第5話 勝手に話をまとめんな
――って、そんな呑気なナレーションを差し込んでる場合じゃないだろ。
……誰だ今の。ナレーターか? いや、たぶん前話の語り手だな?
「田中家は温かい」とか、「花屋のような玄関」だの、「今日も笑い声が絶えない」だの、勝手にほのぼのまとめやがって。
おい。現実はもっとカオスだぞ。
ていうか、“かつて圭吾が全裸で事件を起こした“現場”でもある。”って、サラッと書くな。
まだ記憶に新しいわ!
あれ、完全にトラウマだからな!?
何が「事件」だっての。勝手に歴史の一幕みたいにすんな!!
しかもあの鎧女――ナナが居着いてることを、なんか自然な流れで正当化してるし!!
“田中家の新しい家族”じゃねぇよ!! 異世界の幽霊だよ!? 未だに信じられねぇよ俺は!!
……いやほんと、どこの誰だよそのナレーター。
後で会ったら一言言ってやるからな。
――で。
そんなことを言いつつも、あの鎧女が家に“出現”してから、もう数日が経っていた。
ナナ・ローゼンタール・レメディオス。
異世界の聖騎士にして、自称・地縛霊。
田中家のリビングに棲みついたその“異物”は、気づけば家族全員の生活に完全に馴染んでいた。
母さんは一緒に家事や世間話をする仲になってるし、婆ちゃんは「ナナちゃん、今日のお茶っ葉どうする?」とか普通に会話してる。
妹に至っては、学校帰りにナナとスマホでツーショット撮ってんの見た。
いや、幽霊とセルフィーって新ジャンルすぎるだろ!?
そんな家の状況に、俺だけが一人取り残されていた。
学校に行っても、頭の中ではあの鎧女のことが離れない。
「……あの人、なんで“俺ん家”に縛られてんだろ」
考えれば考えるほど、わからない。
何がきっかけで、なぜ田中家なんだ。
しかもあんな重装備の外国人スタイルで――どこの異世界ポータル経由だよ。
そんなことを考えていたせいで、今日もまた授業はほぼ聞いていなかった。
「――田中」
教壇から呼ばれて、我に返る。
「は、はいっ!?」
「……お前、黒板見てるか?」
担任の中村先生が、チョークをくるくる回しながらため息をついた。
「数学の問題、頼むからこっち見ろ。お前、今日三回目だぞ」
「あ、あはは……すみません」
教室にクスクスと笑い声が広がる。
完全に“上の空キャラ”認定されている。
……いや違うんだ、先生。
ちょっと家に幽霊が出て居候してて、頭が整理つかないだけなんだ。
って言えるかそんなこと。
放課後。
部活のグラウンドに出ても、やっぱり集中できなかった。
バットを構えても、頭の中でピンク髪の鎧女がうろつく。
「圭吾、タイミングずれてるぞー!」
「え、あ、すんません!」
後輩の投げた球を思い切り空振り。
ボールはキャッチャーのグローブをすり抜け、背後のネットに当たって跳ね返った。
部活仲間たちが笑う。
「田中、なんか悩みでもあんのか?」
「いや、ちょっと……家が騒がしくてな」
「へぇ、親戚でも来てんの?」
「……まあ、そんなとこだ」
間違ってはいない。が、だいぶ違う。
まさか“家に地縛霊がいる”なんて言えるわけねーし。
そもそもあいつら絶対ネタにするだろうし、…そんな話信じない。
夕暮れが近づき、部活が終わるころ。
汗で湿ったユニフォームのまま空を仰ぐと、薄いオレンジ色の雲がゆっくり流れていた。
蝉の声が少し遠のいて、風が頬を撫でる。
……なんだろうな。
日常って、もっと“普通”だったはずなんだ。
飯食って、風呂入って、寝て、また学校行って。
その繰り返しが当たり前で、退屈で、でも安心できた。
それが今はどうだ。
家に帰れば異世界の幽霊がいて、家族が全員それを受け入れてる。
もしかして、俺が一番“異常側”なのか?
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。
帰り道、商店街のアーケードを歩く。
焼き鳥の香り、夕飯の支度の匂い、子供の笑い声――全部いつも通り。
でも、俺の中では何かがずれている。
家の角を曲がると、二階建ての俺ん家が見えた。
窓から漏れるオレンジの灯り。
今日も、あの“地縛霊”がちゃぶ台の前でお茶を飲んでるんだろう。
その光景を思い浮かべただけで、胸の奥が妙にざわついた。
怖い、というより――変な安心感がある。
いや、違う違う。
慣れるな。幽霊に慣れるな俺。
玄関の前で一度深呼吸して、ドアを開ける。
「おかえりなさい、圭吾」
「……ただいま」
リビングをのぞくと、案の定、ナナがいた。
ちゃぶ台の前で、湯呑を片手に。
婆ちゃんと母さんと麗奈が笑っていて、まるでそこにいるのが当たり前みたいに。
ああもう、ダメだ。
俺の中の“日常”は、完全にバグった。
そして俺は確信した。
――この家に平穏なんて、もう戻ってこない。




