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田中さんちの地縛霊  作者: 平木明日香
第1章 いや誰だよお前!?
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第12話 地縛霊、納豆を敵視する



――平日の朝。

田中家の食卓には、いつものようにちゃぶ台が並び、湯気の立つ味噌汁と炊きたてのご飯、そして――。


「……なんだ、この……怪しげな香りは」


ナナが顔をしかめていた。

ちゃぶ台の上には、小さな発泡スチロールの箱。

中から立ち上る独特の匂いが、リビングに充満している。


麗奈が楽しそうに箸でかき混ぜていた。


「これ? 納豆!」


「“なっとう”……?」


ナナの眉がぴくりと動く。

鎧を着ていないのに、空気がピリッと緊張した。


「ねばねばしてて健康にいいんだよ!」


「……健康、だと?」


「うん! 日本人の朝の味方!」


「だが……この匂い、まるで戦場で嗅いだ屍臭のようだが」


「そんなこと言うな!!」


麗奈が笑いながらかき混ぜ続ける。

ナナの目がそれを凝視していた。

ねばり、糸を引く。


「……動いている……?」


「動いてねぇよ!!!」


「この糸は……魔物の触手のようではないか?」


「ちがうの! 発酵なの!!」


「発酵……? ふぁっこう……?」


ナナが難しい顔をして腕を組む。

完全に“敵の生態を分析する将軍”の表情だ。


「……つまり、この豆は生きているのだな」


「違う! もう死んでる! けど生きてるようなもん!」


「どっちだ!?」


俺は横でお茶をすすりながら、思わず吹き出した。

母さんは苦笑しながら湯気の立つ味噌汁を並べる。


「ナナちゃん、納豆は慣れると美味しいのよ。最初はみんなびっくりするけどね」


「……ふむ。だが、これは敵だ」


「敵!?」


「この匂い、動き、質感……いずれも不審。警戒を解かぬほうがいい」


「いや、ただの朝ごはんだって!!!」


麗奈が箸で一口分すくって差し出した。


「ほら、ナナちゃん! 一口だけ食べてみ?」


ナナは恐る恐る身を乗り出す。

だが、その顔は完全に戦士のそれ。


「……麗奈、もし私が倒れたら、剣を――」


「食う前に遺言残すな!」


そして――。


「……っ!」


ナナはおそるおそる納豆を口に入れた。

もぐ、もぐ、もぐ……。


沈黙。


「……」


「……どう?」


「……」


「ナナちゃん?」


やがて、ナナの眉がぴくりと動いた。

そして、口を開いた。


「――この食感、完全に裏切り者だ」


「裏切り者!?」


「見た目も匂いも不穏だったのに、味は……妙に旨い……! これは精神を惑わす危険な兵器だ!」


「だから食べ物だって言ってんだろ!!!」


麗奈は爆笑。

母さんも苦笑い。

婆ちゃんは「慣れればもっと美味しく感じるのよ」と微笑んでいる。


だがナナは真顔で納豆を見下ろしたまま動かない。

まるで“未知の強敵”とにらみ合っているようだ。


「……この敵、侮れぬ。ねばり強い」


「物理的にねばり強いだけだから!!」


麗奈は納豆を混ぜながら笑う。


「ねぇナナちゃん、“ねばり強い”って言葉、日本じゃ褒め言葉なんだよ?」


「……ほう? “ねばり強き者”、か」


ナナの表情が少しだけ和らいだ。


「……確かに、この粘性……どんな逆境でも離れぬ忠義のようだ」


「たぶん初めて納豆を美徳に例えた人だわ」


俺が呆れて笑うと、ナナは真剣な目でこちらを見た。


「圭吾。これを食するとは、おぬしも勇敢だな」


「いや普通だから!」


「だが、勇敢な者ほど、強き糸に絡め取られるものだ」


「そんな哲学的に言うな!!!」


麗奈はもうテーブルに突っ伏して笑いが止まらない。


そんな中、ナナはゆっくりと湯呑を持ち上げた。

そして、静かに呟く。


「……しかし、これほどまでに独特な食文化を築くとは。日本、恐るべしだな」


「まぁ、たしかにね」


「……私の世界にも、こんな“味の冒険”があれば、戦ばかりではなかったかもしれぬ」


ふと、ナナの声が少しだけ柔らかくなった。

ちゃぶ台に差し込む朝の光が、彼女の横顔を照らす。


その姿は、どこか“人間らしい日常”に馴染んでいて。

俺は、ちょっとだけ胸が温かくなった。


――異世界の聖騎士が、納豆を前にして笑っている。

それだけのことなのに、なぜか嬉しかった。


そんな静かな空気の中で、麗奈がまたひと言。


「じゃあナナちゃん、今度は“納豆トースト”挑戦しよっか!」


ナナがピクリと固まる。


「……まさか……パンと融合させるのか……?」


「うん! 意外と合うんだよ!」


「そんなバカなことが……?!」


「やっぱりそう言うと思った!!」


その朝、田中家は納豆の香りと笑い声でいっぱいになった。

ナナはちゃぶ台の向こうで、納豆をじっと見つめながら小さく呟く。


「……粘り強き敵、か。いつか必ず、克服してみせる」


「いや克服目標立てんな!!」


麗奈の笑い声が響き、母さんが「今日も平和ねぇ」と微笑んだ。


――地縛霊、納豆を敵視する。

それは、異世界の聖騎士が“日本の粘り強さ”を知った、ある朝の話だった。


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