第7話 地縛霊、テレビにハマる
夕飯時、ちゃぶ台の上には焼き魚と味噌汁、炊きたての白米が並んでいた。
その中に、当然のようにナナの分の皿も置かれている。
箸を器用に使いながら、ナナは静かに魚の身をほぐしていた。
最初こそぎこちなかった箸遣いも、いまではすっかり板についている。
「この“味噌汁”というもの、毎日違う味がするのだな」
「それは日替わりって言うんだよ」
麗奈が笑うと、ナナもわずかに頬を緩めた。
彼女がこうして一緒に食卓を囲む光景は、もはや田中家の日常のひとつになっていた。
「――それでね、今日ナナちゃんが昼間に婆ちゃんと一緒にドラマ見てたのよ」
母さんが箸を止めながら、いかにも愉快そうに話し始めた。
「ドラマ? ナナが?」
俺は思わず聞き返した。
「うむ。“昼のサスペンス”というやつだ」
本人が堂々と答える。
鎧姿でちゃぶ台の前に正座し、背筋をぴんと伸ばしたまま。
その姿だけでもうツッコミたい気持ちが限界突破していた。
「……あれか、崖で人が落ちるやつ?」
「そうだ。実に興味深い。悪が暴かれる展開、見事だった。だが、あの“刑事”という者の推理力は尋常ではないな。あれはもはや魔術の域だ」
「推理=魔術って発想やめてくれない!?」
ナナは真顔でうなずく。
真剣に見すぎだろ。
婆ちゃんが笑いながら頷いた。
「いやぁ、ナナちゃん、最初から最後まで釘付けだったのよ。あの人が『お前が犯人だ!』って言った瞬間、“ほう、見事な断罪だ”って感心してたわ」
「断罪て。」
「まるで戦場の裁きのようだった」
「昼ドラを戦場にすんな!」
麗奈が口を押さえて吹き出した。
「ナナちゃん、完全にハマってんじゃん!」
「……ハマっている?」
「うん、つまり“好きになった”ってこと!」
「なるほど。“心を奪われる”という意味か。……たしかに、あの動く映像には心が奪われる」
そう言ってナナはちゃぶ台の上のテレビリモコンを手に取り、まじまじと見つめた。
その視線は、もはや“新兵器を分析する騎士”のそれである。
「この小さな石の板を押すだけで、映像が変わるのだな。文明の利器とは恐ろしい……」
「リモコンを魔導具みたいに言うなよ」
「それに、“ニュース”というやつもすごい。離れた場所の出来事を、瞬時に映し出すとは……」
「……いや、まぁそうなんだけど」
ナナは神妙な顔で続けた。
「異世界でこれがあれば、戦況をすぐに伝えられる。敗戦も減っただろう」
「物騒な方向で応用すんな!」
麗奈はそんなやりとりを楽しそうに見ながら、ご飯を頬張った。
「ナナちゃん、今度一緒にアニメ見ようよ!」
「アニメ?」
「うん! 絵が動くやつ! 可愛い女の子とか出てくるんだよ!」
「……絵が、動く……?」
ナナの瞳がきらりと光った。
完全に未知の文化に興味津々の様子。
「それは“魔法絵画”のようなものか?」
「ちょっと違うけど! とにかく楽しいんだって! 明日放送あるから一緒に見よ!」
「ふむ……では、勉強のために見てみよう」
ナナは真面目な顔でうなずいた。
“娯楽”を“研究対象”として受け止めるあたり、やっぱり真面目が行きすぎている。
母さんはそんな二人を見て、柔らかく笑った。
「ナナちゃん、すっかりうちの生活に慣れたねぇ」
「……そう見えるか?」
「うん。最初の頃はピリピリしてたけど、今はもう普通にテレビ見て笑ってるもん」
「笑っている……か」
ナナは少しだけ目を伏せた。
テレビの明かりが鎧の表面で反射して、彼女の横顔を柔らかく照らす。
その表情に、一瞬だけ静かな陰りが宿った。
「……戦場では、娯楽などなかった。常に剣を握り、明日を迎えられるかもわからぬ日々。
だから……こうして笑って過ごす時間は、奇跡のように思える」
不意に部屋が静まり返る。
食卓の箸の音も止まった。
――そして、次の瞬間。
「……だか、あのドラマの犯人が“友人だった”という展開は、許せん」
「感情入れるのそこ!?」
「友情を裏切るとは、戦士として恥だ。もしあの世界にいたら、私が裁いていた」
「だからサスペンスを裁くな!」
場が一気に笑いに包まれる。
麗奈は「ナナちゃん、最高!」と腹を抱えて笑い、婆ちゃんも「ナナちゃん、正義感強いねぇ」と頷いていた。
母さんまで「ナナちゃんが刑事ドラマ見たら、絶対現場突入しそう」なんて冗談を言う。
ナナは少し照れたようにうつむいた。
でも、笑っていた。
ほんの少しだけ、あどけない表情で。
「……でもよ」
俺は呟いた。
「次、ナナが時代劇とか見たら、絶対刀抜くよな」
「抜かん」
「反射で抜くタイプだろお前」
「抜かんと言っている!」
「フリじゃねーぞ!」
そんなくだらないやりとりの中、ちゃぶ台の上のテレビからは軽快なバラエティ番組の音が流れていた。
笑い声。拍手。キラキラした音楽。
ナナは不思議そうにその音を聞きながら、小さく呟いた。
「……この世界は、音まで明るいな」
その言葉に、誰も返さなかった。
ただ、なんとなく、全員が同じ方向を見ていた。
テレビの光に照らされた、奇妙で温かい家族の夕餉。
――地縛霊、テレビにハマる。
それはこの家に、またひとつ“日常”が増えたというだけの話だった。




