檻と蛇
三人の身体には、潜夢用の補助装置がいくつも取り付けられていた。胸部の脈動を測定するセンサー、脳波を安定させるヘッドギア、腕や脚を巡る固定ベルト。
薄暗い潜夢室の照明が落とされ、ヒカリの声だけが静かに響く。
「……潜行準備、完了。あなたたち三人で、一番反応が強いとされる核心部を探ってきて」
メアは返事をする代わりに、乾いた喉を必死に動かし息を吸い込んだ。ユウタは淡々と目を閉じ、アリサは「任せな」と軽く親指を立てる。
装置が同期を始め、時間がゆっくりと溶けた。
――意識が、落ちていく。
◆
気づけば、三人は“そこ”に立っていた。
無限に続く闇の大地。
空はどこまでも暗く、地面には大小無数の檻が散らばり、まるで墓標の森のように並んでいる。
檻のひとつひとつには淡い光が捉えられ、弱々しく瞬いていた。
「……やっぱり」
ユウタが苦い表情を浮かべる。
「これ、睡眠不全症の人達の“意識”だ。」
「それにこの檻……」
メアは胸が冷たくなるのを感じた。
妹の顔が脳裏に浮かぶ。
「クソみたいな光景だねぇ……」
アリサは拳を鳴らしながら檻へと歩み寄る。
まずは、壊せるかどうか試す必要があった。
「私がやるわ」
アリサが青い炎を拳に纏わせ、檻へと叩きつける。
――ガギィィン!!
金属ともガラスともつかない強烈な反発音。
檻は微動だにしなかった。
「マジか……これで壊れない?」
アリサの眉が跳ねる。
ユウタも空間を裂く壁の刃を降ろす。
――バシュッ!
だが檻は揺れすらしない。
「前は壊せたのに……硬すぎる。これじゃ……」
「数も多すぎるね」
アリサが振り返り、低い声で言う。
「……この檻を作ってる半漠を倒すしかない」
メアは喉を鳴らし、頷いた。
三人は檻だらけの世界を進む。
足を進めるごとに、影が濃くなり、耳鳴りのような低い重音が響き始めた。
やがて――見覚えのある光景が視界に現れる。
檻が積み上げられた山。
以前、メアとユウタが激闘を繰り広げた場所。
その頂に、二つの影が立っていた。
一人は、あの“檻”の半漠。
目深にフードを被り、その隙間からは螺旋状の顔が見える。そこに居るだけで、辺りを凍りつかせるような威圧感があった。
その隣には、長い黒髪の女。
檻の半漠と同じく顔は渦を巻いており、首から下は黒い布で覆われていた。
やがて女が口火を切る。
「――あら。本当に来たわねぇ」
声は甘く、しかし耳にざらつくノイズが混じる、聞く者を不快にさせる音。
ユウタが前に出た。
「みんなの意識を解放しろ!」
叫んだ声は怒りと焦りを含んでいた。
だが、檻の半漠は冷たく言い放つ。
「拒否する。これは言わば現実に食いついた“牙”だ。せっかく喰らい付いたのに、離すわけがないだろう」
女が高笑いした。
「あっはは! ジェイルの言う通りね」
檻の半漠――ジェイルと呼ばれた存在が、こちらへ顔を向ける。
「そういえば、ちゃんとした自己紹介がまだだったな」
その声は深く、鉄を擦るように響く。
「俺はヒュプノスのひとり、《ジェイル》」
続けて、黒髪の女が腰を揺らしながら名乗った。
「私は《ラミア》よ。覚えておいてねぇ?」
アリサが堪えきれず叫ぶ。
「ふざけんな! さっさと解放しろ!」
「なら俺を殺せ」
ジェイルが手を広げた。
「悪夢での死でしか、この檻は破壊できない」
「……上等だわ」
アリサの地面を蹴る音が爆ぜた。
拳が青く燃え上がり、弾丸のようにジェイルへと突進する。
――ドッ!!
だが。
檻がその前に立ちふさがり、透明な“壁”のようなものがアリサの拳を弾き返す。
「なっ――!?」
その瞬間、アリサの背後で影が揺れた。
「うしろっ!」
メアが叫ぶ。
だが間に合わなかった。
――ズルルルッ!!
黒い帯。
蛇のような布がアリサの腰に絡みつき、一瞬で締め上げる。
「っ……く、そ……っ!」
アリサの身体が宙吊りにされる。
ラミアが愉快そうに笑った。
「ふふ、無警戒すぎるわよぉ?」
ユウタが空間を裂き、アリサを救おうと駆ける。
だがジェイルが前に滑り込み、無数の檻を展開した。
「来させると思うか?」
檻が次々とユウタの進路を塞ぎ、壁のように押し寄せてくる。
「ちっ……!」
ユウタは避けながら壁で迎撃するが、数があまりにも多い。
やがてジェイルは手のひらで小さな檻を転がした。
「まとめて蹂躙してもいいが……少しは愉しませてもらおうか」
檻を手から離す。
「――分断といこうか」
空気が揺れた。
次の瞬間、小さな檻を中心に、空間そのものが“折れ曲がる”ようにねじれ、黒い檻の壁が天地からせり上がった。
「なっ――!」
ラミアごと、拘束されたままのアリサに壁が迫る。
「アリサ姉ぇ!!」
「お前もコッチだ!」
ラミアの影がユウタの足を絡めとる。
「なッ!?」
ユウタはアリサと共に左側へ吸い込まれ、メアはジェイルと対面するように右側へ押し出される。
“ガンッ”
強制的に閉ざされた檻の壁が、空間を完全に断ち切った。
ジェイルの声が、メアに向けられ檻越しに低く響く。
「個別に相手をしてやる。死なないよう努力しろ、我らの“王”よ」
「ふざけないで、あんた達の王になるつもりはないから!」
ラミアの甲高い笑いが重なる。
「いいわね王サマ! じゃあアタシはこっちね。二対一? いいわよ、遊んであげる!」
――戦闘は、否応なく二つに分けられた。




