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【急募!】第三王子殿下の花吹雪担当(臨時)

作者: 夢守紗月

貴族制度等ツッコミどころ満載ですが、勢いで書いたのでご容赦ください。あっさり終わります。

「そこのあなた!殿下の後ろから花降らせるバイトしてみませんか!?」

 

「なんて!?」

 

エレナが突然不審人物に声をかけられたのは、のどかな昼下がりのことだった。



――――――――――――――――――――――――

 エレナ・クロイツは20歳、辺境の伯爵家の傍流も傍流の出身だ。貴族というより、ちょっと裕福な平民程度だ。辺境に住んでいたため、上流階級の車校には慣れていない。半年ほど前から、家から遠く離れたこの王都の宮殿で行儀見習いとして働いている。

 

 エレナ達の住む王国は山に囲まれた小国で、気候は安定しているが、なにぶん大規模農業はできず、貴金属も取れない。主に高価な花の出荷や少しの牧畜、質の高い工芸品で成り立っている国だ。「害にならないので見逃してください〜」の姿勢で何とか大国に侵略されることなくやってきた。敵対している国がないためなんとなく緩衝地帯のような雰囲気になり、毎年多くの留学生を受け入れている大きな学園もある。東側には隣国、それ以外は人の侵入を拒む険しい山岳地帯に囲まれている。

 そんな国なので、強さよりも儚さを感じさせる外見が好まれる。極端な言い方をすると、背が高くてもほっそりとして色白、色素も薄くければ薄いほど良く、整った、妖精のような顔が好まれる。


 一方、隣の帝国は、海に接していて貿易が盛ん。温暖で日差しの強い環境で、全体的に色素が濃く、男女ともに大柄で筋肉質な人々が多い。貿易が盛んな分、常に他国の脅威に晒されてきた。そのため、美の基準は、「健康的で生命力がありそうかどうか」が基準となる。髪も瞳も濃く、背が高く、出るとこ出て健康的な肉体、目鼻立ちもくっきり、パーツ大きめが理想ということだ。

 

 エレナの故郷は小さな国の端も端、隣国との国境沿いにある都市だった。そのため、住んでいる人たちも見た目も価値観も帝国寄りな環境で育った。背が高くで黒髪をなびかせ、太陽の下でも弾ける明るい笑顔のお姉様達に憧れたものだ。


 ただし...問題は...腐ってもお貴族様のエレナの家系は、どう頑張っても王国よりの儚なげ見た目、そしてエレナはその中でもかなり王国よりの色素が薄い見た目だったのだ。薄金茶で緑の目の部分だけ見たら、王国的にはなかなかいい線を行っていた。故郷ではとにかく色素が薄いせいで強い日差しの下に出ていくにも一苦労だった。

 一方そんな見た目で舐められることが多い分、負けん気が強くかった。そしてトレーニングに費やした結果、怪力まで持つようになって、見た目と中身のギャップで余計に結婚から遠ざかることになってしまった。


 お年頃になってもそんな調子のエレナを心配した両親が、エレナに王都に行くことを勧めてくれて今に至る。エレナも、傍流のために金銭的余裕もそこまでない実家に居続けるのは心苦しく、新たな機会を求めて2年前にやってきたのだ。

 

 誤算だったのは、王都では今度は顔立ちと身長のせいで苦労したこと。パーツが整っていても全体的に小粒なせいでとにかく地味、そして低い身長のせいで、儚さどころか存在感が消えるレベル。ここでもエレナは美の基準から外れてしまった。

 現在は家族への仕送りと快適なお一人様人生の為に貯金を増やすことを目標にしている毎日だ。



「これを読んでくれたまえ!!」

 

 ずいっと突きつけられたのは、一枚の紙。1番上には【急募!マクシミリアン殿下の花吹雪担当!】と書いてある。何だこれは。いやそれよりも……。

 

 「どちら様でしょうか、いきなり!不審者ですか!?」

 

 「い、いや私は、その」

 

