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第3話 怪異

「あなた、雛宮って名前だっけ?」


目の前の女性は、さゆりに話しかけた。


……?


……⁉?


ここってどこ?

この人って誰?

あの化け物は?

なんで名前知ってんの?


「お前が寝てるとき、財布をちょっと漁った。」


女性は、さゆりの考えを読んだように言った。


「君を襲った猫なら、殺した。」


「えっ、私の財布漁ったの!?」


「……化け物じゃなくて財布の心配を先にするとは。お前、なかなか変わったやつだな。」


「いや、あの化け物、明らかに知れば知るほど不幸になる類のやつなんだ。もう何も知りたくない。それより、私の財布漁って何する気なの?」


「そっか。無知がいちばん幸せか。……確かにその通りかもしれないな。」


「でも、お前にはもう選択肢がない。」


「……は? どういう意味?」


私には選択肢がない?

あっ、こいつ話を切り替えやがった。

私の財布は!?


「わしの左目はね、見えるんだよ。」


女性は眼帯で覆われた左目を指差して言い放った。


「あんたの腹には、あの猫と似たようなやつが潜んでる。」


?



ちょっと待って。私の妊娠って、あの猫にやられたの?


「どうやら思い当たる節はあるみたいだな。」


「はい。今日、病院に行ったら妊娠って言われました。あの猫の仕業ですよね?」


「頭の回転速いな。でも、多分違う。」


「えっ、違うの!? でも、さっきあの猫と似たようなのが私の腹に……!」


「確かに、あの猫と似たようなやつがあんたの腹にいるのは間違いない。だが、それがあの猫の仕業かどうかは分からない。

それに、あの猫がなぜあんたを攫おうとしたのかも、わしには分からない。」


「じゃあ、私はどうすればいいんですか? このまま放っておいたら、あの猫みたいなのが私から生まれるんですよね?」


「その通りだ。」


「何か方法で取り除けないんですか?」


「焦るな。順を追って説明してやる。」


女性はタバコを取り出し、火をつけて一口吸った。


「まず、あの猫、『怪異』について話そう。」


「お化けとか妖怪とか、そういうのと似たようなやつでしょ? アニメとかでよく聞く。」


「まあ、似てるところもあるが、違うところもある。君が知ってるのは創作の中の話だ。実際の怪異は、そこまで人知を超えた存在じゃない。」


「あいつらは幽霊と違って実体がある。体は細胞でできてて、臓器もちゃんとある。弱いやつは銃で撃たれたら死ぬ。警察でも対処可能だ。」


女性はタバコをもう一口吸ってz話を続けた。


「強いて言ったら、映画のゾンビとかエイリアンに近い。脅威ではあるけど、魔法みたいな力はない。人間が対処できないほどじゃない。」


「わしについてですけど、わしは怪異の商売をしている。」


「怪異の商売?」


「怪異を解体して、毛皮や肉を売ったり、内臓で薬を作ったり、あるいは生きたまま売ったりする。そういう仕事だ。」


「そんなの買ってどうすんの?」


「金持ちには頭のおかしいやつが多い。権力と富を実感するために、普通の人がしないことをしたがる。普通の人が手に入れない“代物”を持つことで、承認欲求や自己顕示欲を満たしてるのさ。」


「怪異の肉を食うやつもいれば、毛皮で服を作るやつもいる。怪異の臓器からは薬も作れる。」


「薬?」


「たとえば、肌を若返らせる薬や、難病を治せる薬。そういうのに大金をつぎ込むやつがいる。あと、人型の怪異だったら、そういう趣味を持ってるやつに高く売れるさ。」


「それほぼ人身売買じゃん。」


「まあ、あいつら人間じゃないし、戸籍もない。法律上は問題ない。」


「闇が深いな……。」


「とにかく、怪異は“生き物の一種”だ。そして、あんたの腹にいるのは『寄嬰きえい』という怪異だ。」


「寄嬰?」


「本当かどうかは分からないが、伝承によると寄嬰は“死産や難産で生まれられなかった胎児の怨念”によって形成された怪異だと言われている。女性の子宮に寄生する性質を持つ。だから『寄嬰』と呼ばれている。」


