表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

肥満のフォアグラ

続きです。

 灰色の空の下、同じく灰色の痩せた土を踏み締める。


 同心円状に村に張り巡らされた散水官。

そしてその円の中央、すなわち村の真ん中に聳え立つ収穫者の塔。

見慣れた農村の姿だ。


 拳力者のための農場。

異常成長するミカド種を栽培するための、村全域にわたる農場だ。


 収穫者の塔もあるし、この村は大規模だ。

おまけに作物もほとんど育ちきっている。

つまりは収穫期、今この村に拳力者が居る可能性は高い。


「であれば、そいつをぶっ殺すまでだな」


 今までもこうして拳力者を追って旅をしてきた。

なかなか巡り合わせが悪く、その尻尾を掴むことが叶わないでいたが、今回は期待出来そうだ。


 拳力者をぶっ殺す。

そして奪った料理や作物で、最高に美味い飯を味わうのだ。


 あんな食欲が微塵も湧かない錠剤はとうに絶った。

食の探求者として、冷酷な復讐者として、あんなものを口に入れるわけにはいかない。


 目指すは収穫者の塔。

あそこに、拳力者の誰かが居るはずだ。


 道草は食わずに、真っ直ぐに塔へ向かう。

まさか昨晩迎え入れた旅人がこの農場の主たる者に牙を剥くとは、誰一人として考えもしないだろう。


 道中通りかかった建物の中から、なんだか声がする。

オレの嫌いな、喧しい声だ。


「ヒャハハ! お嬢ちゃん、逃げたって無駄だぜ?」

「そうだ、そうだ! あるんだろ? さっさと出して、楽になっちまいな! そうすりゃあお前の親父もこれ以上傷つかないで済むぜ!」


 食に対する渇望は、時に異様な嗅覚を発揮する。

浮浪者のその嗅覚が、この家に隠された食物の匂いを嗅ぎつけたのだろう。


「そ、そんな・・・・・・お願いだからもうやめて! ここには何も無い! 何も無いったら! わたしのことは好きにしていいから! だからお父さんを離して・・・・・・!」


 少女の悲痛な叫び声が内側から響く。

道行く者たちは、しかしそれを一瞥もしない。

既に見慣れた光景、というわけだ。

本当にその通り・・・・・・。


「見慣れた、農村の姿だな・・・・・・」


 建物内から激しい物音。

少女に迫る二人の浮浪者が、とうとう実力行使に出たのだろう。


「なぁにィ? お前さんを好きにしていいだってェ・・・・・・?」

「そんなふざけたこと言ってんじゃねぇ! 俺たちゃ人間なんか食わねぇってんだ! 寄越せよ、食いもん!」

「あるんだろ・・・・・・!」


 下品な喚き声。

自分のためなら他者を虐げることを厭わないその精神性。

拳力者と同質のものだ。


「けっ・・・・・・」


 こんなところで油を売っている暇はないというのに。


 その喧しさに耐えかねて、騒がしいその小屋の扉を蹴り飛ばす。


「邪魔するぜ」


 その扉は「押す」「引く」の二択では、どうやら「引く」が正解だったようで、オレの蹴りで完全に壊れてしまった。


 破壊された扉が、チンピラどもの足元に滑って行く。

その様をチンピラに捕らえられた痩せた男と、涙目の少女が不安そうに見ていた。


「ああ? なんだ、てめ・・・・・・」


 チンピラの一人がこちらに振り返ろうとする。

だがそれすら許さず、オレは上着の内側から取り出した二丁の短機関銃でその低脳な頭を撃ち抜いた。


 炸裂するマズルフラッシュ。

空気を貫く乾いた音に次いで、チンピラの頭が弾ける。

派手に血液を迸らせる。

その血液を浴びたもう一人のチンピラは、少女の父親の首根っこを押さえる手を思わず離して目を丸くした。


 やがてその驚きは、恐怖に染まる。


「ヒィッ・・・・・・!? アニキィ・・・・・・!!」


 弟分ならそれらしく反撃に出てみろと手招きするが、そいつは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。


 オレが歩みよれば、そいつも後退る。

だがそのすぐ後ろは壁だ。

お前の兄貴の血で汚れた、な。


「や、やめ・・・・・・こ、殺さないでくれ! な、なんだってしよう! そ・・・・・・そうだ! この娘! この娘です! この娘が食べ物を隠し持っているようだから、それを全てあなたに・・・・・・!!」

「っるせぇな、食いもんはな・・・・・・奪い取るものじゃねんだよ。体痛めて、手ェ汚して、そうやって育て上げて・・・・・・そして分かち合うものなんだ。お前にはそれが・・・・・・」


