摂生の真庭兼好
続きです。
さらさらと、水の流れる音が聞こえる。
ジェネレーターをフルパワーで稼働している空間は、まるで春のように温暖だ。
その気温とズレが生じないように、ドーム状にパネルが構築されている。
そのパネルが映し出すのは、既に地上では拝むことの叶わない快晴の空だった。
その眩しく暖かいドームの中で、木々の緑が風に揺れ、静かな湖面に葉を落とす。
まるで楽園。
極寒とも喧騒とも縁遠い静謐。
森に縁取られた湖。
その中央にある陸地に真っ直ぐ伸びる朱色の橋。
それを渡った先には、木製の建造物が一つ。
豪奢でもなく、かと言ってボロ屋でもない。
到底今の時代背景に似つかわしくない厳かな雰囲気の小屋。
あるいは寺院。
時代を感じさせる木目に、パネルからの日差しを跳ね返す屋根瓦。
その佇まいが纏う神秘性。
まさしく、寺・・・・・・のようだった。
その光景に、開いた口が塞がらない。
さすがのオレでも、言わずにはいられない。
いったい・・・・・・。
「なんなんだ、ここは・・・・・・」
フォアグラを倒した後、オレはまた新しい村にたどり着いた・・・・・・はずである。
はず、というのは・・・・・・オレ自身が今起きていることについて行けていないことに起因する。
いつも通り村にたどり着いたかと思えば、やって来た人々にそのまま収穫者の塔に案内されたのだ。
当然のように改造されたそこに踏み入ると、目に飛び込んできた景色があの寺院。
そして今、オレはその中まで通されている。
何枚かの襖を通過し、そして目の前に現れる障子。
閉め切られてはいるものの、内側の影がぼうっと映し出されていた。
終始無言だった案内者が立ち去る。
この場に取り残されたのは、オレと・・・・・・障子の向こうの誰かだけだ。
ややペースを乱されたが、しかし一旦冷静になる。
ここがどんな様だろうが、収穫者の塔には変わりないはずだ。
だからここに居るのは・・・・・・。
「拳力者、か・・・・・・?」
障子は開かず、ただその向こうから返ってくるであろう言葉を待つ。
しばしの静寂の後、落ち着いた笑い声が障子を隔てて返ってきた。
「ふふふ、いかにも。あなたが、餓狼・・・・・・であるな?」
「餓狼・・・・・・? なんのことだ?」
返ってくる声は落ち着いた男性のもの。
その静かな声の奥には、時の厚みを感じる。
おそらく、若くはないだろう。
「ふふ、失敬失敬・・・・・・。これはこちらだけでの呼び名であったな。我々拳力者の間では、あなたはそう仮称されているのですよ。立ち話もなんでしょう・・・・・・どうぞ入ってきてください」
余裕綽々、と言ったところか。
男の態度はまるでもてなすかのようだ。
だが、オレはこいつの客人になってやるつもりはない。
そっちがそういう出方をするなら、こちらはこの機会に乗じて奴を殺すまでだ。
障子を乱雑に開け放ち、ずかずかと座布団の上に正座している男に近づく。
だが、男は一切動揺を見せない。
それどころか、それが分かり切っていたかのように待ち構えている。
まるで糸のように細い目で、この湖のように静かに。
「いいぜ・・・・・・そういうことなら殺してやるよ! 望み通りにな・・・・・・!!」
その舐めた態度につけ込んで、拳を握り締め一気に駆け寄る。
その男の痩せた頬に殴り込む・・・・・・その瞬間。
「間合いだ」
カキン、と静かな金属音が鳴り響いた。
その音に、オレの拳が止まる。
接触する直前の出来事だった。
男は依然冷静なまま。
対照的に、オレは内心の焦りを発汗として表してしまった。
男の手中で、光る銀色。
漆黒の鞘から覗く、刃の輝き。
ただほんの少しその研ぎ澄まされた輝きをチラつかされただけで、オレの拳は止まってしまっていた。
「この・・・・・・!」
「ふふ、まぁ座り給え」
再び訪れる静寂。
カコン、とどこかでししおどしがその音を響かせた。
この男が帯刀していることなど分かっていた。
いつか抜くであろうということも分かっていた。
だがそれなのに、オレの攻撃は容易く制されてしまった。
実力の差?
