第2話 どういう状況?
……えーっと、なんでこんな状況になってるんだっけ?
ついさっきまで、俺は風呂上がり全裸でリビングにいた。
そこにピンク髪の鎧女が現れて、地縛霊だの聖騎士だの言い出して――そして今。
なぜか、食卓を囲んでいる。
そう、あのダイニングテーブルを。
婆ちゃんと母さんと俺、そして――謎の+1。
うん、明らかにおかしい。
なにこの四者面談。誰が招集したんだ。俺は呼んでないぞ。
「いやあ、よく来たねえ。異国の方かい?」
婆ちゃん(田中佐登美・74歳)がにこやかにそう言った。
……婆ちゃん、違う。そういうレベルじゃない。
“来た”じゃなくて“出た”の。出現したの。しかも風呂上がりの俺の背後に。
「婆ちゃん、呑気すぎるって!」
「なあに、珍しいじゃないの、圭吾が女の子を連れてくるなんて」
「いや違う! 連れてきてないから!! 俺が連れてきたんじゃなくて、向こうが勝手に居たの!!!」
「まあまあ」
婆ちゃんはまったく動じていない。
笑顔を浮かべて急須からお茶を注ぎ、ナナの湯呑にそっと追加してやっている。
――どんな神経してんだよ。
隣では母さん(田中麻巳子・44歳)が、さすがに眉をひそめていた。
そりゃそうだ。ピンク髪で鎧フル装備の外国人っぽい女性が、リビングでお茶を啜ってるんだぞ。
しかも帰宅した瞬間、息子がタオル一枚の姿でその隣に立ってたんだ。
普通に考えて通報案件である。
母さんは腕を組み、険しい視線でナナをじっと見つめている。
完全に“警戒モード”だ。
……というか、俺もどう説明していいかわからん。
地縛霊? 異世界の聖騎士?
信じられるわけがない。俺だって信じてない。なのに実在してるんだよ、この人。
「……圭吾」
低い声。
母さんが口を開いた。
「これは、どういうこと?」
「えーっと……その……いや、俺にもわかんないというか……」
「わかんない?」
「うん、えーっと……なんか、気づいたらリビングにいたというか……」
「気づいたら?」
母さんの眉間のしわがさらに深くなった。
な、なんだその尋問官みたいなテンション。
断っておくが、俺は何も悪くないからな!?
その視線の先で、ナナは悠然と湯呑を置いた。
「誤解のないように言っておくが、私はこの家に“居ついている”だけだ」
「居ついてる!?」
母さんと俺、声がハモる。
婆ちゃんだけが「まあまあ」と笑いながら茶菓子を配っていた。
「居ついてるって、…つまり?」
「つい先日から、この家に上がらせてもらっている」
「……数日前から!??」
母さんは半笑いを浮かべながら、俺を横目で睨む。
その表情は“あんた、また変なことしてるんじゃないでしょうね”のやつだ。
「母さん、違うから! 本当に違うから! 俺だってびっくりしてんだって!」
「ふむ」
ナナが顎に手を当てた。
まるで哲学者のような顔つきで、静かに言葉を続ける。
「説明すると長くなるが、私は異界の戦場で命を落とした。そして気づけばこの家にいた。おそらくはこの地に縛られている」
「……」
「……」
「……は?」
母さんの口が半開きになった。
無理もない。
鎧姿のピンク髪がそんな中二病ワード全開の自己紹介をしたら、誰だって一瞬固まる。
「じ、じばくれい……とか、言ってたな……?」
俺が恐る恐る補足する。
「そうだ。地縛霊だ」
「地縛霊!?」
今度は母さんの叫び。
婆ちゃんは「まあ、そういうのもいるんだねぇ」と笑ってる。
「婆ちゃん信じるの早ぇよ!!!」
俺の全力ツッコミが炸裂する。
しかし、ナナは一切動じず。
「信じるか信じぬかは貴様らの勝手だ。だが私は、確かに“この家から出られぬ”」
そう言って、すっと立ち上がる。
そしてドアの前に行くと、例のように輪郭が薄れ、半透明になった。
「……ほら」
母さんが息を呑む。
婆ちゃんは「わあ、すごいねぇ」と拍手している。
うん、リアクションの温度差!!
「戻る」
ナナはまた歩みを戻し、元の姿に戻った。
その動作すら無駄がなく、騎士のような凛とした気品を保っている。
「……ほ、本当に出られないのね」
母さんの声はかすかに震えていた。
…まあ、そうなるよな。目の前で人間が透けたんだから。
「なにその……科学的に説明できない現象……」
「そういうものだ」
ナナは淡々と答える。
「えっと……その、だから、ナナさんは……うちの家に……?」
「縛られている」
「……縛られてるのね……」
母さんの目が遠くを見るように虚ろになる。
完全に処理が追いついていない。
一方、婆ちゃんは――。
「いやぁ、にぎやかになっていいじゃない。ナナちゃん、これからよろしくねぇ」
「……婆ちゃん、強すぎる」
「わたしゃ、昔からそういうの感じるタチでね。ほら、先代の仏壇にも誰かいたし」
「仏壇に誰かいた!?!?」
「うむ。確か女の霊だった。だが悪い人ではなかったよ」
「婆ちゃんの守備範囲どこまで広いんだよ!!!」
もはやカオスである。
ナナは苦笑を浮かべながら、婆ちゃんに軽く会釈した。
「世話になる」
「いいのよ、若い子がいてくれるだけでうれしいわぁ」
完全に新しい孫扱いしてない!?
母さんは頭を抱えながら、俺に小声で囁いた。
「……圭吾、あんた、どうするつもりなのこれ」
「どうって言われても……出られないって言ってるし……」
「じゃあずっとこの家にいられるの?」
「う、うーん……そうなるのかな……?」
「家賃とか取れるのかしら」
「母さん現実的ぃ!!」
ナナはそのやりとりを聞きながら、再び湯呑を手に取った。
「この茶は、本当に香りがいいな」
「でしょ? これはね、うちの商店街の“丸山茶舗”ってとこで買ってるのよ」
「ほう……」
異世界の聖騎士と下町の主婦が、まさかのお茶談義を始めた。
このシュールな光景に、俺の脳はもう処理を放棄した。
……なんなんだよ、これ。
幽霊だの地縛霊だの言ってるくせに、完全に日常モードじゃねぇか。
ナナはふと俺の方を見て、静かに言った。
「……騒がしいが、悪くない家族だな」
その一言に、不思議と胸が温かくなった。
彼女の瞳に、一瞬、寂しさが過るのを俺は見逃さなかった。
――この“地縛霊”が、どんな過去を背負っているのか。
まだ俺は何も知らない。
けれど、確かに感じる。
彼女が、ここに“居る”理由があることを。
そして、下町の田中さんちに、
もう一人の“家族(?)”が加わった瞬間だった。




