第11話 地縛霊、宅配ピザに惚れる
それは、日曜日の夕方のことだった。
リビングには、夕飯前のまったりとした空気が流れていた。
ナナはちゃぶ台の前に座り、テレビをぼんやりと眺めている。
麗奈はスマホをいじり、母さんは台所でエプロン姿。
そして俺は、勉強机の上で現実逃避。
――そのとき、麗奈がぽつりと呟いた。
「ねぇ、今日ピザ頼まない?」
「ピザ?」
ナナの頭がぴくりと動いた。
完全に反応した。
「うむ。聞き慣れぬ単語だ。ピザとは何だ?」
「食べ物! 丸くてチーズたっぷりで、めちゃくちゃ美味しいんだよ!」
「ま、丸い……チーズ……?」
ナナの表情が一瞬で真剣になる。
鎧をつけていないのに、空気がなぜか戦場のように張り詰めた。
「それは、神への供物か?」
「いや、イタリアの国民食!」
「異国の聖なる糧……!」
「違う違う違う!!!」
麗奈は笑いながらスマホを操作し、注文を始めた。
「ねぇ兄貴、何味がいい?」
「……マルゲリータでいいよ」
「了解! ナナちゃんは?」
「全ての味を試してみたい」
「いや一枚しか頼まないからね!?」
数十分後。
玄関のチャイムが鳴り響いた。
ピンポーン。
「……来たな」
「いや、そんな物騒な言い方すんな!」
母さんが玄関に出ようとしたが、ナナが立ち上がった。
妙に緊張した面持ちで、玄関へ向かう。
「……敵ではないのか?」
「ピザ屋さんだよ!」
「武器は持っていないか?」
「チーズくらいしか持ってねぇよ!!」
そして――玄関が開く。
ドアの向こうには、爽やかな笑顔の配達員。
「こんばんはー! お待たせしました、ピザでーす!」
笑顔で箱を掲げる配達員と、鎧を着た異世界の聖騎士。
数秒の沈黙。
「……ほ、本物のコスプレすご……」
「こ、これは……神聖な使命だ」
「えっ……? あ、あの、サインここに……」
配達員、軽く引き気味。
麗奈が慌てて駆け寄って対応した。
「すみませーん、コスプレ趣味なんです!」
「いや誤解が固定化するからやめろ!」
ピザの箱を受け取ってリビングに戻ると、ナナの視線は完全にそれに釘付けだった。
「これが……ピザ……」
湯気とともに広がる香ばしい匂い。
チーズの光沢。
黄金の円盤のような見た目に、ナナは息を呑んだ。
「……まるで、太陽の供物だ……!」
「そんな崇め方すんな!」
麗奈がピザカッターを取り出し、切り分ける。
チーズがとろりと伸びるその様子に、ナナは完全に目を奪われていた。
「これ……食べてもよいのか?」
「もちろん! 召し上がれ、ナナ様」
「ふむ……では、いただこう」
ナナはフォークを取る――が。
「ちょ、ちょっと待って! ピザは手で食べるの!」
「手で!? なんと野性的な!」
「文明だっつってんだろ!!」
おそるおそる持ち上げ、口元に近づけるナナ。
チーズが糸を引く。
一口。
「……!」
その瞬間、ナナの目が見開かれた。
「……な、なんという……!」
「な、なに?」
「戦場で食したどんな糧よりも、心が満たされる……! これは……幸福の味だ……!」
「いや表現が壮大!!」
ナナは次の一切れを取り、また一口。
チーズを噛みしめるたびに小さく感嘆の息を漏らしている。
「……圭吾」
「ん?」
「この“ピザ”という食物……我が世界にもあれば、争いは減ったかもしれぬ」
「……ピザに世界平和を託すな」
けれど、どこかその言葉が本気に聞こえて、俺は笑った。
ナナはやがて、ピザの箱の中を名残惜しそうに見つめた。
チーズがほんの少し残っている。
「……この黄金の糸のようなもの。最後まで戦い抜く者への褒美のようだ」
「食うだけでそんなドラマチックな解釈するな!」
麗奈と母さんも笑い、家中が柔らかい笑い声で包まれた。
婆ちゃんまで「ナナちゃん、次は和風ピザも食べてみなさいよ」なんて言っている。
「わふう……?」
「明太子とか、もちとか乗ってるやつ!」
「明太子……もち……異国にもこんな多様な文化が……!」
「いや、同じ国の話だから!!」
食卓の空気が、まるでお祭りのように賑やかだった。
ナナはピザの箱を両手で持ち上げ、神妙な顔で呟いた。
「……この“宅配”という制度も素晴らしい。遠くから運ばれてくるというのは、まるで……」
「まるで?」
「――神の加護を受けた物資輸送部隊のようだ」
「表現のスケールでかすぎ!!」
その夜。
ナナはちゃぶ台の前で、スマホを手にぽつりと呟いた。
「“ピザ”……」
検索バーにその言葉を入力する。
無数の画像が表示され、色とりどりの具材が並ぶ。
ナナの瞳がゆっくりと輝くその様は、まるでおもちゃを前にした子供のように無邪気だった。
「……これが、現代の食の魔法……」