「……確信はないんだ。」


「怨念なんて見えないし、触れない。怪異がどこから来るのか、誰にも分からないんだ。」


「怪異と戦ってるのに、そんな曖昧で大丈夫なの?」


「平気だ。あいつらの起源なんてどうでもいい。わしの仕事は“ぶっ潰すこと”だから。」


「そ、そうなんだ……。」


「話を戻すが、寄嬰は基本的に無害な怪異だ。」


「えっ? でも、あの猫、めっちゃ攻撃的だったよ?」


「あいつは異常なんだ。昔から各地で“処女懐胎”がたまに発生する。寄嬰がそれの原因だと言われている。寄嬰が望むのは“誕生すること”だけ。母体を傷つけることは基本的にない。むしろ、病弱な女性が寄生されたことで健康になった例もある。場合によっては“有益な怪異”とも言える。」


「寄嬰は母体を変えられない。母体が死ねば共に死ぬ。だから母体を守るため、身体能力や再生力を強化する性質を持つ。成熟すれば、母体から生まれる。」


「生まれた寄嬰は自分が怪異だと気づかない。見た目も母の種族と同じで、一生自分が怪異であることを認識せずに生きて死ぬ。――だから無害なんだ。」


「……でも、最近はちょっと違う。」


「お前を襲った猫みたいな“異形の寄嬰”が増えている。何故そんな個体が生まれるのか、何故人間を攫うのか、謎のままだ。」


「そして――お前の腹にいる寄嬰が“正常”か“異形”か、わしにも分からない。」


「だから、今あんたには二つの選択肢がある。一つ目は――腹の中の寄嬰を産むこと。」


「でも、化け物が出てくるかもしれないんだよね。」


「化け物が出ても、わしがなんとかする。問題は、“化け物じゃなかった”場合だ。その子をどうする?」


「正直、自分の子じゃないから、育てるには……。」


「寄嬰はあんたの細胞をもとに体を作る。一応、あんたの遺伝子は持ってるよ。まあ、育てたくないなら、わしが引き取ってもいいが。」


この人に預けたら、絶対売り飛ばされる……


「それに、うちの母が厳しい人で……きっと堕ろせって言うと思う。」


「それは無理だ。」


「えっ、なんで!?」


「寄嬰は子宮に強い執着を持つ。堕ろしたいなら、子宮ごと取り出すしかない。」


「そんなの、できないよ!!」


「だろうな。だから“産むか、産まないか”の二択しかない。」


「産まないって……堕ろせないんでしょ?」


「堕ろせないが、成長を“抑える”ことはできる。

わしが作った薬でな。」


「抑える……? 殺せないの?」


「腹の中の寄嬰はほぼ無敵だ。だが、猛毒を投与すれば毒を分解するため、力が分散して成長が遅くなる。」


「でも、結局いつかは生まれてくるんだよね。」


「その通りだ。」


――問題を先延ばしにできても、いずれは向き合わなきゃいけない。

心の準備はできても、状況は変わらない。


お母さん、なんて説明すればいいんだろう。

絶対“堕ろせ”って言ってくる。

どうすれば……。


「ねえ、あんた。うちでバイトしない?」


悩むさゆりに、女性が唐突に言った。


「バイト? 急ですね。」


「さっきも言ったが、最近は異形の寄嬰が増えてる。何か異常事態が起きてるんだ。それに備えるために、助手が欲しい。うちでバイトすれば、寄嬰を取り出す方法も見つかるかもしれん。」


「でも、そんな方法、本当にあるかどうかすら確定できないでしょう? だったら、いっそ――」


「借金も返してもらわないとな。」


「借金?」


「さっき、お前が聞いてきただろ? “なんで財布漁ったのか”って。」


あっ、忘れてた……。


「わしは無料で知らないガキを助けるほど聖人じゃない。あんたの太ももの傷と神経毒、全部治してやった。報酬をもらおうと財布を見たら小銭しか入ってなかった。だから、働いて返してもらう。」


「それって……いくらですか?」


「そうだな。太ももの傷は特殊な手法で完治させたし、神経毒を解く薬も高い。

――四捨五入で三百万でいいや。」


ぼったくりじゃん……!


「そんなの払えないよ」


「じゃあ、バイトして返すんだな。」


「……はい。」


二つの選択肢があるって言ったのに、結局、私には選択権がないじゃん。


うぅ……これから、どうなっちゃうの私。

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