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桎梏(しっこく)

 

 ◆


 ソムニが管理する“安定夢領域”――通称・テストドリームは、実際の悪夢より格段に静かだった。薄暗い空間に白い霧が薄く漂い、漠徒も凶暴化しにくいよう抑制されている。


 メアは慎重に息を整え、指先に集中する。


「……出て」


 黒い蒸気のような紋が腕に浮かび、そこから鎖が音もなく伸びる。前よりずっと滑らかだ。ユウタが軽く口笛を吹いた。


「いい感じじゃん、メアちゃん。もう“発現の瞬間に手がプルプルする”段階は卒業したね」


「うるさい」


「照れてる?」


「殺すぞ」


「はいはい、今日も元気でよろしい」


「んで、それ名前つけたの?」


 唐突に、背後から聞き慣れぬ女の声。


 メアとユウタが振り返ると、金髪を巻いた派手な女性が頬杖をつきながら浮かんでいた。薄い褐色の肌に、目元にはラメが輝いている。


「よっ、メアっち。初めましてー。あたしは佐渡アリサ! 特技は接近戦と瞬間的に男のハートを砕くこと。お硬い現場の中でもビジュ担当なんでヨロシク!」


「いる、後半の説明?」


「メ……メアっち?」


 アリサの不慣れな呼び方にメアは目を丸くした。


「要るっしょ。人生で大事なスキルなんだから」


 アリサはにかっと笑い、メアの鎖を見て目を丸くした。


「それがメアっちの力? やば、めっちゃ厨……いや、なんでもない」


「いま厨二って言いかけたよね!?」


 ユウタが目を細める。


「あはは、ごめんて。てか名前あるの? その黒いの」


「あるよ。俺が今つけた。ズバリ《桎梏しっこく》」


「…………」


「…………」


「…………やっぱり厨二かよ!!!!」


 アリサの全力ツッコミが空間に響いた。


「いや、いいだろ! なんかこう……縛る力だからさ……重い名前が……!」


「語感だけで選んだろ絶対!」


 メアは苦笑しつつも、少しだけその名が気に入っていた。


桎梏しっこく……うん、いいかも)


 逃げ場のない苦しみを象徴するような名前。それは、わたし自身の足枷のようであり、同時に“向き合うべき力”のようにも思えた。


 やがてテスト領域に配置された“訓練用漠徒”がひとつ、ゆっくり姿を現す。SOMNIが捕獲した個体らしく、実戦よりはだいぶ弱いとの事だ。


 メアは鎖を握り直し、前へ踏み出した。


 ――ギチ。


 桎梏が漠徒の胴に絡みつく。圧縮するように締め上げ、黒い影を握り潰すように斬撃と拘束を合わせた感覚が腕に走った。


「……っ!」


 霧散する瞬間だった。


 あの感覚が、また来た。


「……う……っ」


 胸の奥がざわつき、黒い何かが体へ逆流してくるような、“悪夢の冷たさ”そのものが混ざって入ってくるあの感触。


 ユウタが気づいて駆け寄った。


「どうした!?」


「……漠徒が消える時、なんか……ゾワって。冷たいのが入ってくる感じがする」


 アリサが顎に指を当てる。


「やっぱり。それ、吸ってるんだよ。漠徒の残滓みたいなの。無自覚にね」


「す、吸ってる……?」


「うん。メアっちの能力は鎖の“顕現”だけじゃなくて、付随する“吸収性”がある。きっと桎梏って、相手を締めるだけじゃなく、同時にエネルギーを吸っちゃうっぽいね」


 メアは震える。


「……じゃあ、わたし……漠徒の何かを取り込んでるってこと?」


「まぁ、簡単に言えば」


「嫌っ……!」


 反射的に後ずさるメアに、アリサは手を広げて落ち着かせた。


「大丈夫大丈夫。あたしらも解析してるし、その作用は止められる可能性あるから。むしろ試したいのよね」


 ユウタが次の漠徒を指さす。


「メアっち、もう一回やろ。今度は“吸わない”って強く意識してみて」


「意識……?」


「そ。能力ってさ、基本はイメージ。吸うイメージを拒否すれば止まるかもしれない」


 メアは震える指を握り、深く息を吸った。


 ――もう、負けたくない。


 ――何かに飲まれるなんて嫌だ。


 漠徒が姿を現す。


 メアは腕を振り上げ、叫んだ。


「……来いっ!」


 桎梏が噴出し、黒い鎖が瞬時に漠徒の身体を圧縮する。さっきと同じ光景。だが――


(吸わない、吸わない、吸わない……!)


 心で必死に拒絶した。


 霧散した瞬間。


 冷たい流れは――来なかった。


 メアは目を見開いた。


「……入って……こなかった……!」


 アリサが手を叩く。


「ほら! やっぱり制御できるじゃん! すごいじゃんメアっち!」


「ほんとに……止められたんだ……!」


 膝が少し震えた。

 でも、胸の奥には小さな光が宿ったように感じた。


 ユウタが穏やかに笑う。


「よかったな、メアちゃん。これで“暴走するんじゃないか”ってビビらなくてもいい」


「……うん」


 ようやく、ほんの少しだけ、胸の重さがほどけた。


 その笑顔を見てアリサが肩をすくめた。


「しかしさぁ……桎梏って……」


「まだ言うの?」


「だってさ! “束縛して吸収しちゃう”とか、どこまで中二設定なのマジで!?」


「やかましい!」


「いいじゃんメアっち、SOMNI内でも“黒系ヒロイン”で人気でるよ絶対」


「出ないから!」


 泣き笑いのような声が、静かな夢の世界に響いた。


 そしてメアは、ようやく気づいた。


 ――ここには、わたしの力を恐れず、ちゃんと“見てくれる”人たちがいる。


 その事実が、ゆっくりと胸を温めていくのだった。


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