拳力の差?
いや、分からない。
間合いを図りかねる。
相対したときのその存在感、手ごたえが妙なのだ。
フォアグラと違ってまるで見えない。
底なしの拳力を持っている風でもないが、何かが引っかかる。
この男は、確実にオレの知らない何かを持っている。
オレのスタイルではないのは百も承知だが、それが見えない内に手を出す気になれない。
ただ殴って倒す、それだけのシンプルなはずのことが行動に移せない。
何故だ?
いったい何が・・・・・・?
不服ながら、分からない以上手出し出来ない。
だから、大人しく男に言われたように身を引いた。
「けっ・・・・・・」
悪態をつきながら、オレように用意されていた座布団に片膝を立てて座る。
男はそれを見届けると満足そうに頷いた。
「まぁまぁ・・・・・・姿勢についてはいいでしょう。あなたの慣れた形で構いません。今に使いの者が料理を持って来るので、しばらくお待ちください」
「料理? お前、オレに料理を振る舞うのか・・・・・・?」
「ええ、もちろん。外は寒かったでしょう。客人はもてなさねばなりません」
「お前・・・・・・・・・・・・何者だ?」
収穫者の塔に居るということは、搾取する側・・・・・・拳力者ということで間違いない。
だが匂いが違いすぎる。
拳力者というのは、こう・・・・・・もっと自惚れているのだ。
かと言って、こいつが善人かと言えば・・・・・・それもまた違う。
まさか毒でも仕込んだか?
無論オレには効かないが・・・・・・。
「ふむ・・・・・・少々予定より手間取っているようですね」
思考を巡らせるオレには構わず、男は料理の到着の遅れを気にしている。
そして不意に手元に置いてあった茶器に手を伸ばした。
慣れた手つきで、それら道具を使ってお茶を淹れ始める。
「さて、わたくしが何者か・・・・・・ということでしたね?」
一方的に話しかけながら、丁寧に急須を揺らす。
「わたくし・・・・・・名を“真庭兼好”と申します。知っての通り、この村の拳力者でございます。ですがね・・・・・・」
二つの湯呑み。
質素で、しかし美しい湯呑み。
そこに暖かい液体が注がれる。
白い湯気が上品に立ち昇った。
「まぁまぁ、どうぞ飲んでみてください。暖まりますよ?」
畳の上を滑らせて、真庭兼好は淹れた茶をこちらに寄越す。
そして値踏みするように、こちらを眺めていた。
もしかしたらオレが丁寧な礼儀作法に則ってそれを口にするのか見ているのかもしれない。
あるいはそう求めている。
なら、それに応えてやる義理はない。
中身が溢れそうになるのも気にせず、湯呑みを行儀悪くかっさらう。
そのまま片手で握って、流し込むように一息で飲み干した。
だが・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・!?」
一瞬でその振る舞いを後悔する。
何故なら・・・・・・。
「この風味・・・・・・・・・・・・!!」
真庭兼好は、オレの表情の変化を見て、ニッと笑みを浮かべる。
「おや? お分かりになりますか? やはりあなたは大食らいなだけの輩とは違うようですね・・・・・・」
出されたのはなんの変哲もない、ただの紅茶だ。
もちろんこの手の嗜好品は十分に貴重なものなのだが・・・・・・。
「この茶葉・・・・・・ミカド種じゃないな!?」
「ふふふふふ! そう、その通り!! あんなデカいだけが取り柄の遺伝子組み換えごときにこの芳醇な風味は出せまい!!」
真庭兼好は誇らしげに自分の分のお茶を飲む。
しばらくその香りを楽しむようにして、ゆっくりと嚥下した。
「いや、失礼。なかなか他の拳力者たちからは共感が得られなかったからね。所詮彼らもその程度ということだ。しかし、あなた! あなたにはなかなか見どころがある!」
「そりゃどーも」
お世辞か本心か、どちらにせよどうでもいいので適当に相槌を打つ。
オレを仲間に引き入れようとでも考えてるのか?
