侵略される世界にて①
夜に父さんが帰るまで、筋トレをして過ごしていた。
そして晩御飯を食べ終ってから、考えていたことを両親に話す
「父さん、母さん聞いて欲しい」
「なんだ、改まって」
仕事終わりでどこか疲れているような父さんが聞き返してくる。
「俺、もう高校には行かない」
「なんだと!」
分かっていたが、父さんが怒っている。
普通を大切にし、当たり前の人生が何より素晴らしいと考える人なので許すはずがなかった。
「父さんが怒るのは分かっている。でも聞いて欲しい」
「俺には夢が出来た。どうしても頑張って叶えたいから一年だけ時間が欲しい」
「一年でダメなら諦めてまた高校に通う」
「明日から学校には行かない。一日も無駄には出来ないんだ」
父さんはぶちギレた。
「夢なんて不確かなもののために一年も遅れるつもりか!」
「高校を卒業してからにしろ!」
「夢がなんなのか言ってみろ!」
「人に言えない夢のために馬鹿げている!」
とりつく島もない。
激昂している父さんは母さんに任せて部屋に退散した。
説得は失敗だったが、学校に行ってる暇など無いのは事実だ。
俺は何らかの侵略者に対抗しなくてはならない。
もしかしたら頭がおかしくなったのかもしれない。
だが、やるべきことは決めたのだ。
ならば、やれることからやる。それだけだ。
そして、半年が経った。
まだ何も起こらない。
俺は工事現場でアルバイトをして、体力をつけた。
とにかく体を鍛えたいからと言って力仕事をガンガン振って貰っていた。
そのバイトのお金でバイクの免許もとり、中古のバイクも買った。あちこち乗り回して運転にも慣れた。
バイクと自室にバールを常備して、突然の侵略者にも対処出来るように準備している。
元々過ごしていた前世?と乖離するような点はあまりなく、やたらと自衛隊の話題が多いくらいだ。
テレビコマーシャルで人材が募集されていたり、税金の不当な使い込みのニュースが流れていたりする。
自衛隊が話題になったことは記憶にほぼないので、明らかにここだけ違う。
強くなるんだったら自衛隊に入隊も有りかと思いながら、バイトに向かっている時にそれは起こった。
「キャーーーー!!!!」
「うわぁーーーーー!!」
人生で聞いたことのない悲鳴が聞こえてくる。
ついに来たか。
ある意味で待ち望んでいた声。
覚悟を決めて過ごした半年が無駄ではなく、準備だったのだと変に安心していた。
止まっている車をすり抜け、悲鳴の方向へ向かう。
ある程度近づくとすぐに異変に気がついた。
アリがいた。
一般的な黒いアリだ。
ただ、遠くからでもビルにまとわりつくように動き回っているのが分かるほどに巨大なアリだ。
回りの人が逃げ惑う中、ボーッと立ち尽くしていた。
あんなもの相手にどうにかなるのか?
あれをバールで仕留めるなんて無理じゃないか?
逃げろ!
考えるというよりも、反射的に生きようと判断を下す。
しかし、俺は転移者なのだ。
主人公のはずだ。準備期間を与えられ、修行を積んできた。
ここで逃げても何も始まらない。
そう覚悟を決め、両頬を強く叩く。
自分を信じるのではなく、運命を、あの時の白い部屋を信じ、震える体を押さえつけアリの見える方向へバイクを走らせた。