ヤバめの女に愛される
ここはかもめ女学園の寮のとある一室。
段ボールが積まれた部屋に一人の少女がいた。名前は桜井ひまり。高2。黄色の長い髪を下の方で二つに結んでいる。低い身長でせっせと部屋を片付けている。
「あれー、教科書どこに置いたかなー?」
片付けているつもりなのにどんどん散らかってしまう。昨日、この寮に来たばかりで明日登校日だ。今日は一日、片付けに徹しようと思っていたのだが、なかなかうまくいかない。
転校初日は気持ちよく登校したい。
「なんたってここには圭ちゃんいるからなー、圭ちゃん今どんな感じなんだろー!」
幼い頃ずっと一緒にいた圭ちゃん。人見知りで泣き虫で自分よりも身長が低かった。黒髪ボブの大人しい子。好奇心旺盛なひまりとは対照的な子だったが、二人は仲が良かった。
ひまりが小1のころに地方に引っ越してしまったが、両親が海外へ転勤になるのを機に何かあった時のために祖父母の家から近いこの学園に転校してきた。だが、祖父母も高齢でひまりが気を遣って寮を選んだ。
「わっ…とと」
とりあえず段ボールごとクローゼットの中にしまっておこう、と運んでいると足元に置いていた鞄に躓く。何とか段ボールをしまうと鞄から中身が出てしまっていた。
…あ。
「先生に渡さなきゃいけない書類あったの忘れてた…」
行かなきゃ。
学校指定の赤いワンピースの形をした制服着て部屋を出た。
寮の3階から降りて、外に出ると敷地は広大だった。生い茂る草花に流石私立…とひまりはキョロキョロと見渡す。
授業中なのか歩く人は全くいない。そして道を聞ける人もいない。職員室はどこだ。
「…、」
「……、」
おっ、人の声聞こえる!とわーい道聞ける!とひまりはスキップしながら声がした方へ向かう。
あそこの茂みの奥だ!と顔を出す。「すみませーん!道ききたいんですけ…」と固まる。
「…ん」
「……」
キスしてる。突然のことできゃー!と顔を赤くするひまりは思わず尻餅をついた。
キスしていた二人の女子生徒は離れると片方の黒髪のすらりとした身長の高い方は興味なさげにひまりを見る。
「わ、わー!ごめんなさい!そ、そんなつもりは…!
「別にいいよ。あ、まゆちゃんそろそろ教室戻った方がいいよ。自習終わる頃でしょ」
まゆちゃんと呼ばれた女子生徒は薄い茶髪で髪が長く身長が低い。おっとりとしてそうな子だった。彼女はそそくさと校舎に向かっていった。
「それで」と黒髪の生徒はひまりを見る。
黒髪の生徒はかっこよかった。
気だるそうなジト目に赤い目。長い黒髪を後ろで一つ縛っている。後何故かワンピースじゃなくてスボン履いてる。
「男…?」
「女だけど」
「ふうん…?」
「それよりさ」
ずいと顔を近づけられる。わあ、整ってる美人〜と呑気に思うひまりを彼女は怪しげに見つめる。
「ひまり…?」
「ん?名前言いましたっけ?」
「…!ひまり…!」
ぱあ、と顔を明るくするとその女子生徒はひまりを抱きしめた。へ!?と驚くひまりは離れようともがくが力が強くて敵わない。
え、え!?何この人!