 怪しい非常に怪しい。目の前にいるのは男性。歳の頃は30歳前後か?痩せ型で背が高く、茶色の癖毛を不安そうに揺らす。琥珀色の瞳が不安そうにゆらいでいる。


 「失礼しました、つい興奮してしまって。王宮の秘書室に勤めているデニス・マクレガーと申します」

 

 と言って、文官が身につける、身分を示す腰のところに下げる用のメダルを取り出した。確かに秘書室を示すシンボルがついている。


 「……私は、雑用係のエレナです。主に職員寮の清掃担当しています。」


 一応私も名乗る。どうやら身分ははっきりしてそう、それでも警戒を緩めずに見つめていると


 「ああ、よかった。とりあえず話を聞いてほしくて」


 そうして再度突きつけられる紙。


 「どうか、この――『マクシミリアン殿下の花吹雪担当』に推薦したくて」


 「はあ?」


 意味がわからない。


 ポカーンとしている私に気づいたマクレガー氏は丁寧に説明してくれた。

 なんでも、この国の王族は、公の場に登場する際は、必ず花と共に登場するのが伝統だそう。基本的にはバックから降り注ぐ花びらを纏って。

 何を言ってるのかわからないが私もわからない、そういうものらしい。リアルに花を背負った王子様ってやつだ。

 

 確かにこの国は美を尊ぶ国だし、特に第三王子のマクシミリアン殿下はその美貌で有名である。美しいものは美しく飾ってこそ。引き算の概念などないなんでも持っちゃうこの国独特の価値観を考えればさもありなん。美しさこそ正義、花で飾り圧倒的美しさ、その財力を見せつけることこそが権威の象徴なんだろう。


 そのマクシミリアン殿下には、専属の花吹雪係がいたらしいのだが、そのベテランの彼がぎっくり腰発症した上に転倒し、足も負傷。後遺症はないらしいのだが、完治に何ヶ月もかかるので臨時担当を急募しているとのことだった。


 「ね、とりあえず面接場に行ってみないか。今めぼしい人に声かけているんだ。君の上司にも言っておくし」


 「いや、でもそんな急に言われても」


 「給料はこれでどうだ?」


 そこに書かれていたのは、今の5倍以上の金額!うちにはまだ幼い妹も弟もいるし


 「乗りました!!!」

 

 ということで、会場までの間、マクレガーさんから説明を受けながら移動。


 

 「いやでも何で私なんですか。私、ただの見習いです。他に適任者がいるのでは」


 「いやこれだよ!」


 彼は私が先ほどまで打ち水をしていた桶2つと柄杓を指差した。


 「さっき、これで素晴らしいフォルムで水を撒いていた。しかも桶を同時に2つ持ち上げてたろう?並大抵の腕力じゃない」


 「いやそれはまあ、多少は持ち上げられますが」

 

 やばい、ということは、さっき持ち上げるときのどっせい!!って掛け声聞かれてたかも……


 「どっせい、て持ち上げていて惚れ惚れしたよ」


 綺麗な笑顔でサムズアップ。マクレガーさんの白い歯がきらりと光。


 ああああ、つい頭を抱えてしまう私。


 花びらを降らせるって、華やかに見えて結構大変らしい。籠は重いし、腕も痛くなる。そして、殿下がいくら美貌で間近でみられるチャンスとは言っても、後ろから降らせるだけなので殿下のご尊顔は拝めない。ある意味1番「美味しくない」ポジションなのだ。だから、この時点で上級貴族のお嬢様やおぼっちゃまは除外される。


 「あと君、美しいけどあまり派手な容姿じゃないし、背は高いけど影薄いし。容姿のことは失礼かもしれないが」


 何気に失礼だなマクレガー。もう氏なんかつけてやらん。褒めてるようで貶している。色素が薄く背が低いから、とにかく影が薄いのだ私は。


 「目立ってはダメなんだ、できるだけ存在感を消さないと。あくまで主役は殿下、そして花吹雪担当は引き立て役。空気にならないと。殿下の近くでは悪目立ちしてはだめなんだ」

 

 なるほど。私のこの存在感のなさも見込まれたってことか、複雑だ。

 

