。灰緑の肌に長い鼻、醜悪な目でこちらを見ないで。息も生臭いのよ!」
「母上、それは酷い。貴女だって下半身は、蛇ではないですか?」
「え、嘘っ。キャア! そう言う貴方は、もしかして……ドラナーサス? な、何よ、体は人間なのに、顔が牛じゃない。気持ち悪いわ」
「え、あ。嘘だ、そんなこと……イヤだぁ。助けてくれ! あ、謝るからさぁ、ファンネル助けてくれ。済まなかった」
ドラナーサスは自分の顔に触れ驚愕し、咄嗟に適当な謝罪を告げた。当然、無視である。聞こえません。
各々が自分の姿を自覚したことで、話を進めるファンネル。
「その姿は貴方達の精神が反映された姿です。美しい心なら、妖精や天使のように美しくなられたでしょう。残念ですわ(嘘ですけど)。話は戻りますが、貴方達はこのダンジョンを調査して貰う罰が与えられました。その姿なら、魔獣も怪しむことはないでしょう。あ、付け加えますと、人に会うと討伐されるかもしれません。出会った際は即逃亡することをお奨めしますわ。それと……戦う経験がなかったでしょうから、弱い魔物や兎などの獣を狩ってお食べ下さい。死にたいなら、別ですが。では頑張って下さい」
「ちょっと待て。待てと言うておろう!」
「何なのよ、あの子。親無し令嬢の癖に、生意気だわ」
「そんな場合じゃないでしょう。これからどうするのですか?」
「あ、そうだな」
「シクシク……美しい私の体はどこにいったの。もう死んだ方がマシだわ」
「グゥ~」とお腹が鳴るドラナーサスは、まだ狩りの経験が新しい。
ダンジョンを出て鹿に向かう彼は、勘で正面から受け止めた。
「このまま頭を撲れば、仕止められる。ここだぁ!」
思うように行動できて、鹿は絶命した。
彼は鋭い石で首を切り、血抜きをした。
皮を剥いだら、食欲に負けてその肉にかぶりつく。
「美味しい。生の肉なのに……旨い、ウマイ!」
ガブガブと肉を喰うドラナーサスに、後を着いてきたグランサスとサティーナも喉をゴクンと上下させた。
「ドラナーサス……少し分けてくれ。頼む!」
「すみません、無理です。空腹過ぎて分けられません!」
「こ、この愚息が!」
グランサスがドラナーサスに掴みかかるが、力はドラナーサスの方が上である。軽くあしらうと、グランサスは吹き飛んだ。
「グエッ」
「ちょっと、ドラナーサス。何をするのよ」
「すいません、ですが肉は分けられません。俺もまだ食べ足りないのです。ガブガブッ」
「そ、そんなぁ……。私は狩りなんて出来ないわ。うっ、うっ」
そんなことがあり、3人は別々に行動を始めた。
サティーナを溺愛していたグランサスだが、醜いと罵られたことで愛が覚めてしまったらしい。そのせいでサティーナに食事 (肉)を分けることもなかった。
その後サティーナは蛇の特性を使い、獣や鳥の巣にそっと忍び込んで卵を食べることを繰り返していた。時々見つかり激しくつつかれたり、噛み付かれたが、翌日には回復していることに気づくのだった。
グランサスとドラナーサスは戦闘訓練を受けているので、さすがに獲物を捕まえるのが上手かった。それでも格上の魔獣に狙われて逃げたり、暗いダンジョンで眠ることが苦痛で、いつまでも馴れないのだ。
彼らはある時気づく。
最初に目覚めたダンジョン内の場所には、魔獣も猛獣も寄り付かないことに。
それに気付いた後は、3人とも夜間はそこで眠るのだった。
ファンネルは毎日夜間に、彼らの体調を確認する。
「ありゃぁ、ドラナーサスったら。今日はお腹の肉をフェンリルに齧られたのね。自己修復機能は遅いから、治癒魔法をかけておこう。サティーナは痩せているから、回復魔法を。ドラナーサスから時々肉を分けて貰っても、足りないみたいね。自分で戦えないからしょうがないか。グランサスは大丈夫みたいね。少しサティーナに食料を分けてあげれば良いのに。いつもベタベタしていたのに、環境が変わればここまで酷くなるのね。はぁ~」
熟睡していると思っていたが、ドラナーサスは夢うつつでファンネルの存在を確認していた。
(俺から裏切ったのに、こいつは見捨てられないのだな。ご苦労なこと…だ……)
その夜ドラナーサスは、幼い頃の夢を見て眦を濡らしていた。
「幸せになれたはずなのに、どこで間違えたのだろう?」と、明晰夢のように幸せな姉と弟、そして微笑むファンネルを見守り泣いていたのだ。
その後彼は、ダンジョンを少しずつ歩き出した。
遠隔で映像を受けとるファンネルは、それを地図に書き起こす。そしてその構造が分かった時、ファンネルと彼女の両親、辺境伯の魔法使いと騎士で踏破に乗り出した。
その間3人には、気配の遮断と透明化の魔法をかけて眠らせておいた。
ダンジョン内の魔獣は、無事に討伐を完了し封印した。
3人が起きた時に、ファンネルは問う。
このまま魔獣として生きるか、新たなる輪廻に乗るかを。元々肉体から離れた3人の状態は、とても脆い存在だった。メンテナンスして気づかっていたのは、そんな理由もあった。
グランサスは死にたくないと願った。
彼はファンネルの魔力で野兎に変化し、野に放たれた。
サティーナは輪廻に乗ることを望んだ。
「ごめんなさい。貴女を犠牲にして贅沢をしていたの。でも……罰せられるまで、悪いと思うこともなかったわ。たくさんの時間ができて、やっと少し考えられたの。私は側妃になるべきじゃなかった。もう誰にも意地悪なんてしないと誓うわ。これでも済まないと思っているのよ」