「ひまり〜!会いたかった…!」
「だ、誰かと勘違いしてません…!?」
「僕だよ、圭だよ!」
「え!」
圭ちゃん!?と目を丸めるひまり。面影が…あるようなないような!という反応をすると圭はぷは、と笑ってまたぎゅっと抱きついた。
「こっちに来るんだったら連絡してくれれば良いのに」
「驚かせようと思って!わー!大きくなったね!」
「ひまりはやっぱり小さいね」
「どういうことだ、」
おいこら、とひまりはむっと怒ると圭は気にしてないのか頭を撫でると呟いた。
「よかった」
「?」
「制服きてるってことは転校してきたの?」
「うん!これから毎日会えるね!」
「ふふ、そうだね」
「そういえばさ、さっきの女の子は彼女さん?」
「違う」
「そ、そうなの?」
即答した圭にひまりはたじろじながら返事する。キスしてたのに彼女さんじゃないんだ…じゃあなんでキスしてたの!?と不思議に思う。そんなひまりを見た圭は目線を逸らしてうーんと考えてから言った。
「キスしてくれたら諦めるって言われたから」
「…あの子は圭ちゃんのこと好きだったの?」
「多分」
「圭ちゃん…結構チャラくなった?」
「?なってないよ、昔と変わらない」
「そ、そうかなあ…」
「ひまりも」
圭はひまりの耳の横に流れる髪を触りながら頬を手の甲で撫でる。
「ひまりも変わらないね」
「えー!そう?結構変わったよ!身長とか高くなったし、性格も大人しくなったし…」
「うーん」
「何その反応!」
あははと笑うひまりに圭は楽しそうに目を細める。するとひまりはあることを思い出して「あ!」と大きな声を出す。
「圭ちゃん職員室どこ?」
「職員室?」
「先生に渡さなきゃいけない書類あるんだ〜」
「じゃあ一緒にいこっか」
「…」
「どうした?」
「今授業中じゃないの?」
「そうだよ?」
むっとひまりは圭を見ると圭はあははーと笑うだけ。
「授業サボるのだめだよ!」
「はいはい」
やっぱり圭ちゃん少し悪い子になっちゃったのかな…昔はこんなことするような子じゃなくてもっと真面目な子だったんだけど…とひまりはしょんぼりする。
昔の良い子だった圭は人の気持ち踏み躙るような子でもなく授業をサボることもなく、宿題もきちんとやってきていた。
何年も会ってないと人はこんなにも変わってしまうのか。
ちょっぴり寂しいひまり。
てくてくと職員室に向かっているとふと疑問に思うことがあった。
「圭ちゃんから手を繋いでくれるの凄く珍しいね」
いつの間にか手を繋がれていた。ひまりはスキンシップ激しい方だから気にしないが、昔の圭は全くと言って良いほどしてくれなかったのでつい気になってしまった。
「うん、後悔したからね」
「?何の?」
「ひまりにもっと触れておけばよかったって」
「???」
ひまりはよくわからず首を傾げるが圭は微笑むだけ何も答えてくれなかった。
すると遠くからチャイムの音が鳴った。授業が終わったのだろうか。
やがて校舎が見えてきたが、扉がなく窓だけだ。どこから入れば良いのかわからない、と立っていれば圭が当たり前のように窓を開けた。
よっこいしょ、とあろうことかその窓から入ろうとした。
「ほら、ひまりもおいで」
手を差し伸べられる。小さい頃よく自分が圭にやっていたことだ。
ひまりは戸惑いがちに手を差し出すをぐい、と引っ張られた。わっ、と驚くか圭が上手く抱き抱えた。
圭ちゃん、大きくなったなあ、としみじみと思う。
「あ、一ノ瀬さんだー!」
「さっきの授業サボり?いけないんだあ」
「きゃー!一ノ瀬さん!」
一ノ瀬とは圭の苗字だ。
きゃっきゃと女子生徒が集まってくる。皆、圭と話したくてしょうがないらしい。
その様子を見てひまりは人気者なんだ…驚く。昔はどっちかというと人見知りであまり人とは話さない子だったから。
「一ノ瀬さん、その子は?」