 怯えるチンピラの額に銃口を押し付ける。

発砲したばかりのそれは熱を持っていて、接触箇所から白い煙が昇った。


「分かんねーんだろうな!」


 この男を見限る。

引き金を、引く。

無情にも放たれた弾丸は、その頭蓋を貫き脳機能を破壊した。

すなわち死、だ。


 短機関銃を仕舞い、まだオレの方を唖然と見つめる親子に目を向ける。

すると二人は怯えたように肩をすくめた。


「ハッ、悪かったよ・・・・・・壁汚しちまって」


 元より感謝されようなどと思っていない。

オレはオレが悪として断ずる者を罰したまでだ。


 二人に背を向けて、壊した扉をくぐる。

ややどよめく村民に見守られながら、収穫者の塔へずんずん進んで行った。



 収穫者の塔の門前にたどり着く。

騒ぎの広がりはオレの歩みより速かったようで、門番の衛兵たちはオレを見るなり唾を飲んだ。


「別にあんたらにゃ手出ししないよ。こちとら快楽殺人者ではないんでね。あくまでオレが狙うのは拳力者だ。素直に通してくれりゃ文句は言わねぇよ」

「し、しかし・・・・・・! そういうわけには!!」


 仕事熱心な門番は、勇気を持ってオレに食い下がる。

それに関しちゃ大変結構なことだ。

だが障害になるのであれば・・・・・・。


「・・・・・・!」


 その門番をぎろりと睨む。

そいつは表情筋を震わせながらも、黙って横に逸れてくれた。


「サンキューな」


 その素直さに礼を言って、門を通り抜ける。

オレとしても真面目なやつを殺すのは不本意なので助かった。


 収穫者の塔の構造は簡単。

立ち入ればすぐに上に伸びる螺旋階段が見える。

それを登り切った広間に、拳力者は居る・・・・・・はずだ。


 ここまで来れば、逃げられる心配も無い。

最も自らを全能と信じてやまない拳力者どもがただの不審な男一人に対して逃走を選択することなどないだろうが。


 階段を、一段ずつ登っていく。

頑丈な構造のはずの塔だが、何故か軋むような音が鳴り止まなかった。


 誰に邪魔されることもなく、広間の前までたどり着く。

悪趣味なまでに豪奢な扉が、眼前で固く閉ざされていた。


 その観音開きの扉を、両手で押す。


「ムホ、ムホホ・・・・・・!」

「あらやだ・・・・・・フォアグラ様ったら・・・・・・」

「よいよい、ぬしらも味わえ! ムホホホホ・・・・・・!!」


 扉の隙間が広がるにつれ鮮明になる、下品な笑い声。

それに媚びるような色っぽい女性の声。


 扉を開ききれば、その広間の中央には・・・・・・肉の塊が鎮座していた。


「おいおい・・・・・・これが拳力者かよ」


 ほとんど同じ人間だとは到底思えない巨体。

球体に近しい肥満体型。


 巨大な椅子に腰掛け、同じように巨大なテーブルの上に広げられた豪華な料理を豚のように貪っている。


 右手で乱雑に料理を掴み取り、油ぎった顔のその口元に運ぶ。

左手にはほとんど全裸に近い四人の女性をその手のひらの内に完全に収めその柔肌を弄んでいた。


「・・・・・・やだ、フォアグラ様! 怖い男の人が居るわ」


 女性は怯えた様子でその脂肪で弛んだ太い指に身を寄せる。


「ムホ! ムホホホ!」


 それに気を良くしたフォアグラと呼ばれた男は、親指と中指でちんまり摘み上げた料理をその女に食べさせた。


「ムホホ! 大丈夫だよ小鳥ちゃんたち。ワガハイにかかればこんな男・・・・・・白菜の葉にまとわりつく青虫と大差無いわ!」


 フォアグラは女たちに指を舐めさせながら、やはり下品に笑う。

その度に塔全体が震えるように揺れた。

先程からの軋みの正体はこれか。


「・・・・・・して、おぬし・・・・・・騒ぎの者だな? なんでも浮浪者二人を殺したそうじゃないか。なかなか乱暴な輩も居たものだ」


 フォアグラは下卑た笑みを浮かべたまま、オレの顔を覗き込む。

巨大な影が、オレに被さる。


「さぁ、おぬし・・・・・・ここに何をしに来た? メシか? メシならやらんぞ。お前らにはあの薬があるではないか」

「そうやって、お前たちは食を独占し続けるんだな。ぶくぶくぶくぶく太りやがって、一体何メートルあるんだか・・・・・・」

「ムホホ! なんだ? 嫉妬か? 見苦しいぞ。強き者、拳力を持つ者が、富を独占して何が悪い! ワガハイがこの世の全ての食物をこの腕に抱こうと、ぬしらが死ぬわけではないだろう。ルールはいつだって一つだけ! 欲しいなら奪い取れ! それが出来ないからぬしらは弱者なのだかな。ムホホ、小鳥ちゃんたちの方がよほど強かだわ」


