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白昼のざわめきと、墜ちていく音

  


 視界が白く弾けた瞬間、

 世界が裏返るような衝撃が走った。


 体が浮く感覚。

 耳鳴り。

 皮膚が風に剥がされるような冷たさ。


 次いで――


 ドサッ。


 背中から落ちた衝撃で肺の空気が一瞬で押し出された。


「――っ……!」


 息が吸えない。

 喉が焼ける。

 土の匂い。湿気。濃い腐臭。


 顔を上げた瞬間、胸が締めつけられた。


 そこは――やはり、あの黒い森だった。


 月のない空。

 枝が血管のように絡み合う木々。

 皮膚を掠める冷たい風。

 地面に広がる、底の見えない影の溜まり。


「なんで……また……」


 SOMNIが光っただけのはずだ。

 眠ってすらいない。

 寝落ちするほど意識は薄くなかった。


 なのに、どうして――ここへ?


 足元の泥が“ずるり”と動いた。


 嫌な音が耳に張り付く。


(……来た)


 背筋に冷たいものが走り、身体が強張る。


 影だ。

 形の定まらない、どろりとした闇の塊。

 森の奥から湧き出るように“数”が増えている。


 いつもは一体か二体しか追ってこなかったはずなのに――今日は違う。

 無数の影が同時に動き、メアの存在に気づいた瞬間、黒い波のように這い寄ってくる。


「いや……なんで、こんな……!」


 走らなきゃ。

 逃げないと。

 でも足が動かない。


 影のひとつが伸び、触れようと形を変えたその瞬間、


 ――光が走った。


「動くな!」


 鋭い声が、森を裂いた。


 メアの腕を掴む力。

 勢いよく引き寄せられ、影の触手が触れかけた場所をすり抜ける。


 メアはその胸へ飛び込むような形になり、驚きで息を呑む。


 そこにいたのは――


 あの青年だった。


 黒いフードの影から覗く瞳は、冷たい。

 けれど、その腕は確かにメアを守るように抱え込んでいる。


「……また、お前か」


 低く呟かれた声は、ため息のようにも聞こえた。


「き……昨日の……?」


「昨日じゃない。お前がここへ来るたび、俺はいる」


 さも当然のように言われ、メアの胸がざわつく。


(『来るたび』……? どういう意味……)


 青年は影の群れを見据えたまま、メアの肩を掴み直す。


「立て。ここに留まるな」


「む、無理……足が……」


「無理でも走れ。でないと“喰われる”」


 その一言で、メアの身体が反射的に動いた。


 青年に腕を引かれ、再び黒い森を走る。

 影の化物たちが後方で蠢き、木々が悲鳴みたいな軋みを上げる。


 走りながらも、メアは必死に口を開いた。


「な、なんで……あなた、わたしを……助けるの……?」


「別に助けているつもりはない」


「じゃあなんで――!」


「お前が“呼ぶ”からだ」


 胸が凍りついた。


「……呼ぶ……?」


 青年はそれ以上答えず、ただ前だけを見て走り続けた。


 森の奥で、視界が突然開ける。

 地面が裂け、白い光がうっすらと溢れている。


「出口だ。飛び込め」


「で、でも……!」


「早くしろ!」


 影の群れが三方向から迫り、逃げ場が消えつつある。

 青年は片腕でメアの背を押し、勢いよく光の裂け目へ放り投げた。


「――っきゃ……!」


 身体が浮き、光に飲まれる。

 視界が歪み、耳鳴りが弾ける。


 落ちる。

 落ちる。

 落ちて――


 最後に、青年の声が確かに届いた。


「今度こそ……目を覚ませ」


 そして、闇が弾けた。


 ◆


 メアはベッドの上で跳ね起きた。


「――はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 息が荒い。

 汗でぐっしょり。

 心臓が破裂しそうなほど速く脈を打っている。


 手首のSOMNIが赤く点滅していた。


 《異常:深度ノイズ/連結パターン検出》


(れ……連結……?)


 意味は分からない。

 けれど、ただの“悪夢”じゃないことは嫌というほど理解した。


 さっきの青年の声。

 影の群れ。

 SOMNIの異常発光。

 そして――青年が最後に言った言葉。


『今度こそ……目を覚ませ』


(……どういう……意味なの……?)


 部屋は静かで、現実は確かに存在しているはずなのに。

 メアの心の奥には、黒い森の気配がまだ残っていた。

 

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