 大きな広間のようなところに入ると、そこには若い男女が多くいた。

 マクレガーは扉のところの人に挨拶すると、なにやらもらってこちらに来た。小さなハンドベルだ。

 はいこれ、と私に渡してから彼は言う。

 

「そして1番大事なのは――」


 そのとき、広間の奥から歓声があがり、誰かが奥の高くなっているところに誰か現れた。

 金髪に空のように青い瞳。マクシミリアン殿下だ。

間近で見るのは初めて。長いまつ毛に高い鼻、しみ1つない肌。すらっと背が高くて、嫋やかな美形といったところか。

 そんな彼は広間を見渡すと、ニコッと笑った。

 うわーお、さすがはイケメン!と思って思わず目を見開くと広間のあちこちから、息を呑むと音と共にカラーン!とハンドベルが鳴る音がいくつも響いた。

 「え?」と思って周りを見渡そうとすると


 「みんな、集まってくれてありがとう」

 

 と殿下が言った。こ、声まで美しい。なんというか、こう、耳に蜂蜜流しこまれるような。

 ついマクレガーを振り返って「声まで綺麗ですね!」と言おうと思ったら、


きゃあああああ!!カラーン!カラーン!


 と悲鳴とハンドベルが鳴り響いて広間中が大変なことになった。周囲を見渡すと、顔を赤らめて殿下をうっとり見つめる者、ハンドベルを落として青ざめる者、とにかく大パニック。


 それを見ながらマクレガーが呟いた。

 

 「1番大事なのは、殿下の美貌と美声に惑わされないこと」


 私はそれを聴きながら呆然と周りを見渡していた。殿下、なんと恐ろしい、殿方も惑わすとは。歩く兵器ではないか。



 

 ――――――――――――――――――――


 その場でハンドベルを鳴らさずにいたのは私だけだったらしい。すぐさまマクレガーとともに応接室に案内された。高級する家具にビクビクしていると、扉を開けて殿下が入ってきた。

 

 「で、殿下」

 

 さすがに緊張してマクレガーとともに立ちあがろうとすると

 

 「いいから、いいから、個人的な話だし」

 

 と言って手をヒラヒラさせる。結構気さくな方なのかも。


 先ほどのハンドベル事件は、一種の通関門らしい。殿下に動揺されて音を鳴らしてしまうようでは、お役目は務まらないたしい。その点、麗しいとは思っても、どちらかというと生命力に溢れた褐色肌のマッチョがお好みの私は動揺せず、適任だったというわけだ。

 

 殿下と話をして、あれよあれあよと言うまに来週からさっそくお世話になることに。

週の最初の議会開始時の入場だけでなく、国民の前で演説してり、諸外国からの来賓の前でも花を吹雪かせながら(?)の登場になるらしく、週に何度もある不規則な担当となるらしい。

 

 職員寮での仕事とも話がついて、花吹雪の仕事を優先させるため仕事の調整をしてもらえることになった。


 花吹雪のやり方は少し特殊だ。金で彩られた私の身長くらいの白い棒の先に、籠が吊り下げられている。その籠の中に花びらを入れ、殿下が入場する際には後ろから掲げた棒を揺らしながら花びらを後ろから降らせるのだ。

 棒も含めると結構な重さで、だからこそ私の怪力が選ばれたということか。


 初日は流石に緊張した。大勢の貴族の前で粗相をしないか緊張したし、何より上手く花を降らせられるか心配だった。流石に初日はなんとか終わったという有様だったが、訓練を積むうちに降らせ方のコツもわかってきた。怪力のおかげで、特に腕が震えることもなくて安心している。



 「エレナ、もう仕事には慣れてきたかい」


 マクシミリアン殿下が 朝議に入場する前の私に声をかけてきた。殿下はこんな下っ端の私のことも気にかけてくれて、こうやって声をかけてくださる。


 「エレナが来てくれて助かるよ、なかなか適任がいなくて困っていたから」


 「もったいない言葉です」


 「あ、それと、今日の花は薔薇じゃなくて桜なんだ。だからいつもより小刻みに、ふわっと舞うように揺らしてくれないかな」

 

