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悪夢

 

 ◆


 悪夢の大地は、いつもより静かだった。

 それは、まるでソムニ五隊の降下を“待ち受けている”かのような静けさだった。


 風のない空に、五つの光が一直線に落ちる。

 着地と同時に、爆ぜるように光が散り――五隊の隊長たちが前線へ駆けだした。


「総員、殲滅戦開始ッ!」


 アリサの号令が、地鳴りのように広がる。


 拳に宿す青炎が悪夢の大気を裂いた。

 彼女が振るう槌は、炎の尾を引きながら漠徒を叩き潰す。

 炎に触れた漠徒は、焼け焦げる暇さえなく砂塵と化して消えていく。


「ハッハァ! 今日はよく燃えてるねぇ!」


 クロノはそのわずか横から、悠然と銃を構える。

 足元に広がる影を踏むように一歩進み、指を軽く引き絞る。


 ――ダンッ。


 乾いた音。

 銃声が “遅れて” 聞こえるほど速い弾丸が、漠徒の頭部を一斉に撃ち抜く。

 黒煙の花が漠徒の群れに広がり、十、二十、三十体と連鎖して倒れた。


「射線に入るなよー? 巻き込まれても知らん」


 ツグミはその背後を、影のように駆けていた。

 闇に紛れ、次の瞬間には漠徒の中心にいる。

 両手の爪が光の三日月を描き――


「遅いよ、ざぁーこっ!」


 風が切り裂かれ、白い筋が幾本も走った。

 何が起きたかわからないまま漠徒は胴を割られ、脚を飛ばされ、まとめて崩れ落ちる。


「まだまだぁ――!」


 糸が走る音が聞こえた。


 カガリが人差し指をひと振りすると、空気が震える。

 透明な糸が幾重にも張り巡らされ、漠徒の“動きそのもの”を封じる網と化した。


「ーーーー逃げ場はないわ」


 糸は甘い紙のように柔らかな手つきで、しかし容赦なく漠徒の首元を切断する。

 ただ糸が震えただけで、数十体が同時に崩れた。


 その隣で、巨影が豪腕を振り上げる。


「どけェェェェェッ!!」


 リョウの大剣が、地面もろとも漠徒を抉った。

 黒い波が一気に吹き飛び、巨大な空洞が生まれる。

 飛び散った闇の残渣を、さらに彼の突進が踏み砕く。


「いいねぇ、久しぶりにやり甲斐あるじゃねぇか!」


 五隊の進撃は、まるで五本の光柱が闇へ突き刺さったようだった。

 漠徒は押し返すことすら許されず、なすすべなく消えていく。


 メアはその光景を見つめていた。

 胸が、じわりと熱くなる。


 ――これが、ソムニの本当の強さ。


 力強い背中が、五つの光が、悪夢の闇を確実に押し戻している。

 どれだけ絶望が続こうとも、ここには希望がある。

 そんな確信がメアの心を満たしていく。


 ――行ける。


 この戦いはきっと勝てる。

 やっと取り戻した、未来の予感。


 だが――


 その希望が、どれほど脆いものだったのか。

 このあと、彼女は嫌というほど思い知ることになる。


 ◆


 漠徒の姿がまばらになり、地面に黒い砂煙が散った頃。


 虚な世界が息を呑んだ。


 空が、墨汁を流し込んだように濃度を増す。

 風が止み、地面に亀裂が走り、青黒い光が脈打つ。


『……三番隊の反応が、完全に……消えた』


 シドウの乾いた声がポツリと通信から聞こえた。


「え……? ツグミ隊長が? そんな、さっきまで――!」


 メアの心臓が跳ねた。

 勝ち確と思えた戦場に、突然、理解不能な“空白”が生まれる。


 だが空白はすぐに広がった。


『……五番隊消失。リョウも……全員、反応なし』


「……は? ……そんなわけあるかよ……!」


「……っ!」


 叫びと怒号が混じり、前線に不穏な気配が満ちていく。


 悪夢そのものが膨れ上がり、どこかで巨大な何かが息を吸い込んだような、そんな感覚。


『……二番隊……クロノまで……反応消失……』


 その瞬間、希望が霧散した。

 ソムニの主力が、理由も痕跡もなく“飲まれている”。


 ◆


 残された一番隊と四番隊は、シドウの指示で合流した。

 だが空気は重い。息を吸うだけで胸が痛い。


「……悪夢が……この世界が震えてる」


 カガリの糸は、通常なら光を纏って穏やかに揺れる。

 しかし今は虫の羽音のように震え、まるで恐怖しているかのようだった。


「カガリさん……?」


 メアが声をかけた瞬間――


 世界が裂けた。


  ゴキッ!!


 骨を噛み砕く音だった。


 カガリの肩口の横、空間そのものが“喰われたように”欠けた。


「え……?」


 カガリの身体が浮きーー否、飲み込まれた。


 現れたのは巨大な“口”。

 歪んだ世界の裏側に牙が並んだ、境界の裂け目。


「カガリさん!!」


「やめろッ!!」


 アリサとユウタが同時に駆けだす。

 だが間に合わない。


 その口は噛まない。

 咀嚼すらしない。


 ただ――


  呑み込む。


 魂ごと引きちぎるように、滑らかに、静かに。

 悲鳴が起こる暇すらなく、カガリの半身は暗闇へと吸い込まれた。


 地面に残ったのは無惨な半身と、カガリを捕食した口から漏れる湿った呼気だけ。

 そして、悪夢はようやく、その本質を具現化し“形を持ち始める”。



 捕食活動を終えた獣らしき巨大な口。それは宙に浮いており、徐々にその姿を変える。


 四肢が生え、獣毛が伸び、二本の角を生やした。


 それは、黒い山羊の頭だ。


 胸には人間の上半身がにじみ出し、豊かな膨らみを豪奢なドレスで覆っている。

 その顔に刻まれた渦はジェイル、ラミアを彷彿とさせる、底なしの絶望を飲み込む渦だった。


 形を成した獣頭は、ドレスの裾を摘みあげ、優雅に顎を上げた。


「シメールと申します。貴女がわたくしめ等の王でございますか?」


 その隣には巨大な丸い体。熊のぬいぐるみを模した異形。

 しかしその笑いは、濡れた肉を踏むように不快だ。


「キヒヒ……キヒ……、ぼくはウルス、オウサマ、見つけた……!」


 そして加わるように、二つの影が並ぶ。


 ジェイル。

 ラミア。


 半漠が四体揃った瞬間、悪夢の大地が “本物の絶望” に変わった。


「ふむ……やはり質の悪い夢は空気が悪い。胃が焼けるようだ」


 ジェイルが退屈そうに吐き捨てる。


「あら、でも人間達の悲鳴は最高だったわよ?」


「……オイシカッタ……!」


 アリサは怒りで震え、唇を噛む。


「……カガリさんを……返せよ……ッ!」


 シメールが渦の顔を歪め微笑んだ。

 所作は気品に満ちているが、言葉は氷より冷たい。


「悪夢での死は……ご存じですか?」


 隣でウルスが、巨躯を揺らして跳びはねる。


「キヒ、モウニドト、メザメナイ!!」


 世界が、闇より深い黒に染まった。

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