「ええ、分かりました。良い転生を」
サティーナは天に昇っていった。
とても疲れた顔をして。
そして、ドラナーサスも輪廻に乗ることを希望した。
「君を恨んだりしていないよ。俺の方がよっぽど酷いからね。愚かさに気づかせてくれてありがとう。俺が言えることではないが、幸せになっておくれ」
彼は泣いていた。
空へ昇る彼を見つめ見送った後、頬が濡れていることに気づいた彼女。
「さようなら、ドラナーサス。貴方こそ幸せになってね」
ダンジョンが閉じられた辺境の地は、危険度が減少したことで店舗が増えて賑わうことになった。元々冬のない温暖な、と言うか1年中暖かい住みやすいところなのだ。ただ人間が住みやすいところは、魔獣も猛獣も住みやすいのだ。今後も注意は必要だろう。
国王グランサスは一人残された。弱い兎に変化させられたことで、必死に逃げまわる日々を送り続け、今さらながら後悔していた。
「あいつらが余を置いていくとは…………。森は怖い。魔物も、猛獣も、そして人間どもまで追いかけてくる。一人はもうイヤだ……サティーナ、ドラナーサス。戻って来い、傍にいてくれ…………うっ、なんで、こんなことに……うわあああああっ」
オークにあった力もなく、不満を言い合っていた家族もいない。圧倒的孤独。死の予感が強まる。
「一人は嫌だ。怖い、寂しい、辛い……うっ、うっ」
そして漸く、ファンネルのことを思うのだった。親を亡くし、泣いていた時のことを。
(あの子もこんな気持ちだったのかもな? それなのに余は、なんて非道なことを……。うっ、これも報いなのだろうな。済まなかった…………)
兎の群れにも入れず、人間にも戻れない国王。けれど彼の自己修復能力は残っている為、逃げ延びれば寿命まで生き続けるのだ。魔力で作られた体は、素早く動けるように作られていたから。これもファンネルの温情である。
けれど孤独に生き延びるのは、彼にとって辛いことになるだろう。
◇◇◇
「いやあ、私ってば。眠過ぎて10年目だったのに、9年目だと勘違いしてたよ。丁度日記で確認して、気づいたらもう手遅れだったの。ほぼ10年なら、どっちみち術の解除は無理だったし。いくら私でも、そこまで黙っている度胸はなかったのよ。ラスト1年で王妃様に相談していたら、結果は変わっていたかもしれないのに。ごめんね」
このことは誰も知らない真実だった。
たぶん相談していても同じ結果だから、気にすることはない。恐らく。
ただストーカーちっくなエバンサスだけが、気づかれないように隠れて聞いていた。
「そんなうっかりなところも良い。やっぱり好きだなぁ」
誰にも気づかれていないと思っていたエバンサスは、気配を隠して尾行しているドラナーサスの体に入っている祖父 (マドラス)の存在に気づいていなかった。
(うちの孫達って、どうしてこんな感じなのかな? ライラは戦闘狂で、結婚する気配もないし。最悪な父親を見てきた悪影響なのか?)と、ドン引きしていた。
辺境伯家の遺伝子は闘うことに特化しているから、ライラは普通なのに。ここにも男尊女卑の弊害が……。
ちなみに辺境伯家では、一番強いのはメープルだと誰もが知っている。
「辺境伯様は何を考えているんだ。歴代最強のメープル様を嫁に出すなんて。この地で男も女もないだろうに!」
そう言われていた。
彼はただ、女の子には結婚して、安全に過ごして欲しいだけだったのだが。
伯爵邸を襲うブラックドック (黒妖犬)の群れを前に、ダガー (両刃の短剣)を両手に持ち、笑いながら向かっていったメープルは伝説になっていた。目が妖しく赤に輝き、子牛ほどもある巨体は一匹だけでも身震いが止まらなくなる存在感だ。声を聞く、または見るだけで死に至ると言う伝承もある魔物なのだ。
常に「来いよ、化け物。お前らの相手はこの私だ!」と叫びながら敵の目を自分に集め、喉元をダガーで抉り続けた。ブラックドックの背に飛んでは飛び込んでくる魔物を力技で蹴り飛ばし、動けなくしたのは男が聞いても痺れる話だった。
彼女の弟は未だに姉を勇者と呼んでいる。
彼も強いと評判だが、姉には敵わないといつも謙虚なのだ。
その話は実話だが、大森林の討伐に出ていた前辺境伯のマドラスは信じていなかった。
「だいぶん盛ってるな。でもまあ、留守を守ってくれたのは助かったぞ、ありがとう」
「いえいえ。お父様こそ、討伐ご苦労さまです」
あの日、目立たない灰青色の服が血で赤く染まり、赤い服を着ているようだと思った者は大勢いたのに。
その後うっすらと、前世の記憶を持ったドラナーサスの生まれ代わりは絵本を発表した。
『婚約者を蔑ろにすると罰が当たり、魔獣に姿を変えられてさ迷うことになる』と言う題名のヒット本を。
彼は自分が王子だったことや、実際に変化したことも忘れている。ただ時々見る怖い夢を書き起こしただけなのだ。
今の彼は医者であり、書籍が売れた資金は病院の運営に当てていた。貧しい者は少ない料金で、富める者はそれなりの料金で見てくれる、腕の良い医師だと評判なのだそう。
病院の待合室にも置いてあるこの絵本。
幼い頃に読んだこの物語で、婚約解消や婚約破棄が減ったのは事実のようだ。




