表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

理由


 案内された部屋は病院の一室に似ていた。白を基調とした壁、無機質なベッド、淡い光を放つモニター。SOMNI管理局――通称・潜夢局の研究施設は、静けさの底で機械音だけが規則正しく響いていた。


 椅子に腰を下ろしたわたしの前で、一ノ瀬が端末を操作している。淡い青の光が彼女の白い横顔を照らし、瞳に静かな緊張が宿っていた。


「内藤メアさん。さっそくですが……現時点で判明している“悪夢”の正体について、お話します」


 静かに告げられたその声音に、わたしは息を呑んだ。


「悪夢の正体……」


「はい。“悪夢”と呼ばれていた症状の正式名称は――悪夢憑あくむつき。原因は夢の世界に発生する負性意識の集合体、漠徒グリードと呼ばれる存在です」


 グリード。

 前の夢で、わたしを襲った黒い化物。


「私たちはこれを 『意識の深層に寄生する未知の精神外因』 と定義しています。簡単に言えば、不安や恐怖といった負の思考に反応し、夢の中で膨張する怪異です」


「……じゃあ、眠ったまま目を覚まさなくなった人たちは?」


 一ノ瀬は一拍置き、ゆっくりと言った。


「漠徒に“喰われた”のです。意識の深層を占拠されると、肉体は眠り続け、やがて生命維持が難しくなる」


 胸の奥が冷えた。

 レンの姿がよぎる。

 あの黒い森。

 あの鎖。

 アオイの足を奪ってしまったあの瞬間。


「……わたしの夢に出た化物も、漠徒?」


「はい」


 一ノ瀬は画面を指先で弾く。そこにはSOMNIが解析したメアの睡眠データが映し出されていた。

 波形が大きく乱れ、脈打つように高い山を作っている部分――その横に警告色の赤文字が浮かぶ。


 《覚醒値 上昇》

 《異常干渉を確認》


「メアさん、あなたの夢には通常より強い“侵食”が起きています。しかし同時に――」


 一ノ瀬の瞳は真っ直ぐにメアを見据えた。


「あなたには“対抗できる力”が眠っている可能性が高い」


「力……?」


「詳しいことはまだお伝えできません。ですがあなたの夢の中の反応は、一般の悪夢憑とは明らかに異なります」


 ――異なる。

 ――特別。


 そんな言葉は、正直嫌だった。

 でも、自分がアオイにしたことを思い出すと、逃げ出すことはできなかった。


「……わたしを、どうするつもり?」


「保護します。同時に監視も必要です」


 その瞬間、扉が軽い音を立てて開いた。


「よっ、キミがメアちゃん?」


 入ってきたのは、メアと同じぐらいの年に見える青年だった。柔らかい茶髪、明るい笑み。だがその目はどこか、笑みの裏で鋭さを隠し持っていた。


「紹介します。彼は芦原あしはらユウタ。当局所属のフィールドエージェントです」


「芦原…ユウタ、くん? それにエージェントって」


「ユウタでいいよ。これから俺が君の“パートナー”になるらしいからさ」


「パートナー?」


「ほら、ヒカリさんが保護と監視って言ってたでしょ? あんまり怖がらなくていいよ。俺、見かけによらず仕事できるからさ」


 ユウタの軽い調子が、逆にメアの緊張を助長させた。


 一ノ瀬が続ける。


「メアさんの夢の解析を行うため、今夜はこちらの施設で眠っていただきます。その間、ユウタがそばで待機します」


 手首のSOMNIを見つめた。

 そこに映る自分の脈拍は、やや早い。


「……家には?」


「“友達の家に泊まる”と伝えてあります。ご家族の了承も取れています」


 そこまでしている――つまり、後戻りはできないということだ。


 メアはゆっくり頷いた。


「……わかった。やるよ」


 ユウタが軽く片手をあげて笑った。


「よし、じゃあ準備しよっか。メアちゃん、夢の世界で何が起きてるか――確かめてみよう」


 研究員たちが部屋から出ていき、照明が落とされた。


 白いベッドの上に横になると、SOMNIが静かに光を灯す。


 ――アオイの足。

 ――レンの声。

 ――黒い森。


 それらが胸の奥でざわめき、わたしは深く息を吸った。


(もう……逃げない)


 そう言い聞かせるようにして、まぶたを閉じた。


 次の瞬間、耳の奥で柔らかな電子音が鳴る。


 《睡眠導入開始》

 《深層夢エリアへ接続――》


 世界の底がゆっくりと沈んでいく。


 そしてわたしは、再び闇の森へと落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