第9話 地縛霊、ネットにハマる
――文明の進歩というものは、恐ろしい。
それを痛感したのは、リビングのちゃぶ台の上で「鎧姿の地縛霊がスマホをいじっていた」光景を見たときだった。
「……おいナナ、それ、どこで手に入れたんだ?」
「麗奈に借りた。これが“スマートフォン”というやつだな?」
「“というやつ”じゃねぇよ。そんなに自然に持つな!」
ナナは真剣な目で画面を見つめていた。
鎧の手甲の指先でタップするたび、カチカチと金属音が鳴る。
「指、反応してねぇじゃん!」
「反応が鈍い。……戦場では即応が命だというのに」
「だから戦場じゃねぇって!!」
麗奈はソファに寝転びながら、ニコニコしていた。
「ナナちゃん、スマホ気に入ったみたいだよ。昼からずっとYouTube見てた」
「“ゆーちゅーぶ”……?」
「動く絵がいっぱい見られる魔導書みたいなものだ」
「言い方が古代人なんよ!」
ナナは誇らしげに顎を上げた。
「見たぞ。“猫という生き物の戦い”。実に勇敢で愛らしい。丸くなって眠る姿には戦士の安らぎがある」
「猫動画で戦士語るな!」
「あと、“大食いの女王”という者もすごかった。まるで異界の胃袋だ」
「例えが全部ファンタジー寄り!!」
婆ちゃんは湯呑を片手に笑っていた。
「ナナちゃん、楽しそうねぇ。スマホも扱えるなんて、もう立派な日本人だわ」
「婆ちゃん、それ定義ざっくりすぎ!」
母さんもキッチンから顔を出して、苦笑した。
「ナナちゃん、スマホは高いから落とさないようにね~?」
「心得た。……だが、戦場でもこのような情報伝達手段があれば、歴史は変わっていたな」
「だから世界史のifをネットで語るのやめて!!」
ナナの“文明探究”は止まらなかった。
数分後には、麗奈の手ほどきでネット検索に挑戦していた。
「“検索”とは……情報を呼び出す呪文のようなものか?」
「まあそんな感じ!」
「ふむ……では、“聖騎士 再就職”と入力してみよう」
「検索ワードのセンスやばっ!!」
画面には求人サイトがずらりと表示された。
ナナは食い入るように見つめる。
「“経験不問 初心者歓迎”。……ほう、懐の深い組織だ」
「いや、そっちの意味じゃねぇから!」
「“勤務地:都内各所”……いや、私はこの家から出られん」
「だから無理だって言ってんだろ!!」
麗奈はもう笑いすぎて涙を流していた。
「ナナちゃん、SNSもやってみる? みんなと繋がれるよ!」
「繋がる……? 呪術のようだな」
「ちげーよ!!」
麗奈は得意げに説明した。
「これね、世界中の人と会話できるの! 写真とか言葉を発信できるの!」
「……世界中、だと?」
ナナの瞳がキラリと輝いた。
危険な光だ。完全にスイッチ入った。
「ならば、“ナナ・ローゼンタール・レメディオス、現世にて健在”と告げることもできるのか?」
「ちょっ、それやめろ! 世界が混乱する!!」
「我は聖騎士、異界に在り。――こうか?」
「やめろってば!!!」
だが麗奈がノリで投稿ボタンを押してしまった。
画面には「#地縛霊 #異世界騎士 #初投稿」の文字。
「投稿完了しました!」
「おいぃぃぃぃぃぃ!!!」
俺が絶叫した直後、スマホがピロンと音を立てた。
“いいね 1件”。
速ぇよ。
「ほら、反応きた!」
「これは……敵か味方か?」
「SNSで戦うな!!」
その後も、ナナのネット探求は続いた。
まとめサイトを読み漁り、ネット通販で“鎧の手入れ用クリーナー”を検索し、挙げ句の果てに「異世界 帰る方法」で真剣に調べ始めた。
――そして、夜。
リビングの明かりが落ちた後も、ナナの鎧の隙間から、スマホの青白い光が漏れていた。
「……“おすすめ動画:異世界転生アニメ特集”?」
小さく読み上げる声。
画面には、剣と魔法の世界で転生した勇者の物語。
ナナはじっと、それを見つめていた。
「……あの世界にも、私のような者がいるのか」
ぽつりと呟く声には、ほんの少し寂しさが混じっていた。
しばらく黙って見入っていたが、やがて小さく笑う。
「……いや、私はここにいる」
スマホをそっと伏せ、立ち上がる。
床の軋みが、静かな夜に響いた。
そのとき――。
「ナナちゃん、夜更かししすぎだよ~」
麗奈が寝ぼけた声で階段から顔を出した。
「ふむ、もうそんな時間か」
「おやすみ~」
「うむ。良い夢を」
ナナは微笑み、スマホをちゃぶ台に置いた。
画面には、SNSの新着通知が光っている。
――「#地縛霊 #異世界騎士 #初投稿」が、なぜかバズっていた。
コメント欄には、
「これ設定凝ってる!」
「めっちゃリアルなコスプレ!」
「鎧どこで買いましたか?」
……など、的外れな賛辞が並んでいた。
ナナは首を傾げる。
「……人間たちは、意外と寛容だな」
「いや、寛容っていうか認識バグってんだよ……」
呆れる俺をよそに、ナナは微笑んだ。
「だが、悪くない。こうして誰かと“繋がる”というのも、悪くないものだな」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
――地縛霊が、ネットの世界に足を踏み入れる。
それは、彼女が“生きていた証”を現世に刻む、ちょっと不思議な出来事だった。
……ただしその翌日、麗奈のスマホには通知が500件届いていた。
「お兄ちゃん! ナナちゃんのアカウント、フォロワー一万人超えてるんだけど!?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「“リアル異世界お姉さん”ってタグができてる!」
「もう完全にバズってるじゃねぇかあああ!!」




