激突
「さあさあ、少し踊りましょうか?」
ラミアの足元から黒い霧が噴き出し、瞬く間に“蛇”の姿をした影が数十体、蠢きながら地を這う。
鱗の代わりに文字化したノイズが浮かび上がる異形。
依然としてアリサとユウタはそれぞれ締め上げられたまま、全身の自由を奪われている。
「くっそ、解けねェ……ーーーーけど!」
ユウタは影の隙間から指を鳴らした。
「――断絶!」
空間が裂け、ユウタとアリサを拘束する蛇影の半数が一瞬で消し飛んだ。
「ナイス、ユウタ!」
「油断禁物! アリサ姉、前!」
しかし残りが即座に修復するように増殖する。
「うっわキモ! あたし蛇あんま得意じゃないんだけど!?」
ステップを踏んで後方へと距離を取る二人。
背中を合わせて、辺りを埋め尽くす蛇状の影に警戒するよう体勢を整えた。
「あら嫌ねぇ、切っても切っても湧くのよ、アタシの“悪意”は」
ラミアが首を傾げると、背中から巨大な蛇の影が伸び、アリサへ襲いかかる。
「来なよクソ蛇ァ!! ーーーー爆ぜろッ《燐火》!!」
アリサは拳を握り、青い炎を纏わせる。
悪夢内での能力が発現し、彼女の拳はゆらめく蒼の灼熱を纏った。
「はァッ!」
蛇影の頭部を炎拳で消し飛ばす。
しかしラミアはケラケラと楽しそうに笑った。
「強いじゃない。じゃあ――これはどう?」
ラミアの両手が空を掴むように動く。
次の瞬間、アリサの足元から“大蛇のように重く太い影”が噴き出す。
「しまっ――!」
蛇がアリサの腰を締め上げた。
骨が軋む音が聞こえる。
「アリサ姉ェ!!」
ユウタは距離を詰めて手を伸ばすが、ラミアが指を弾く。
「させないわよ、《ノイズバイト》」
空間が歪み、ユウタの足元から檻の破片が“牙”のように飛び出した。
ユウタはとっさに跳ぶが、肩を掠める。
「クッ……!」
アリサの悲鳴が上がる。
「くそっ……全然ッ……解けない……!」
ユウタは歯を食いしばる。
ラミアの能力は影そのものを変形させ操る“悪夢の蛇使い”。
大量の雑兵で相手の集中を乱し、じわじわと追い詰めるタイプらしく、実体の無い筈の影がラミアの意識ひとつで具現化する。
「アリサ姉を……助けないと……!」
だがアリサを締め付ける蛇はどんどん太くなり、今にも彼女の体を折り砕こうとしていた。
「はぁっ……はぁっ……! さすがに……きつ……!」
ユウタは拳を握りしめる。
「……今助ける! 耐えてくれアリサ姉ぇ!!」
だがそのユウタの背後に、別の蛇影が静かに口を開いて迫っていた。
◆
一方その頃、メアは分断された檻の向こうのジェイルと対峙していた。
檻の墓場は静まり返り、風すら止まっている。
「さて、では見せてもらおうか、お前の悪夢を」
ジェイルの背後に浮かぶ檻が波打つように揺れ、ひとつ、またひとつと“メアの周囲へ飛ぶ”。
――ギィィ……
檻が口を開くように歪み、巨大な手が複数伸びてくる。
(……前と同じーーーー檻そのものを操ってる……!)
メアは桎梏を発動し、自らの周りに黒い鎖を展開する。
「来い……!」
鎖が地を抉る勢いで蛇行し、迫る手を絡め取って締め上げる。
――ギチギチギチ……
檻の手が霧散する。
「ほう、制御はずいぶんと良くなったらしい」
ジェイルはすかさず
「なら、これはどうだ」
“バン”
メアの足元から檻が生え、横からも、上からも次々とせり上がる。
「っ……!」
完全な立体包囲。
逃げ場など有りはしないと言わんばかりの、堅牢な牢獄を創り上げる。
メアは息を呑み、今一度、両手から鎖を広げた。
「……桎梏ッ!!」
鎖が弧を描き、迫る檻の壁を叩き壊そうとする――が。
――ズル……ッ
檻は鎖を“飲み込むように”形を変え、締め付けてきた。
「え……?」
「言ったはずだ。俺の檻は“悪夢そのもの”。あらゆる干渉を呑み込み、侵蝕する」
次の瞬間、鎖が逆流するようにメアの腕へ激痛を返してきた。
「っ……あぐっ!」
膝が崩れる。
ジェイルが一歩、メアへ近づく。
「お前はまだ、“悪夢の器”として未完成……だが資格がある。だからこそ、我らの王となるべきだ」
檻がジェイルの背後で巨大化し、まるで口を開く怪物のように膨れ上がる。
「さあ、選べ。無理やり“力”に呑まれ覚醒を果たすか、“此方側”に来るか」
メアは唇を噛む。
(……負けたくない……!)
でも膝が震える。
視界が揺れる。
このままじゃ――悪夢に喰われる!
とっさに桎梏を伸ばすが、ジェイルは檻に一度指を触れただけで鎖を弾き返す。
「そんな細い意志で、俺に届くはずがない」
檻の影がメアを飲み込まんと迫る
◆
ユウタの背後に迫る蛇影が牙を広げる。
アリサは蛇の拘束で意識が朦朧としていた。
「ユウタ……来ないで……! あたしは……平気だから……!」
「平気じゃねえだろ!!」
だが蛇影の牙がユウタの背に迫る。
同時――
メアの目の前ではジェイルの檻が大口を開き、メアの意識を丸ごと飲み込もうとしていた。
「この檻からは逃げられない」
ジェイルが手を下そうとした刹那ーーーー
キィン!!
「ーーーー触れさせない」
光の斬撃が瞬き、堅牢なジェイルの牢獄が断ち切られる。
「あ……んた、は……」
朦朧とする意識の中で、メアは目の前に立つ青年を見上げた。
青い髪、光の刃……悪夢で最初に出会った青年の姿だ。
「レ、ン……?」
「……すまない、遅くなった」
その姿に、ジェイルとラミアは驚きを露わにした。
「……まさか、お前が干渉してくるとはな」
「ああ、忌々しいね相変わらず!!」
怒りの色を見せた二人に対し、青髪の青年ーーーーレンは「必ず守ってみせる」と刃を構えた。
「……来い」
静寂が辺りを支配し、ジェイルは再び小さな檻を具現化させたがーーーー次の瞬間に、それを握りつぶして見せた。
「……興醒めだ」
「ジェイル!?」
ラミアはその行動に驚きを露わにする。
「引くぞラミア。これ以上は時間の無駄だ」
「……ちッ!」
影蛇が霧散し、ユウタとアリサは解放され地面に倒れた。
メアに向けられていた檻もガラガラと崩れ、ジェイルは踵を返し、渦巻いた顔を擡げてレンを見据えて吐き捨てる。
「今更、お前に何ができる?」
「…………」
「ふん、まあ好きにしろ」
やがて、ジェイルとラミアは虚になる檻の墓碑に姿を消した。
「……なん、とか……なった……?」
メアの視界はグルリと回り、静寂と共に闇に溶けていった。




