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【超短編小説】操車場、陸橋、夕陽、ヨーカ堂

掲載日:2025/12/29

 三鷹の陸橋が無くなると聞いて、ミーハーだとは思いつつも妻を連れて行った。

 操車場に架けられた陸橋は、或る文豪が愛した陸橋だとかで、取り壊し前の日には大勢の人間が押し寄せていた。

 仮に陸橋が一部を残して保存されたとしても、俺たちはそれを陸橋とは認識しない。

 そうなる前に行くのだ。


 その陸橋は、俺も何度か渡ったことがある。

 夜中に散歩をした時たまにこの陸橋を渡ったりした。

 濃紺と群青色の中に伸びる暗い線路は、まるで生と死の境界みたいだった。

 夕方に来ると、西に向かって伸びる暗い線路が黄金色に輝いていて、見ているだけでも旅情を誘う景色だった。


 しかし、陸橋は飲食店やレジャー施設と違う。

 単なる橋に収益は無いし、利用者の如何に関わらず老朽化する。

 だから無くなるのは仕方ない。

 人が老いる、そして死ぬように。

 


 父親が長くない、と言う連絡を受けた。

 そんな事を言われてもな、と思うがそう思える余裕を与えてもらったのだろう。

 そんな事を考えながらぼんやりと陸橋を眺めていた。すると

「シャッターをお願いできますか」

 知らない男が俺に声をかけてきた。

 俺は愛想良く返事して男と橋を切り取る。

 文豪にあやかって、男をフレームから外した陸橋だけの写真なんてのも洒落が効いてるかも知れない。


 男にカメラを返すと、ウンザリとした声色で妻が訊いた。

「それでお義父さん、どうするの」

 振り向くと、橋を眺めたり撫でたり切り取ったりする人の多さに辟易した妻が帰りたそうに階段の辺りで座っている。

「どうしようも無いさ」

 金を注ぎ込んで延命させたところで、もう二度と海を眺めたりできない。


 父親は橋の様に一部を残して保存する事もできない。

 写真に収めようが記憶に残そうがやがて死ぬ。

 海も死ぬ。

 山も死ぬ。

 文豪も橋も死ぬ。


 最後だし登ろうか、と言うと妻はウンザリしながらも立ち上がって俺の手を握った。

「親父、死ぬなぁ」

 妻は何も言わなかった。

 俺も何か言って欲しかった訳じゃなく、たぶん自分の為に言ったのだ。


 取り壊しの決まった三鷹陸橋は、最後の仕事として大勢のひとを乗せている。

 それはたぶん、どれも明るい色で飾られた記憶だろう。

 俺も妻と見た景色や時間を思い出しながら、それでも口を突いて出たのは

「俺も死ぬし、お前も死ぬんだよ」

 と言う、自分でも不愉快なものだった。


 妻も厭な声で

「どうしてそんなことを言うの」

 と訊くが、それでも半分はその理由が分かっていて、諦めているからこそ腹立たしいと言う感じだった。

 俺はその妻の優しさに甘えながら、さらに甘えてみた。


「俺に何かあっても、延命なんてしてくれるなよ」

「どうなっても生きていて欲しいのはそんなにダメ?」

「ひとりで生活ができなくなったら、生きているとは言えないからな」

 添え木が必要な桜なんてのは妖怪だよ、そのエゴを美しいと思えるほど俺は大人じゃない。


 あなたは桜なの?と嫌味を言って嗤う妻を無視して続けた。

「人間だった存在、俺だった物体、それは過去なんだよ」

 過去を共有できない存在は、自身に耐えられないんだ。

 妻は「そうね」とだけ言って話を終わらせると、手を離して俺の少し先を歩いた。


 それで良いのだ。

 背を向けて階段を降りていく妻を後から見ていた。

 駅前にはマンションが立ち並び、振り向けば隣駅の巨大スーパーが品のない看板を誇示していた。

 文豪がこの景色を見て、それでもこの陸橋を愛するかは知らない。


 どうあっても残して欲しいと言う気持ちがこれだけ多くの人を呼んだのかと思い、少しだけ泣いた。

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