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田中さんちの地縛霊  作者: 平木明日香
第1章 いや誰だよお前!?
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第6話 地縛霊、家事を覚える





――地縛霊が、家事(単独で)を始めた。


その朝、俺は自室で目をこすりながら、何やらカチャカチャと金属音が響くのを聞いた。

寝ぼけ眼のまま階段を下りると、そこには――異様な光景が広がっていた。


「……なにしてんだよ、お前」


「見ての通り、洗い物だ」


キッチンに立つナナ。

全身鎧姿で。

しかも真顔。


金属の手甲でスポンジを持つものだから、ギチギチと嫌な音がしている。

泡立ちも悪く、洗剤は床にまでこぼれていた。


「……いや、どう見ても“洗い物できる格好”じゃねぇだろ」


「戦場に立つ者は、どんな状況でも任務を全うする。それが鉄則だ」


「ここ戦場じゃねぇから!!」


俺のツッコミをよそに、ナナは真剣な表情で皿を磨いていた。

しかし、手甲のせいで細かい部分が全然洗えていない。

しかも金属同士がこすれるたびに「ギィィィ……」という音が鳴る。


「なぁ、それ、皿傷だらけになってね?」


「敵の装甲を削る気持ちでやっている」


「やめろおおおおおお!!!」


慌てて止めに入り、ナナからスポンジを取り上げる。

泡まみれのキッチン。

金属の隙間にも泡が入り込み、鎧がシャボン玉みたいにテカテカしていた。


「……ふむ、これはこれで清潔感があるな」


「どこにだよ!!!」


リビングの方からは婆ちゃんの笑い声が聞こえる。


「ナナちゃん、手伝ってくれてありがとねぇ」

「いえ、当然の務めです」


ナナが姿勢を正して答える。

――いや、その“当然”の基準がまずズレてんだよ。


そのとき、麗奈がリビングに顔を出した。


「ナナちゃん、次は洗濯やる?」


「ふむ、よかろう」


「え、ちょっと待て待て待て」


止める暇もなく、ナナは庭に出て洗濯機の前に立つ。

鎧の肩当てがガコンッとドラムにぶつかる音が響いた。


「この中に服を投げ込むのか?」


「投げ込むって言い方やめろ。丁寧に入れろ」


麗奈が洗濯物を次々渡し、ナナはそれを両手で持って洗濯槽に入れていく。

が――。


「ふむ。では……戦いの始まりだ」


ガチャン! と力任せに蓋を閉めた。


「ちょっ、それ壊れる!! 戦いじゃねぇ!!」


洗濯機のスイッチを押すと、ナナは真剣な目で回転を見守った。

中の水がぐるぐる回るのをじっと見つめながら、低く呟く。


「……まるで渦の魔法陣のようだ」


「違う違う、ただの遠心力!!!」


「ふむ……恐るべき技術だ」


完全に原始人が文明を見たリアクションだ。


麗奈は爆笑しながらスマホを構えていた。


「ナナちゃんかわいい~! “文明の驚きリアクション”シリーズ撮れた!」


「撮るな!!」


止める俺を無視して、麗奈は動画を保存している。

将来この家がニュースに出る未来が見えた気がする。


――その後、ナナは掃除にも挑戦した。


「埃を排除する戦闘、了解」


「違う、戦闘じゃない!!」


彼女はモップを槍のように構え、床を“突く”ように掃除していた。

床板がミシミシ鳴るたびに俺の寿命が削れる。


「ナナちゃん、モップは刺すもんじゃなくて滑らせるの!」

「……滑らせる?」


麗奈が実演して見せると、ナナは感心したように頷いた。


「なるほど。舞うように掃くのだな。剣術にも通ずる」


「なんでも戦闘に結びつけんな!」


それでも、ぎこちないながらも真面目に覚えようとする姿勢は本物だった。

ただ、慣れないモップを両手で扱うせいで力加減がわからず、何度も勢い余ってよろめいていた。


「おっと……っ」


ガシャン、と鎧が鳴る。

滑りのいい床に足を取られ、ナナは思わず壁に手をついて体勢を立て直した。


その様子を見て、婆ちゃんが笑いながら声をかけた。


「ナナちゃん、鎧で動きづらいんじゃないの?」


「問題ない。この程度の装備で足を取られるなど、未熟の証だ」


「いやいや、床で転びそうになるのは未熟とかじゃなくて普通よ!」


婆ちゃんのツッコミに、ナナは少しだけ苦笑を浮かべる。


麗奈と婆ちゃんに見守られながら、彼女は何度もモップを動かす。

動作はぎこちないが、確実に形になっていく。


少しずつ上達していったのか、掃除が終わる頃にはリビングの床はピカピカになっていた。

だが、家の中に響く金属音だけはどうにも止まらなかった。


「……ふむ。達成感というものは、悪くないな」


ナナが小さく微笑んだ。

その笑顔を見た瞬間、俺は一瞬だけ、ツッコミを忘れた。


真面目すぎて、ちょっと不器用で。

それでも“誰かの役に立ちたい”って気持ちは本物なんだろう。


そんな彼女を、否定しづらくなる瞬間がある。


――いやいやいや、騙されんな俺。

地縛霊だぞ、地縛霊。

異世界から来た幽霊が、家事マスターになってどうすんだ。


そう自分に言い聞かせながらも、

俺はリビングに広がるきらめく床を見て、ほんの少しだけ口元が緩んだ。


「圭吾」


ナナが振り向く。


「な、なんだよ」


「次は料理を覚えたい」


「……やめてくれ、それは命に関わる」


その瞬間、麗奈がキッチンから顔を出した。


「え、ナナちゃん、オムライス作る?!」


「えっ、ちょ、待っ、やめろおおお!!」


俺の絶叫が響いたときには、すでに冷蔵庫のドアが開いていた。

ナナの手には、卵と――なぜか包丁。


「……これが、戦いの武器か」


「違う! それは食材用!!!」


その夜、田中家のキッチンから、

「ジュワァァァ!」「ギャーッ!!」「なんで卵が爆発してんだよ!!」という悲鳴と煙が立ちのぼった。


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