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第三話 約束

 菓子を持った。

 すこしだけ、いつもよりいい服を着た。

 髪はバッチリ整えた。


 今日はこの間のレシィとの約束を果たす日だ。

 彼女に満足してもらうのが今日のミッションなのだ。

 なのだが……。


「レシィ!いるかい??レシィ!」


 張り切ってドアを叩き、声をかけたが返事がない。

 ここから声をかければ書棚の奥にいても十分に聞こえるはずなのに、どうしたのだろうか。

 不在、か?


「中庭にいるのかな……?」


 もしかすると、屋外のちょうどいい場所で準備でもしているのかもしれない。

 書庫の中で飲食するなんていけないことだからね。

 レシィがそんなことを許すワケが無い。

 そう考えて書庫の裏手へぐるりと回る。

 彼女の家と書庫は地下通路で繋がっていて、書庫に隠れた場所に家がある。脇の小道を抜ければ庭に出られるようになっている。

 もし居るとしたらここなのだが……。


「あーれぇ……。こっちにもいないのか」


 本人はいない。が、来るべき場所はあっていたらしい。

 その証拠に、庭の真ん中にはテーブル一つにイスが二つ、既にセッティングされていた。

 おまけに白いパラソルまで立てられている。

 準備は万端といったところか。


 随分張り切ったなぁ。


 って、そんなふうに感心している場合ではない。だとしたらどこに?


 う~ん、と唸って考えてみたものの、良いアイデアなど思い浮かぶわけもない。


 ひとまず書庫へ行ってみることにした。


 僕と一緒にしたら機嫌を損ねられてしまうだろうが、うたた寝している可能性もゼロではない。

 そうでなくても入れ違いになって向こうで待っているかもしれないからね。


 そうして戻ろうとした時だった。


「ふーん。悪くないのね」


 誰もいなかったはずのテーブルの方から聞き馴染みのある声がした。

 驚いて振り返るとレシィは既に席についており、何やら紙のようなものを眺めながらひらひらと遊ばせていた。


「いつのまに。というかそれは──あぁ、そういうことね」


 少し近寄るとすぐにわかった。

 魔法陣だ。

 なるほど、これを使っていたから僕に気づかれることなく現れるなんて芸当ができたわけだ。


「またレシィお手製の魔法陣?」

「そ。悪くないでしょう?」

「同意を求められても僕にはよく見たって何も分からないんだが」

「あらそう。じゃあ、聞きたい?聞きたいでしょう。えぇ、聞くといいわ。聞いていきなさい。高密度の純魔力が存在する空間の周囲ではラッセル極変換が起こって時空が歪むのはもちろんこの国でも色んな地点で観測されているから周知の事実だと思うけれど、これは後にレガオンのスピニクロル理論よって強制的に発生させられることが示されているのよね。でもこの問題点はやたらと魔力を食いすぎることと、純魔力の発生が不可欠ってこと。前者は言うまでも無いわね。ただ、後者、純魔力っていうのがどうにも人間では生まれ持った素養、例えば私は月の属性、フィルは水の属性が得意だと思うんだけど、すべての人間には例外なく具わってる優勢属性があって、この影響で再現不可能なの。となると自然界から集めることを考えると思うんだけど、実際過去天然のラッセル極変換が発生した地点からは僅かに純魔力が検出されたって記録があったわ。ただ、惜しいの。そこにあるのは分かっても、捕集する技術が存在しなかったのよ。机の上では成立するけどそれこそ空間転移のように実用的に何かを為すには圧倒的に知の蓄積が足りてなかったってわけね。で、少し話は変わるんだけど魔法陣解読の基礎研究が進みだしたのはここ100年以内のことでそれほど応用分野は発展していないの。魔法陣の特徴としては文字通りの挙動しかできない代わりに正確に記述できさえすれば純粋に機械的にコードを処理してくれるの。つまり魔法陣を使えば人間の持つ属性に偏った魔力に同調して逆位相の相殺魔力を与えてやることでキャンセリングされて純魔力を発生させられるってわけ。ま、要求魔力量が多い問題は残ってるから大したことはできないんだけど、例えばほんの少し、現実世界に映る像に限定して座標を反転させ虚空間上に映し出すことで実世界上では影も形も見えなくすることくらいならできるの。一年くらい前に思いついてそれからずっと魔法陣を設計、描いては焼いてを繰り返してたんだけど一昨日やっとで試作品ができたの。それでその実験をしてみたのだけど、どうやら上手くいってたみたいね」


 ラッセルなんたら変換の辺りから話について行くのを止めたが、要は、レシィはさっき透明人間になる実験をしていて、自分は知らないうちにその手伝いをさせられていた、と。

 ほ、ほえぇ……透明人間か。


 月並みで申し訳ないが、僕はいつもレシィのやることを凄いと思って見ている。

 今回に限った話ではなく、彼女のつくるもの、考えていることは歳不相応にハイレベルだと思う。僕ではハイレベルなことかも分からないからその評価が妥当なのかも正直分からないのだが。

