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田中さんちの地縛霊  作者: 平木明日香
第1章 いや誰だよお前!?
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第3話 地縛霊ってなんだっけ?



地縛霊。

じばくれい。


……地縛霊地縛霊地縛霊。


こう何度も心の中で繰り返すと、なんかもう「地縛霊」って単語の意味すら怪しく思えてくる。

俺は辞書を片手に、机の上で頭を抱えていた。


「……地縛霊じばくれい。“特定の場所に縛られ、そこから離れられない霊魂”。……うん、知ってた」


辞書の説明は、あまりにもそのままだった。

だが、まさかそれを“リアルタイムで体現してる存在”がうちのリビングにいるとは、誰が想像できるだろうか。


机の上には教科書とスマホと、開きっぱなしの辞書。

ケイゴは高校の夏課題をやるでもなく、ただひたすら「彼女の存在を論理的に説明できないか」考えていた。


「異世界の聖騎士で、地縛霊……。

いや、そんな単語、地理の教科書にも倫理の授業にも出てこねぇよ……」


頭を抱えてため息をつく。

そのとき、リビングの方から楽しげな笑い声が聞こえてきた。


……なに、この和やかな空気。


恐る恐る廊下に出て、襖のすき間からリビングをのぞく。


――そこには、信じられない光景が広がっていた。


「ナナさん、そのお箸の持ち方上手ねぇ!」

「ふむ。慣れるまでは苦戦したが、麗奈殿の教え方が良かった」

「え~ナナさん、"殿"なんて堅苦しいっすよ~」


……妹の麗奈(カラオケ帰り)がすでに(というかめちゃくちゃ)打ち解けていた。


なんで!?


いや、そりゃ見た目は美人だよ?

ピンクの髪に紫がかった瞳、ちょっと冷たい感じのクール美人で、しかも鎧姿っていうギャップもあって確かなインパクトがある。

でもさ、幽霊なんだぞ!?!? 

ガチガチの鎧女なんだぞ!?

(そもそもそんなレベルの話でもないと思うが…)


うちの家族、警戒心どうなってんだ!!


婆ちゃんはちゃぶ台の向かいでお茶菓子を差し出してるし、母さんなんてエプロンを貸して一緒に夕飯の支度までしてやがる。

その異常な光景が、なぜかもう“日常”として成立しているのが怖い。


ナナはフライパンを見つめながら真剣な表情で言った。

「油が跳ねるのだな。戦場の矢より厄介だ」

「戦場と比較しないで!?」

「だが、食材を扱うこの戦いも悪くない」


母さん笑ってるし。

婆ちゃんまで「ナナちゃん、焼き加減うまいねぇ」って褒めてるし。

妹なんて「ママより全然女子力高いじゃん」とか言い出してる。


――なにこの空気。

え、俺だけ時空ズレてない?


「……おかしい。どう考えてもおかしい」


ケイゴは再び自室に戻って、机に突っ伏した。

教科書の端には、ボールペンで“地縛霊とは”というメモが殴り書きしてあった。


「幽霊が家族と打ち解けるとか、ありえねぇ……。

いや、待て。もしかして、あれは幽霊じゃなくて人間……? どっかのコスプレイヤーが迷い込んだとか……?」


でも、透けたんだよなあ、ドアのところで。

あれ、見間違いじゃないよな。

物理法則的にそんなことがあり得るのか!?


…いや、無い無い。



混乱の渦に飲まれながら、頭の中で“常識”と“非現実”がケンカしていた。

と、そのとき――。


「圭吾、何をしている」


背後から、あの落ち着いた声。

振り向くと、そこに立っていたのはもちろん、ナナ。


「ひゃっ!? お、おまっ、ノックしろよ!!」


「した。二回叩いた」


「いや、聞こえなかったし!!」


彼女はすっと部屋に入ってきた。

鎧の金属音がわずかに響く。

夕陽の光を浴びたその姿は、まるで神話の登場人物のようだった――が、俺の心はそれどころじゃない。


「な、なんで来たんだよ」


「呼ばれた気がした」


「呼んでねぇ!!!」


「ふむ。だが様子がおかしいな。顔色が悪いぞ」


「そりゃお前のせいだよ!!」


思わず叫ぶ俺をよそに、ナナは机の上の辞書をちらりと見やった。


「……地縛霊、か」


「そうだよ。お前がそう言うから、調べてたんだよ」


「ふむ。学問の精神は悪くない。だが私に関しては、その書物に書かれているような“悪霊”とは違う」


「ほう?」


「私は、人を呪うためにいるわけではない。ただ、“ここから出られぬ”だけだ」


「……でも、なんでうちなんだ?」


「わからん。気づけばここにいた」


その声には、少しだけ寂しさが混じっていた。

彼女の瞳がほんの一瞬だけ曇るのを見て、俺はなぜかそれ以上言えなかった。


沈黙。

窓の外では、蝉の声が遠く響いている。


その空気を破ったのは――。


「ねえケイ兄! ナナさんの料理、めっちゃうまいよー!!」


階下から麗奈の叫び声。


「!? おいおいおい!もう名前で呼んでんのかよ!?」


「人懐っこいのだな。良い性格だ」


「いやそういう問題じゃなくて!」


「お前も食べるといい。……ふふ、私の作ったものが口に合えばいいが」


その言葉に、少しだけ胸がざわつく。

戦場の騎士だったという彼女の、柔らかい微笑み。

幽霊だろうが何だろうが――そこには確かに人としての“温度”があった。


「……なんか、ほんとに幽霊なのか怪しくなってきたな」


「私は私だ。それで十分だろう」


ナナは静かにそう言い残して、部屋を出ていった。


扉が閉まる。

残された俺は机に突っ伏してため息をつく。


「……いやいやいや、やっぱおかしいって。

家族全員があっさり受け入れてんの、絶対おかしいから。

え? おかしいの俺だけ……?」


天井を見上げながら、ケイゴはため息をもう一度ついた。

外ではまた、穏やかな笑い声が響いていた。


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