「承知しました」


 さすが美貌で有名なだけある、自分を一番美しく見せる方法をわかっていらっしゃるし、勉強熱心だ。そのわりに、あまり政務での輝かしい功績はあまりない。三男だから気楽なのかしら。

 最近、やっと声にも慣れてきた。以前は緊張してしまっていたが、殿下の声を聞くと聴力が上がる気がする。麗しすぎる御尊顔も、だんだん見慣れてきて、なんというか美しい絵画を見ているような気分だ。現実離れした美貌というか。

 

 扉が開いて殿下の後ろから入場する。いつもよりも少しずつ殿下の上に降らせるようにすると、桜の花びらがステンドグラスから差し込む光に照らされて、キラキラと輝いた。まるで殿下の周りに魔法の粉が舞っているみたいで幻想的だ。迎えいている貴族たちもほおっと見惚れている。薔薇と殿下の豪華な饗宴もよいが、桜の儚げな雰囲気と殿下の幻想的な組み合わせもまた乙である。明日花を調達しに行く時に、庭師のスミスさんに相談してみようと決意した。



 「すみませーん!」

 翌朝、早速スミスさんのところに向かった。広大な庭園の端に、庭具置いたりちょっとした休憩のできるように小屋がある。いつもそこに行ってその日の分の花をもらったり、管理を学んだりしてるのだ。


 「あれ、誰もいない?」


 珍しく今日は誰も居なかった。もしかしたら、新しく植え替えがあると言っていたから、もう作業を始めているのかもしれない。スミスさんを探しに、普段は足を踏み入れない庭園に少し入ってみることにした。


 しばらく行くと、大きな生垣に出くわした。行き止まりかなと思ってひょいっとその先を曲がった先にいたのは。


 マクシミリアン殿下だった。


普段の装飾過多な衣装ではなく、ラフなシャツにパンツだけ。しかも芝生の上に寝転がっている。汚れるからこのようなことはしなそうなお方なのに。


「えっ」


 思わず出てしまった声に、殿下がハッと気がついて上体を起こし、こちらを見た。

 

 「あっ」


 と言ったきり、気まずい沈黙が流れる。


 「も、申し訳ありません、庭師のスミスさんを探していて、す、すぐに出ていきます」


 「まあ、待ってよ」


 焦って逃げ出そうとする私を殿下が止めた。少し照れているような、しょうがないなという顔をして。


 「怒ってないからさ、こっちでちょっと話をしよう」

 

 「……承知しました」


 殿下の近くに向かうと、近くのベンチの方に向かっている。腰を下ろすと、こちらを見た。


「よかったらエレナも座りなよ」


 「でも、そんな、身分が」


 「いいから、誰もいないし」


 殿下の命令は絶対だ。


 「……はい、では失礼いたします」

 

 殿下の横に腰を掛けた。


「バレたなら仕方がないしさ。僕はこういう方が好きなんだよ。高価な衣装を着て堅苦しいことより、こうやって自然の中でのんびりする方が。でも王子である以上そうもいかない。だから、たまに誰もいない時間に、こうやって一人で過ごしてるんだ」


 「そうだったんですか。そしたら私、余計にお邪魔を」


 「そんなことないよ。いい加減誰かに話してみたかったんだ。それに君ともちゃんと話してみたかった」


 「え?」


 「だって君、僕に見惚れたりせずに、ただ黙々と仕事をしてくれているじゃないか。そういうの珍しくてさ、特に君ぐらいの年頃の女性だと」


 「ああ、確かにそうかもしれませんね」


 身分が低い女性は殿下のような美貌に耐性がないだろうし、麗しい人々を見慣れている貴族のお嬢様は、殿下の花嫁候補になりたくて虎視眈々と狙っている印象だ。


 そして私は、自分が辺境の出身なせいで、好みの男性がこちらと異なるという話をした。


 「ああ、だからか!どうして君だけ違うんだろうと思っていたんだよ、僕が格好よく見えないんだね!」


「いえ、そんなことないです!殿下はもう歩く芸術品です!かっこいいとかそんな邪な感情を抱くことすら烏滸がましいレベルです!!」


 すると殿下は呆けたような顔をされた後、声をあげて笑った。


 「むきになって僕に美しいと力説してくれる人は初めてだよ」


 そのとき慌てて駆けてくる足音がした。


 「殿下!またそちらにいらしたんですか!?心配しましたよ」


 「ああ、マクレガーか。」

 

