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「はあっ…!今の見まして?!」
「なんて華麗な剣さばき!他の男子とはわけが違いますわ」
「アンナさまなら魔王さえも倒してしまいそう!」
学園の剣術演習場に黄色い歓声が響く。
「あの令嬢ども、魔王を舐めすぎだろう」
「いい加減あいつらどっかにやってくれないか?」
「気が散るんだが」
「なあ、アンナ」
白い演習用の騎士服に身を包んだ男子たちが不服そうに呟き、あるひとりに視線を向ける。
「…申し訳ございません、伝えてまいります」
アンナが控えめに、申し訳なさそうにはにかむと
男子たちはバツが悪そうに、そして何名かは頬を赤らめて黙り込んだ。
「まあ、アンナの腕前ならファンが集まっても仕方ないだろう!」
クラブ長の快活なひと言で、まあそうだな、俺も負けてられないな!と各々が再び演習に戻り、アンナは小さく安堵のため息をつく。
そのまま演習場の外側へ駆けていくと、近くの女子たちはさらに叫び声を大きくした。中には倒れ込む者も。サインを求める声も上がったものの、なんとか声援を落ち着かせ、疲労困憊で演習へ戻る。
貴族御用達の名門校のなかでも、屈指のハイスペ男子生徒が集まる剣術クラブにおいて、アンナの存在は異例のものであった。
紅一点。と言えばそうだが、居心地はあまりいいものではない。しかしアンナには目標があるのだ。
「何サボってんだよ、"騎士令嬢さま"」
やっと静かに稽古できる…!と剣を握ろうとした時、聞き覚えのある嫌な声がした。
ハッと顔を上げると、そこには長身で筋肉質、整った目鼻立ち、ブロンドの短髪…と、いかにも"女子人気高そう"な見た目の男。
「…コウ!!!」
しぶとく残っていた女子たちが再びザワつく。
(コウさまとアンナさまが!)(目の前で絡んでいるー!)(目の保養…!!)(ってことは今日もアレが…!)
「鍛錬を怠らないのが流儀じゃないのか?」
「…うるさい!その呼び名もやめて!」
「卒業したら剣士引退だもんなあ?」
幼なじみの同級生。同じクラスで、同じクラブ所属。
こんなにも"ずっと一緒"なのに、いつも嫌味たらしく絡んでくるコウがどうしても好きになれない。
「…っ!バカにしないで。いつも私に勝てないクセに、雑魚が話しかけてこないでくれる?」
「っっ!なんだと!」
一触即発。本気の睨み合い。
まわりの男子たちも(またかよ…)(よそでやってくれ…)と呆れ顔になる。
「手加減してやってんだ!お前がその…ほら、細すぎるから!」
「っ!触るな!変態!」
「…へんっ…?!」
コウが掴んだ腕を強く振り払うと、アンナはふんっ!と鼻息をひとつ鳴らす。
「きたわ!おふたりの犬猿パフォーマンス!」
「怒っていても麗しい!」
「普段はクールなコウさま、控えめでお優しいアンナさまが!」
「お互いを相手にした時だけ!むき出しのアツい感情を露わにするんですの!」
女子陣がまた、大きな声で嬉々として実況を始めると、アンナとコウにに冷静さが戻った。
会話のたびに喧嘩をしているため、最近では一種の見せ物になりつつある。
「おーいアンナ!こっちで手合わせ頼む!」
「…っ!はい!」
アンナはコウを一瞥すると、
「カインさまとは大違い」
と捨て台詞を吐き、クラブ長の方へ駆け足で向かった。
このクラブの平和は、クラブ長の賢さによって守られていると言っても過言ではない。
「……兄さんは関係ないだろ……」
コウはひとつ間を置き、女子たちに
「悪い、今日のところは帰ってもらえるか?これからも、来るなら静かに頼む。」
とぶっきらぼうに伝えると演習に戻った。
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「…はあ!!」
アンナは大きなため息と共に自室のベッドに倒れ込んだ。
なんなんだあの男は。とはいえ、私も令嬢にあるまじき暴言を吐いてしまった…"騎士令嬢さま"はそんなこと絶対に言わない。なんてはしたない…
今日はとくに酷いことを言ってしまった気がする…
自己嫌悪のループに陥りながら、そっと枕元の本を手に取る。
"騎士令嬢さま"。
アンナが小さい頃から大切にしている小説の登場人物で、剣の腕前はピカイチ、勉学も怠らず、美しく気高いヒーロー的存在として描かれている。
正義を愛し、美しく、強い。
最後には魔王を倒すための騎士団の一員として、仲間に惜しまれながら命を落としてしまう悲劇のヒロインでもある。
両親には「学園に入ったら絶対に剣術クラブに入る!」と意気込み、この子は何を目指しているのかしら…?!と困惑させたこともあった。
勉学、令嬢としての振る舞い、すべてを怠らないことを条件に剣を始めたアンナは、持ち前の負けず嫌いさで、どんどん実力をつけていった。
そしていつかは騎士団に…!