 食の喜びを人々から奪うこと。

それを悪いことだなんて一切思わない。

歪み切った価値観。


 ただ自分だけは食に溺れ、優越に浸り、小娘を侍らせる。


「だからお前は下品だと言うのだ」


 これ以上こいつと言葉を交わすのは無価値。

二丁の短機関銃を構える。


 わざわざ照準を合わせようとしなくても、その巨体に狙いは定まる。

迷わずに引き金を引いた。


「フォアグラ様!?」


 ばら撒かれる鉛玉。

その一発ずつがフォアグラのぶよぶよした腹に吸い込まれていく。

排出された空薬莢が床を転がる。

フォアグラに抱かれた女は、弾ける光に悲鳴を上げた。


 射撃をやめる。

薄い煙が晴れるのを待つ。


 束の間の、静寂。

それを断ち切るのは、フォアグラの声だった。


「おぬし・・・・・・ワガハイを殺しに来たか。・・・・・・自惚れおって・・・・・・」


 フォアグラの口角が、にやりと釣り上がる。

その分厚い唇の隙間から、黄ばんだ歯を剥き出しにして大声で笑い出した。


「ムホ、ムホホホホホホホ・・・・・・!! 小僧めが、このワガハイの脂肪をそんな豆鉄砲で貫けると思うたか!! 笑わせるな!」

「ハッ・・・・・・やはり拳力者に銃なぞ効かないか」


 椅子に腰を深く沈めていたフォアグラが、とうとうゆっくりと立ち上がる。


「ワガハイの名はな、太古の珍味の名を冠しておるのだ。幾人もの人々を支配し、その頂点に立つ者に相応しい名だろ? ワガハイはな、そのフォアグラをいつかこやつらに栽培させるのが夢なのだ」

「・・・・・・フォアグラは肉料理だよ、阿呆が。んなことも知らねぇでフォアグラを名乗るんじゃねぇ」


 フォアグラの眉間が、ピクピクと震える。

その額に血管が浮き出る。


「小僧! ワガハイを愚弄するか! たかだか野良犬の分際で、このワガハイを・・・・・・!!」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ、デブ・・・・・・!!」