だとすれば無駄な努力と言う他ない。
真庭兼好は尚も演説を続ける。
「ミカド種は確かに大きい。悪辣な環境でも育ち、栄養価も高い。その点についてはわたくしも評価しているのですよ。しかしあなたもご存知でしょう。あれは・・・・・・大地を殺す。その地の生命力を吸い尽くしてしまう。だから我々拳力者はその年毎に違う村へ向かうことを強いられるのです。そんなこと・・・・・・あまりにもバカバカしいとは思いませんか?」
「ああ、全くだ・・・・・・」
形だけの同意。
いや、似たような考えではあるが、コイツとオレは徹底的に違う。
だから深く共感することはない。
目の前の男が隠すもの、それを暴くつもりで、その言葉に耳を傾け続ける。
「・・・・・・ですから、わたくしはミカドは育てないのです。例え栽培が難しかろうとも、わたくしはあの不自然なものでなく自然な姿の作物を愛します。この茶葉も、その傑作の一つです。だからですね・・・・・・わたくしは農地を、村を、ここ一つしか持たないのですよ。もう何年も・・・・・・この美しい風景の中に居ます」
春の陽気の中、真庭兼好が目を細める。
清浄な大気を吸い込み、胸を満たす。
フォアグラとはまるで違う、静かで、そして健康な生き方だ。
「さて、そろそろ料理が到着する頃合いでしょう・・・・・・。あんな大味のミカドと違い、わたくしが栽培した野菜は繊細・・・・・・。あなたはそれを食する資格がありましょう」
真庭兼好がそう言うと、到着の遅れていた料理が使用人の足音と共に到来する。
オレと兼好の前に、盆に乗せられた料理と箸が並べられた。
「おっと、あなたは箸の使い方・・・・・・分かりますかな?」
「ハッ、舐めんじゃねぇよ。フォアグラみてーなブタと一緒にして考えんじゃねぇ」
「それはそれは・・・・・・失礼いたしました」
不機嫌になりながらも箸を取る。
真庭兼好も同じように箸を持ち上げ、どうやら本気でオレとメシにするつもりらしい。
その魂胆、意図がやはり見えない。
何を考え、何を目的にオレに料理を振る舞うのか。
あるいは作物の自慢がしたいだけなのか・・・・・・正直、そこまで考え無しな奴には見えない。
「しかし・・・・・・随分質素だな」
もちろん万能錠剤でない時点で、弱者には到底許されない贅沢なのだが・・・・・・。
しかし、これが拳力者の食事か?
そう思わずにいられない質素さだ。
並ぶ料理は、平皿に乗せられた焼き魚一つ。
盛り付けられた白米に、大根の味噌汁。
青菜の煮浸しに、盆の隅の小皿には漬物が添えられていた。
「ふふ、健全な拳力は健全な肉体に宿ります。不自然な食物を不自然に摂取する、そんな他の拳力者と同じような食事をわたくしがするわけがないじゃないですか。これで十分・・・・・・いや、これこそが至高なのです。食べてみたら・・・・・・あなたにならお分かりになるはずです」
「けっ・・・・・・」
何かが隠されたままなのは変わらないが、この男・・・・・・真庭兼好という男のクセは見えてきた。
他の拳力者のようではない、こここそがこの男のクセなのだ。
それは歪みと言ってもいい、やはりこいつも拳力者には違いない。
とはいえ、結局まだ重要な部分は見えてこない。
この男の・・・・・・正体と言ってもいいそれが、まだ分からないのだ。
掴みどころがない。
手ごたえが妙。
いったい何が隠れている?
何を隠している?