 「ああじゃありませんよ、もう。……おや、エレナさん」


 「おはようございます、マクレガーさん」

 

 「じゃあ僕はもう行くよ、またねエレナ。このことは内密に」


 殿下は手を振ると、マクレガーの後ろからやってきた護衛の騎士たちと共に王宮へ戻って行った。


 「……殿下が自然を好きだとは知りませんでした」

 

 「そうなんです。殿下は幼い頃は活発で、自然の中で駆け回るような方でした。しかし、美しさをと保つために、外での活動は制限され、また三男というお立場から、他の殿下方と敵対しなように、あまり目立たないように気をつけていらっしゃいます」


 私は驚いてマクレガーを振り返った。なんというか、今までの殿下の印象と全然違う。


 「マクレガーさん、やけにお詳しいですね」


 「なんせ、殿下の乳姉妹でもありますから」


 知らなかった、やけに二人が親しげだと思っていたらそういうことか。


 「でも、なぜ私にそのお話を」


 「どうしてでしょう、でもなぜかあなたには知ってもらいたいと思ったんですよ」


 殿下も同じようなことを言っていたな。



 それから私は、殿下のことを気をつけてきたり、周りに話を聞いてみるようになった。その結果、見た目に気をかけるおっとりとした印象とは違い、意外にも堅実に、しかし地味にご政務をされているということがわかってきた。

 とは言っても、ただの花吹雪担当ができることは何もない。せめて心穏やかに過ごしていただきたいものだ。勝手に心の中からエールを送っておくことにした。



 夏終わりかけたある日、マクレガーから呼び出された。


 「来月から、腰を壊していた花吹雪担当が復活できることになりました。今までありがとうございました」


 「あ、そうなんですか、よかったです」


 私はつい居心地のよいこの環境に慣れて失念してた。私はただの臨時で、このお役目には期限があることを。


 「今月末に、宮殿の広場を開放し、建国記念日の祝賀があり、それが最終日になります。屋外ではありますが、やることはいつもと同じです。大丈夫でしょうか」


 「はい」

 

 マクレガーの琥珀色の瞳に、すっかり今の立場を忘れていたことを見透かされたような気がして、目をそらしつつ返事をした。


「進行の打ち合わせはあとでやりましょう」


 そう言って去って行ったマクレガー氏の背中を、私はぼんやりと見つめいていた。




――――――――――――――――

 

「殿下万歳!」「建国記念日万歳!」

 

 外から国民たちの歓声が聞こえる。いよいよ今日は建国記念日、そして私の花吹雪担当最終日だ。

 国王夫妻と殿下方がそれぞれの花吹雪担当とともに壇上に登場し、陛下がお言葉を述べられる予定だ。最後がマクシミリアン殿下の番だ。


 「エレナ、今日で最終日だね。今までありがとう」


 殿下が声をかけてくださった。

 

 「いえ、もったいないお言葉です。最後までお役目全ういたします」


 今日は史上最高の殿下を国民にご披露してもらおうと鼻息を荒くする。そんな私を見た殿下はフッと笑いながら


 「さあ行こうか」


 と言い歩きだした。


私もいつも以上に注意を払いながら棒を持ち、籠を揺らし始める。周囲から一層の歓声が上がる。そうだろうそうだろう、今日はこの日のために庭師と試行錯誤して決断した薄紫の花、ライラックの花弁を振り撒いている。殿下の身につけられているアメシストのサークレットと相まって、神々しい雰囲気になっているはずだ。惜しむらくは、私は殿下の後ろからしかその光景を見られないということか。


 と、その時、視界の隅に何か煌めくものが見えた。あれは、刃物……?