 銃を投げ捨てて、拳を握り固める。

幼い時のような弱々しい手ではない、鍛え抜かれた傷だらけの拳だ。


 床を蹴って跳躍し、オレの身長と同じくらいの大きさの顔に迫る。

それを見てフォアグラは呆れたように吐き捨てた。


「なんだ捨て身か・・・・・・。キサマごときの矮小な拳がワガハイに届くはずなど・・・・・・」

「が、届くんだなこれが」

「ふぎ・・・・・・!?」


 舐め腐ったそいつの顔面に、渾身の打撃をお見舞いする。

その衝撃は波となって頬の脂肪に伝わり、そしてその奥、口内に並んだ歯を打ち砕いた。


「ふぎぃぃぃいうぁぁあぁあ・・・・・・!?」


 フォアグラがその巨体に似つかわしくない速度で吹っ飛ぶ。

その足は地を離れ、壁に激突し、それを突き破って外まで放り出された。


 女たちは唖然と壁に空いた大穴と、そこから見える落下していくフォアグラを見つめている。

オレはそいつらに背を向け、壁の大穴から外に飛び降りた。


 外に身を投げ出すと、フォアグラの落下の衝撃で砂塵が舞い上がるのが見える。

その凄まじい振動は、空中にいるオレにすら伝わって来た。


 よたよた頬を押さえながら立ち上がるフォアグラの正面に着地する。

日の下に晒されたその醜悪な顔は、衝撃に歪み血を流し、さらに酷いものになっている。


「ハッ、いい顔だな、フォアグラ。拳力者が聞いて呆れる」

「・・・・・・キサマッ! その拳力、一体何者だ!! このようなことが許されるとでも・・・・・・!!」


 唾と血と欠けた歯を吹きながら、フォアグラが無様に喚く。

答えてやる義理は当然無いが、冥土の土産に答えてやった。


「あんたらの横暴、理不尽、尽きることのない餓えが生み出した怪物だよ。この拳力はお前らを一人残らず殺すためだけに鍛え上げた」


 オレの岩石の如く硬く重い拳に宿るオーラ。

洗練された肉体から滲み出るエネルギー。

それが拳力だ。


「バカな! 体づくりの基本は食事! だのに満足にメシにありつけないキサマがワガハイの拳力を上回るなど・・・・・・!!」

「んなこたどうでもいいんだよ!! 分かってんだろな? お前が言ったことだぞ、欲しけりゃ奪えってな! その魂、しっかり清算させて貰うぞ!」


 再び拳を硬く握りしめる。

やっと、やっとだ。

やっとこいつらを殴れるんだ。


 待ち侘びたこの瞬間。

歓喜の瞬間。


「ワガハイを殺す? ワガハイが死ぬ? バカな! あり得ない! どれだけワガハイが食らって来たと思っている! それも立派なミカド種を! ミカド野菜で育てられたミカド肉を! 贅沢のかぎりを尽くし、この肉体を手に入れたのだ! ワガハイがキサマに負けるなど、あり得ないィ・・・・・・!!」

「だから! 今、試すんだろ・・・・・・」


 拳に力を込めて迫る。

フォアグラも怒りのままに、オレの拳を同じく拳で迎え撃つ。


 衝突。

それに次ぐ衝撃。


 爆ぜた空気が村中に轟き、吹き荒れる風が近くの家の屋根を吹き飛ばす。

そして・・・・・・。


「バ、カな・・・・・・」


 拳力同士の苛烈なぶつかり合いの末、倒れたのはフォアグラだった。

だらしなく開いたままの口から、血液が溢れ出す。


「けっ、一昨日来やがれってんだ・・・・・・」


 その死体を背に、歩き出す。

フォアグラを倒した今、この村ですることは後一つだけだ。


 フォアグラとの決着を見届けた、あの門番の兵士に声をかける。


「おい」

「ひ、ひィッ・・・・・・!?」

「んなにビビらなくたっていいだろ。頼みがあんだよ。ここで栽培してるミカド種、全部オレのところに持って来い」

「は、はいぃぃ・・・・・・ッ!」


 全身ガックガクに震えてる門番は、慌ててオレから逃げるように駆け出す。

だがあそこまで怯えてるようならまず間違いなく言う通りにしてくれるだろう。


 しばし待つ。

村全体の作物を収穫して来いと言うのだから、まぁ時間がかかるのは無理もない。


 そして、退屈な待ち時間を過ごすオレの元に現れたのは・・・・・・あの門番でなく、今朝助けた少女だった。


 その少女は疑うような眼差しでオレを見上げてくる。


「あ、あなたも・・・・・・結局食べ物が目当てだったの?」


 その声は、恐れから震えていた。


「ふん、だったらどうだってんだ・・・・・・」

「だ、だって! あなたは、食べ物は分け与えるべきだって! 独り占めするものじゃないって言ってた! なのに・・・・・・!」

「・・・・・・」


 なるほど、たしかに言った。

確かにこの少女の前だった。


 となると、まぁオレの振る舞いは矛盾したものに映るわけだ。

そのバカげた理想とは。


「・・・・・・意外と話聞いてんだな」


 少女の失意の眼差し。

それを無言で受け止める。

そして、全ての作物が到着するのを待った。


「・・・・・・これで全部か?」

「ま、間違いない・・・・・・はず、です・・・・・・」

「そうか、ならいい・・・・・・」


 眼前に積み重なる多彩な作物。

その一つ一つが小さいものでも二メートル、大きいものなら十メートル以上あるのだから壮観だ。


 大破した収穫者の塔に寄せ集められたミカド野菜。

オレはその山によじ登る。


「・・・・・・?」


 その行動の意図が理解出来ない人々は、訝しげな表情でそれを眺めていた。


 積み重なる異常な大きさの野菜たちの山。

その頂点で、オレは拳を握りしめる。


 これが、オレの弛まぬ鍛錬が生み出した奥義。


「豊穣の拳・・・・・・!!」


 振り下ろした拳で、ミカド野菜を打ち砕く。

一撃をもって粉々に吹き飛ばす。


「な・・・・・・!?」


 人々はそれに驚きの表情を浮かべた。


「何をする! あろうことか、作物を破壊!? 我々を舐め切っている!」


 爆発する怒り。

伝播する熱。

奪われ慣れてしまっている彼らも、この冒涜的な態度は見過ごせないのだろう。

だが・・・・・・。


「待って・・・・・・!!」


 この事態に声を張り上げるのは、例の少女だった。


「ほら、見て・・・・・・彼の拳と地面が触れた箇所、緑が広がり始めてる。この枯れた大地に、こんな一瞬で!」


 少女の一言に、人々はその変化に気づく。


「これは・・・・・・」


 そしてその理解を超えた異様な光景に押し黙るのだった。


 少女の勇気を称えて、ネタバラシをする。


「ミカド因子・・・・・・その力によって異常な生命力と成長能力を持ったミカド種。だが当然その生命力は大地から来ている。そう、ミカド種は土地を枯らすんだ。だから拳力者たちもミカド種の連作をしない。連作障害、枯れた地では何も育たないということだ」