この手のものは考えて答えの出るものじゃない。
そして・・・・・・食の探求者たるもの、この据え膳を食わぬわけにはいかない。
兼好の観察も怠らず、まず漬物に箸を伸ばす。
そして齧った。
パリッ、と小気味いい音が口内で弾ける。
その音はこめかみに振動となって伝わり、ある種の満足感をもたらした。
舌の上に広がるのは、保存食故の塩分。
その味が唾液で流れきらない内に、ツヤツヤした白米を掻きこむ。
そしてバリバリした漬物と共に咀嚼した。
浅漬けの気持ちいい食感、体の芯に染み込むような味。
「〜〜〜っ」
沁みる。
沁みる・・・・・・!
そして米がすすむ。
たったの一切れで茶碗一杯の米を食べ尽くせてしまいそうだった。
「どうです? 素晴らしいでしょう? 細心の注意を払って手間暇かけて育てた作物です。その品質は・・・・・・ミカドなどという粗悪品とは比べ物にならないでしょう!」
「別にお前が育てたわけじゃねぇけどな。農民の努力をさもお前の手柄のように語るんじゃねぇ」
悔しい。
悔しいが、美味い。
いや、違う。
コイツに振舞われたからといってその味に屈服するのが悔しいなどと、失礼極まりない。
良いものは良い。
コイツが言うように、多大な労力によって育てあげられたのだろう。
ならばこの美味さは、必然だ。
意識的に兼好を思考から排除する。
オレは純粋に、これら料理を味わわなければならない。
それにはこの兼好という男は邪魔だ。
味噌汁を啜り、腹を温める。
その温度が消えない内に、また米を口に放り込む。
煮浸しにも箸を伸ばし、焼き魚の焦げ目のついた皮を割る。
盆の上の、慎ましい料理。
それを味わい尽くす。
ああ、伝わる。
伝わってくるぞ・・・・・・。
この料理に、魚に、野菜に、米に込められた思いたち。
それが全身に染み渡り、駆け巡る。
「く、うぅっ・・・・・・・・・・・・」
その味わいは、どこまでも冷酷なはずのオレの目から涙さえ流させて見せた。
「おやおや、よもやそこまで感動していただけるとは・・・・・・。道理でお強いわけだ」
「うるせぇ! 黙ってろ!!」
オレは今、この料理を味わっている最中なんだ。
それをお前なぞに邪魔はさせない。
しかし真庭兼好は止まらない。
「ふふ、良いものをご覧に入れましょう」
そう言って取り出したのは、大根だった。
切られていることから、おそらくこの料理に使った余りだろう。
「どうです? 見てください、この瑞々しさ! 厳選に厳選を重ねた、至高の大根ですよ! ええ、そうです・・・・・・あなたが今食したものです! 素晴らしいでしょう! 素晴らしいでしょう!!」
兼好の言うように、その大根は立派なものだった。
最高級、そう言って差し支えない。
均整の取れた形に、丸々とした膨らみ。
切られて尚輝きを失わない鮮やかさ。
そしてそれを、兼好は畳の上に投げ捨てた。
「・・・・・・!」
瞬間、頭に血が昇る。
対照的に手足はサッと冷えていく。
次の瞬間には、既に踏み出していた。
「おい! お前・・・・・・!!」
畳を踏み抜く鋭い音。
オレの拳は刀なんぞより早く閃く。
だが・・・・・・。
「まぁ座り給え」
カコン、とししおどしが鳴り響く。
その一言で、オレはまたしても制されてしまった。
何故だ?