…なんて夢見ていたのは去年まで。
「女性は騎士団に入れないなんて、とんだ差別よ」
まだまだ嫌悪ループ中のアンナは、ベッドに突っ伏して呟く。
数々の近衛騎士団員を排出してきた名門校であれば私も騎士デビューできるのでは?という気持ちもあり、模範生徒と呼ばれるまでに自分を磨いてきたのに、いざ卒業を目前に控え、進路希望を提出するとあっさりとNGを出されてしまった。
「なんとなく無理だとは思っていたけど…」
そうよ、クラスメイトのリリィが縁談の話をしているのが聞こえたわ。女性は学園を卒業したら結婚するのが普通…普通って何よ…。
アンナはモゴモゴぶつぶつと不満をもらしつづける。
すると、コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「アンナ、少し話があるんだが、来てもらってもいいか?」
様子を探るような父の声色に、なんだか嫌な予感、と思いつつ扉を開けた。
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「婚約者、ですか」
ちょうど結婚について思案していたところだったのでさほど驚きもなく、諦めを乗せた声で呟いた。
目の前に座る父と母は息を飲むようにアンナを見つめる。
「突然ですまないね、アンナも年頃だろう?もうすぐ学園も卒業だ、だから…」
「分かりました」
「え、良いのかい?」
「ちょうど、普通とは何か考えていたところです」
「「普通…?」」
夫婦はキョトンとした顔で声を漏らす。
「…まあいい、受け入れてくれるなら話が早い」
「ええ」
「それでお相手は公爵家のご子息なんだが……」
アンナは遠い目で想いに耽る。
ああ、騎士令嬢さま。
私はあなたのように魔王討伐の旅に出ることはできないけれど、あなたのおかげでかけがえのない学生生活を送れました。
これからは普通の令嬢として、政略結婚を越え、ただの淑女を目指してまいります…。あ、これだと淑女に失礼ね。
「アンナ?聞いているか?」
「はっ…ええ、聞いてますわ、1年後ね……1年後?!」
正直、父の話は全く聞いていなかったものの、"1年後"というワードだけ脳に届いていたアンナは、すっとんきょうな声を上げた。
「よく分からんが先方の希望でな。夫婦生活を始めるのは1年後がいい、とのことだ」
「そう…そうですか…」
「だからその間に花嫁修業を…と言っても、おまえは私たちから見ても素晴らしい娘だからな、修行なんか要らん。好きなことをすればいい」
「好きなこと…」
「その間も先方とは良い関係でいられそうだし、我が家にとってはありがたい話なんだが…どうだろうか?」
好きなこと。
脳内に、魔王討伐に挑む自分の逞しい姿が浮かぶ。
まわりの剣士仲間たちがやたらと「魔王」を意識しているのは、数百年前に封印された悪の魔王が復活するのではないか?という噂がまことしやかに囁かれているからだ。あくまで噂の範囲だけれど。
「もしこれが本当ならば、神様が"騎士令嬢になるための最高の舞台"を私のために用意してくれたとしか思えない!」と不謹慎にも喜んだのが1年前。
その直後に入団の夢は儚くも絶たれてしまったわけだが。
それでも、もし時間があるのなら。
剣を握るチャンスがあるのなら。
「魔王…」
「「え?」」
「魔王!!」
「「ええ?」」
「お父さま、お母さま。私、その1年で―――騎士令嬢になります!」