その度に、この埋められない差を感じて彼女のことを友人ではない何か遠い存在になってしまったような感覚に襲われるのだ。


 いや、そもそも近くなど無いのかもしれない。

 例えば、彼女は書物を読むのが好きだ。

 しかしそれは僕の中の好きとは全く異なると言って良い。


 僕にとっての読書とは娯楽、一時の快楽を求める行為に過ぎない。

 だから人々が営みの中でする、惰眠を貪る、茶飯の如く菓子を嗜む、一日の終わりに酒を入れる、そういった行為と何ら変わらない。


 しかしレシィは違う。

 彼女は別に書を読むことそれ自体に価値を感じているわけではない。

 得られる知識、新たな知見、未知との遭遇、知の探究に魅入られている。

 彼女はその積み重ねを、己の使命であるかのように遂行しているのだ。


 在り方は僕の真反対だ。

 けれどレシィが僕の、大事な友人なのは変わらない。

 彼女は今日みたいに、自分が作ったり発見したりしたものを自慢する。

 ただ微笑ましい、たったひとつ、彼女を身近足らしめているそれを、僕は半分も分からないまま見る。

 どこまでも友人なのだ。


 ……感傷に浸りすぎたな。


「──で、次回への課題としては…」

「レシィ。」

「……え何?今いいところだけど」

「のど、乾かない?」


 レシィはコクリと唾をのむと口をモゴモゴさせて答える。


「意識したら乾いたわ。お茶にしましょ。続きはまた後ね」

「お湯は任せて」


 水の魔法の扱いなら負けない。

 湯沸かし程度お手の物だ。


「便利ね。喋れて、揶揄えて、自走する湯沸かし器なんて」

「自走言うな」


 って、湯沸かし器とは何だ。

 失礼な。

 ……あれ、そんなの無くても失礼なんじゃないか?

 まあいいや。


 そんなやり取りを幾往復しただろう。

 そのうちに用意は終わってしまった。


「さて、と。これでも楽しみにしてたのよ」

「それは見た通りだけどね」


 雑談もしばしば、ひと息ついた頃、レシィの長い長い語りが再開されたのであった。

 難しげな理論の話、レシィの見解、着想を得たもの、色々だ。


 しかし楽しい時間というのは過ぎるのが早いもので、気付けば陽は傾いていた。

 名残惜しさを感じながらも、また今度と切り上げた。

 こんな時間がいつまでも続くのだと、有限の時を、僕はまた浪費するのだった。



 △▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽



 ねえ、と話かけられたのはとある昼下がり。


 普段なら、同じ空間を共有していてもほとんど干渉してこない彼女から話しかけてきた。

 なんだろう。

 研究の相談をしても、僕からは大したレスポンスを得られないのは分かっているはずだが。


「今度ちょっと、森の外へ行ってみない?」


彼女から発せられたのは、流石の自分でも即座に『いいね』と言いかねる案件だった。


「意味、分かってていってる?」

「断ってくれても構わないのよ」

「だよな」


 まったく、僕が大人にチクるとは思わないのか。

 信じてもらえて嬉しいような、僕なんかを信じて話してしまうのが心配なような。

 複雑な気持ちになる。


 ──森、とは何か。


 少し、僕らの住んでいる場所の、地理の話をしよう。


 ここがキュリオスと言う国であることは以前話したと思う。

 国の範囲としては僕の住むこの場所……街、都、貴族街とでも言っておこうか、ここが中心にある。貴族街には創家七指の本家とその他序列八以下の家、人口にして2000人弱が生活している。


 そしてここを囲むように本題の森がある。抜けるのは困難と言われる幻惑の森。その名の通り幻惑の魔法が施されており、入った者を逃さない魔法の森だ。しかしそうでなくても、木々は高くそびえ、日中でも薄暗く、常に霧に包まれた薄気味悪く忌避したい雰囲気の場所なので、好き好んで入る輩はそういない。今目の前にいるわけだが。


 ついでだから森の先の話もしておこう。


 さらに外にはこの国の一般民衆が暮らしていると言われている。

 そしてさらに外には標高10000を超えるキラスティア山が国全体を囲むように存在し、外界との接触を物理的に断っている、らしい。


 ……そう。

 聞いただけの話だ。

 見たことは無い。

 一度もだ。

 興味を持ったことも、無かったが。

 しかしレシィはそうではなかったのだろう。

『何か』知りたいことがあって、直に見たいと思ったのだ。

 しかし、いかにも何かを隠しているような森に囲まれているということは、そういうことだ。

 あちらからこちらを見られたくないのか、はたまたその逆か。

 どちらでもいいが森より外へ出てはならぬと厳しく言いつけられている。

 所謂『キリの意思』というやつで……この場所においては何よりも優先して守らねばならない掟だ。


 僕は悩んだ。


 回答は後日に、したかった。


 しかし、幼い頃からの付き合いがある自分の直感がそれを拒否していた。


 今『YES』と答えなければならないと。


 その選択が、幻惑の森の警備を仰せつかる父への反抗心が僅かばかりも無かったのかと言えわれたら、無意識のレベルでなら、あったのだろう。

 心の奥底のことは自分にだって分からないが。

 ただ本心から、レシィの助けになるのなら、掟破りくらいやって見せようと思った。


「うん。行こうか」

「ありがと。助かるわ」


 答えてしまった。

 短く。

 いつもの口約束とおなじように。

 あっさり。


「詳細は追って話しましょ」

「あいよ」


 日時、場所が決まったのはその十日ほど後、決行はさらにその一週間後に決まった。

 日頃から、トレストリア家長男として、父の跡を継ぐべく行っている鍛錬だったが、約束した日までの間は普段にもまして身が入ったのだった。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

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