何故オレはコイツを殴れない。
いや違う、殴れないはずなどないのだ。
ただその後だ、その後をオレの本能が恐れている。
殴ってはいけないと、体がそう言っているのだ。
底の無い、湖。
その水面も静かで、水も澄んでいるはずなのに、底が見えない。
何かがあるのは分かっている。
が、たどり着けない。
呼吸を落ち着けて、座布団の上に戻る。
そうして再び腰を下ろして、またも微動だにしなかった真庭兼好と向かい合った。
「いや失礼・・・・・・捨てるものとはいえ、このように扱うべきではなかったな」
兼好は、投げ捨てた大根をその切り口を下にして立てる。
「捨てる・・・・・・だと・・・・・・?」
オレらの会食に出された大根。
それはまだ半分以上が残っている。
それを捨てるなどと・・・・・・。
「ええ、捨てますよ。何しろ、最も味の良い部分は使い切ってしまいましたから。あとの部分はいささか辛すぎる」
「・・・・・・。なるほど、な。そういうことか・・・・・・」
この寺院・・・・・・いや、収穫者の塔に向かうその道中に見たものの辻褄があう。
「大量に投棄された野菜、その他・・・・・・。本当にお前がやったのかと疑っていたが、やはり結局お前もクズらしい」
「おやおや、クズ・・・・・・などと・・・・・・。いささか言葉が過ぎるようですよ?」
「クズでなけりゃなんだっていうんだよ、アレだけの食べ物を無駄にしておいて」
捨てられていた野菜は、今のような使いかけのものと完全なものが入り混じっていた。
厳選に次ぐ厳選。
つまりはそういうことだったのだ。
「ふふ、無駄になどしておりませんよ。良いものは良い、不出来なものは不出来。それこそ拳力者とその他のように、何者に生まれるかは誰も選べませぬ。不出来に生まれた者には、それ相応の運命しかない。当たり前のことではないですか。ですから・・・・・・あれら不出来なもの、利用価値の無い部分は廃棄するのです。毒を仕込みまして、ね」
「なに? 毒だと・・・・・・!?」
ただ捨てるだけにとどまらず、毒を仕込む?
そんなものは・・・・・・食材への冒涜に他ならない。
そんな男が、他の拳力者をバカにしていたのか・・・・・・自らを棚に上げて。
いや、出来たものは平らげる分、フォアグラの方がマシかもしれない。
「毒を仕込めば、ゴミにたかる小虫共も一掃されますからね。効率的な処分方法と考えていただきたい」
「ゴミにたかる・・・・・・小虫? ・・・・・・まさか、キサマ・・・・・・!!」
兼好から出た言葉に、再び表情を歪める。
コイツの言う虫はおそらく、人だ。
この村の、眼前に突き出された食材に耐えかねて食べに行った人間のことなのだ。
「ふふふ、毒入りと分かっていてわざわざゴミを食べにくるような輩だ。そんな不出来な者、要らないであろう?」
「コイツ・・・・・・」
ギリリ、と歯を食い縛る。
湧き上がる怒りが、オレの肉体を解き放つ。
三度、兼好に迫る。
やはり兼好は動かない。
刀の柄に手を添えて、ただ待つだけ。
障子の向こう、どこかでししおどしが音を鳴らす。
しかし・・・・・・。
「オラ・・・・・・・・・・・・ッ!!」
その音を、オレの声が掻き消した。
兼好の刃が抜き放たれる間もなく、オレの拳はその頭を捉える。
その衝突の感触は確かで、だからそのまま殴り抜けた。
「うぐぅッ・・・・・・!!」
殴り飛ばされた兼好は、鼻血を噴き出し畳に打ち付けられる。
その瞳は何が起こったかすら分かっていないように、ボゥっと天井の木目を見上げていた。
そこで、この男・・・・・・真庭兼好の真実に辿り着く。
ずっと隠されていた真実に。
「涙で目が洗われたのかも知れねぇな・・・・・・やっとお前の本当の姿が見えるようになったぜ」
「な、何を・・・・・・言って・・・・・・」
兼好は折れ曲がった鼻を押さえながら、よろりと体を起こす。
こちらを睨みつけるようにして、刀をすらりと抜き放った。
「ハッ、思えば・・・・・・そうだな。最初に刀を抜いたときも、どう考えても間に合っていなかった。すなわち・・・・・・オレの拳に反応出来ていなかったんだ。違うか?」