 そして・・・・・・。


「オレは今一度、その生命力を地に返した」


 説明を終えて、少女の方へ、集まった村人たちの方へ視線を向ける。


「だから、育てろ。耕せ。これからは、お前たち自身が食うためにだ。分け合え、幸せをその歯で噛みしめろ。共に生きろ」


 オレの言葉に少女が目を輝かせる。


「やっぱり・・・・・・あなたは・・・・・・」


 存外、オレにはそういう眼差しの方が効くみたいだった。

その真っ直ぐさから逃げるように、足早にこの場を立ち去る。


 オレが去りゆくのを見て、少女もまたどこかへ駆けていくのだった。


 その行き先は確かめないまま、村の外を目指す。

やることはやった。

この地に生命力は戻り、また現れた拳力者も倒したのだ。

だから、オレは次なる目的地を目指さなければならない。

拳力者は一人ではないのだから。


 村の出口。

そこに待ち構える人影が一つ。

まだ小さな人影だ。


「先回りまでして、一体なんだってんだ。オレはもうあんたらに渡せるようなものは持っちゃいないよ」

「ち、ちがいます!」


 オレを待ち構えていたのは、またもやあの少女だった。

いや、まあ可能性として最も妥当だったのも彼女なのだが。


「あの、これ・・・・・・。持って行ってください。食事は、分け与えるものだから」


 その手に握られているのは、新鮮な野菜の葉。

だがそれだけではない。

その中から覗くのは・・・・・・。


「・・・・・・!? これは・・・・・・! この村では米が採れるのか!?」


 三つの、小ぶりな握り飯。

素朴な、それでも艶やかな白米だった。

だが・・・・・・。


「ふ、全部貰うわけにゃいかねぇよ。一個だ。一個だけ頂戴していく」

「はい・・・・・・!」


 それでも少女は、嬉しそうにその一つを受け渡した。


 受け取ってすぐに、それを頬張る。

決して大きくないそれ、二口で食べ切れてしまうそれを口に詰め込む。


 懐かしい味わい。

オレが初めて口にした食べ物。

奇しくもそれは握り飯だった。


「美味い」


 オレが錠剤を断ち始めたばかりの頃、餓えて死にそうなオレに一人の若い女が握り飯をくれたのだ。

その女の言葉を今でもはっきり覚えている。


『食物は、分け与えるものだから』


 そう、オレの言葉はその受け売りだ。

あの握り飯を食ってから、オレの中で何かが開いた。

広がった。


 だからオレは今もこうして食に手を伸ばし続けているのだ。


「ありがとよ、嬢ちゃん」


 親指に張り付いた最後の一粒を舐めとって、少女に礼を言う。

その少女の笑顔に見送られながら、今度こそ村を後にした。



 拳力者集会。

毎年最低一度は開催される、拳力者同士の会議だ。


 その場では、拳力者たちの栽培拠点の割り振りが決められる。

何しろ拳力者の力は強大、故に拳力者同士の衝突は望ましくないからだ。


 しかし、臨時で開かれた拳力者集会は今は別の話題を中心にしていた。


「わざわざこの高貴の間に御足労いただき感謝する。さて、私たちが共有せねばならない話題がある。耳の早い者は既に知っているであろうが・・・・・・フォアグラが死んだ。いや、殺された」


 蝋燭の小さな炎が、まるで糸のように目を細めた初老の男性の顔を照らし出す。


「なるほど。では、もてなしましょう」


 蝋燭の小さな炎が、妖艶な女性の顔を照らし出す。


「あらあら、下品なのが一人居ないと思ったら・・・・・・死んだのね。うふふ、なんでも痩せた狼に噛み殺されたらしいじゃない? ほんと滑稽ね。肉なんか食べてるから死ぬのよ」


 蝋燭の小さな炎が、ヒゲ面の大男を照らし出す。


「ガハハ、さしずめ餓えた狼・・・・・・餓狼とでも言ったところか。面白いやつだ。だが・・・・・・まぁワシには勝てんな」


 人数の割に広い部屋。

長いテーブルには高級な料理が惜しみなく並ぶ。

そのテーブルに上品な明かりを灯す蝋燭の火が、静かに揺れていた。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