そう思った直後、壇上の端から一人の男が走り寄ってきた。見慣れぬ刃物を持ち、何やら叫んでいる。彼は刃物を振り回しながら、殿下たちに向かって「お覚悟!!」と叫んだ。


「あ、危ない!!」


 私は咄嗟にマクシミリアン殿下を後ろにかばうと、持っていた籠つきの棒を突き出し、男を籠で思いっきり引っ叩こうとした。


 「てやっ!!!」

  スパーン!!

 が、思ったよりも私が怪力だったせいなのか、はたまた男もまさか籠で攻撃を受けると思っていなかったせいなのか、

彼の頭に籠がクリーンヒットした。もちろんカゴは大破、暗殺者ももんどりうって倒れる。


「よし!」


 と思ったが、さすがは腐っても(?)暗殺者というか、すぐに立ち上がると、籠のついていた棒をつかみ、それを思いっきり振った。当然掴んでいた私もそれごと振り回される。


 「うわっ!!」

 

 そして、運が悪いことに振り回された先は、壇上の下で……。私は思いっきり落ちて、視界がブラックアウトしてしまった。遠くで「エレナっ」と呼ぶ殿下の声が聞こえたような気がしたが、その頃には完全に意識を失っていた。




 



 「……レナっ……エレナ……」

 

 遠くで微かに私のことを呼ぶ声がしたような気がした。全身がだるい。私はパチリと目を開けた。と、同時に目に飛び込んできたのは豪華そうな天蓋……だと!?


 「エレナっ」


 声が真横から聞こえたかと目に入ってきたのはマクシミリアン殿下の御尊顔。


 「え、マクシミリアン殿下!?」


 覚悟なく見るには眩しすぎたので慌てて顔を逸らすと悲しそうな顔をする。


 

 「まあまあ、殿下も少し落ち着いて、エレナさんもまだ起きたばかりですし」


 マクレガーが声をかけてきた。隣には医師らしき白衣の老人もいる。


 そして二人はあの事件の顛末を教えてくれた。あの暗殺者は、国家転覆を企む貴族に雇われたらしく、今後この貴族と暗殺者は裁かれるらしい。あの後すぐに取り押さえられたため、怪我人は私だけ。私は脳震盪で数時間意識を失っていたが、ところどころある打撲以外は問題ないとのこと。しかし、安全を期し、しばらくは仕事を休むようにと言われた。しばらくは特別にこの客室を使っていいらしい。やったー。


 「ねえ、エレナ、あのとき君を失ってしまうかと思って怖かったんだ。危険な目に遭わせてすまない」


 「殿下、気にしないでください。殿下の身を守れて本望です!」


 私はわざと明るく言ったが、殿下の顔はほっとしたような、後悔しているような、複雑な顔のままだ。

湿っぽい空気を飛ばすかのように、マクレガーが口を開いた。

 

 「エレナさんの功績が讃えられて、後日陛下からメダルが授与される予定です。それまでゆっくりと身体を労ってください」


 「ええええ!!」


 これは驚いた、一族きっての名誉かもしれない。


 「あの……」

 

そして私は一番気になっていることを口にした。


 「これって、特別賞与あります……?」


 それを聞いた途端、マクレガーは空を仰ぎ見て「それが聞きたいことなんですか」と呟き、殿下は爆笑し、医師「元気そうで何より」と微笑んだ。




 そんなこんなでなんとか終わった私の臨時花吹雪担当だが、まさかその後、私の怪力に目をつけた近衛兵隊から直々に騎士としてのお誘いをもらったり、地味な見た目に目をつけた諜報部に勧誘されたり、殿下にプロポーズされてなんやかんや結婚することになったあげく、公務で訪れた隣国の褐色肌漢気マッチョ王子に私が見惚れて殿下が嫉妬したりするのは、また別のお話。


そしてエレナが実は地味な分濃い化粧をするとかなりの美人になり、また彼女の影響で隣国風の美男美女も一定数から熱い視線を送られるようになる未来があったとかないとか。


 おしまい。

 


 

お読みいただきありがとうございました。イケメンの花吹雪担当みたいなバイトあったら面白そうだな〜と妄想してたら何故かこうなりました。

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