切っ先を向けてこちらににじり寄る兼好を前に、オレはドカッと座布団に座って見せた。
「お、お前・・・・・・このわたくしを愚弄するのか!?」
血で汚れた顔で、苛烈に言い放つ。
その勢いだけはすごいが、しかし刀を持つ手は自らの役目を忘れたように動かない。
いや、知らないのだろう・・・・・・刀の扱い、もっと言うなら戦い方を。
「まぁ座れよ」
あえて真庭兼好の真似をして、そう言って見せる。
「く・・・・・・」
兼好は忌々しそうな表情をするが、刀を畳に突き立てて、元の位置に座った。
「一言で言えば・・・・・・真庭兼好、お前拳力者じゃないな?」
「何をふざけたことを抜かす! このわたくしが! 拳力者ではないと!? 馬鹿なことを言うな!」
「く、ふふ・・・・・・ははははは・・・・・・!!」
そう宣う兼好の姿があまりにも滑稽で、その姿を笑う。
いや嗤う。
「ずっと・・・・・・会った瞬間からずっと、お前に何かがあると思ってた。何か正体の分からないものを隠している、と。それがずっと掴めないでいた。それもそのはず・・・・・・」
笑うのをやめて、兼好を睨みつける。
「そんなものは、ないのだから」
掴みどころの無い理由、底の見えないワケ。
それはオレが無いものを探していたからに過ぎない。
「お前が隠していたのは、何も持っていないという事実。特殊な何かどころか、拳力者らしい拳力すら持ち合わせてはいない。全ては・・・・・・ハリボテだ」
「ふ、ふざけるなよ・・・・・・!!」
好き放題言われて、我慢ならないと兼好が立ち上がる。
垂れた血液が、畳に染みをつくった。
「いいから座っとけよ」
オレが言うと、ししおどしが場違いにも呑気な音を鳴らした。
怒りに糸目を見開いた兼好は、座らない。
だが、構わず続ける。
「きっと、この寺院自体ハリボテの神秘性を補強するための雰囲気づくりなんだろう。強烈な第一印象、ここはヤツの領域だ・・・・・・そう思わせる。騙し、演じ続けて上り詰めた・・・・・・支配者の座。そこに居る事実が、また人の目を曇らせる。混乱させる。拳力を感じないこんな男が、何故こんなところに・・・・・・普通の男が、支配者になれるはずがない。だから何かがあると疑う。その疑念が深みにハマっていくほど、お前の神秘性は肥大する。本当、よく騙せたもんだよ」
「キサマ・・・・・・いいかげんに・・・・・・!」
「座れっつってんだろ。ネタがわれてんだ、いいかげん無様だぜ?」
兼好は振り方も分からない刀を畳から引き抜く。
そして構える。
もはやそれは脅しにもなりはしない。
人は生まれを選べない。
その通りだ。
この男は、拳力を持って生まれられなかった。
だがそれでも騙り、欺き、地位を手に入れて見せた。
これで心根がまともだったら、虐げられる者たちの希望になれただろうに。
「作物の品質へのこだわり。そしてミカド種と、それを食べる拳力者の否定。お前は自分すらもそのハリボテで騙そうとしたわけか。自分こそが真の強者であると。持たざる・・・・・・不出来な者であるはずがないと」
そのあからさまな嫌悪、人間くささが、お前を拳力者でないと露呈させた。
「ふざけるな! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!! キサマに何が分かる!!」
正しい扱いが分からずとも、凶器は凶器。
オレの命をなんとしてでも奪おうと、刀を振り上げる。
怒りのままに、オレに迫る。
それをオレは・・・・・・。
鼻で笑った。
「お前に人々の何が分かる? お前が虫と見下してきた奴らの、そいつらの何が分かる?」
「キェェェェエェ・・・・・・!!!!」
振り下ろされる刃。
だが、そんな刀の一本じゃオレとコイツの差は埋まらない。
見せかけの威光の上にあぐらをかいていたヤツの刃は、オレに届かない。
障子に血液が飛び散る。
ついた勢いのまま、刀が畳の上を転がる。
上等な食器も、ことごとく割れてしまった。
一瞬の動・・・・・・その後に、再び寺院は静謐を取り戻す。
何事もなかったかのように、穏やかな時間が流れ始める。
カコン、と・・・・・・ししおどしの音がこだました。
続きます。