「ん?この子はひまり、僕のー」
圭は後ろからひまりに抱きつくと笑顔で言った。
「彼女」
「へ!?!?」と驚くひまりに重なるように周囲の女子生徒が「えーーーー!?!?」と悲鳴に似た叫び声を出す。
「何それ何それ聞いてないよ!?」とひまりは青ざめて抗議すると圭は肩に手を置いた。
「ち、違うよね!?友達って言おうとしたんだよ、んっ」
「んー」
喋っている間にひまりの頬に手を添えるとそのまま彼女にキスをした。目を見開くひまりに圭はにっこりして唇を離さない。
暫くして離れると嬉しそうに頬を赤く染める圭がいた。
「ひまり、2回目だね」
「…」
「ひまり?」
「き」
「きゃああああーー!!!!」とひまりは顔を真っ赤にして廊下を逃走した。
残された圭はぽかんとした後、「そっちは職員室とは真逆なんだけどなあ」と呟いた後ゆっくりと立ち上がってひまりを追いかけた。
「ひまりー」
ガラッと空き教室を開けるが誰もいない。しかし圭はつかつかと入っていくと「ひまりー出ておいでー」と彼女の居場所はわかっているようだ。掃除用具入れの扉を開けるとひまりがすっぽり収まっていた。ひまりを見つけると圭は優しい声色で「おいで」と手を差し伸べる。
「昔は喧嘩した時よくそうやって狭いところに入って行ってたけど今も変わらないんだね」
くすくすと笑う圭にひまりはむすと怒っている。
「彼女だって嘘ついたの怒ってるからね…」
「ごめんごめん」
「ちゃんと反省してる?」
「でも…」
「わっ」
腕を引っ張られてひまりは掃除用具入れから出て圭の腕の中に入る。きょとんとした目で圭を見つめると、彼女は小さく微笑んだ。
「いつか本当になるから楽しみ…」
圭は人気者だった。その中性的な見た目と誰でも受け入れる懐の深さで女子の恋心を奪っていった。でも本人は受け入れはしても他人の恋心などどうでもよく、でも雑に扱わないところがまた良くなかった。更に彼女に惚れる女子が現れた。諦めても諦めきれないと。
キスしてと言われれば誰とでもした。
そう呆れたように圭の友人から話を聞けばひまりは絶句した。その様子に友人は「呆れるでしょー、あいつの幼馴染みたいだけどあんまりあいつに近寄るのはお勧めしないよ」と言った。
そのクラスメイトは他の友達に呼ばれるとじゃあね、と去っていった。
今日は転校初日、圭と同じクラスだった。
「(近寄るのお勧めしないって言われてもなあ…)」
「ひーまり!」
後ろからぎゅーっと抱きしめられる。後輩から呼び出しに帰ってきたみたいだ。
どさくさに紛れて頬にキスされるとすぐ離れて隣の席に座った。
「ひまりと隣同士なんて運いいなあ…」
「クラスメイトから聞いたよ、勝手に席移動したこと」
「何のことやら」
じと、と圭の方を見るが圭はニコニコして全くどうしてない。
「はあ…私も圭ちゃんと隣同士になれて嬉しいからいいんだけどさ」
「うんうん」
「…あんまり女の子を弄んだらダメだよ」
「へ?」
「クラスメイトから聞いたよ。好きでもない子とキスしたり付き合ったり」
「…」
変なことに巻き込まれないか圭ちゃんのこと心配だよ、とひまりは言うと圭は少し俯いた。言い方きつかったかな、とひまりは不安になって言い直そうとすると「なら…」と圭が口を開いた。
「もうしない」
「!ほ、ほんと?」
「ひまりが僕と付き合ってくれるのならもうしない」
「え、え?」
なんでそうなるの?とひまりは目を丸めると圭はパッと顔を明るくして「冗談!」とあっけらんに話した。
「ひまりのこと不安にさせたくないかもうしないよ」
「本当!?よかったあ」
「ひまりは相変わらず優しいなあ、可愛いなあ」
「ふふ、圭ちゃん」
ひまりはへにゃりと微笑んで嬉しそうに言う。
「大好き」
その瞬間、圭は顔を真っ赤にして冷や汗をだらだら流した。だ、大好きって言われた告白された…いや告白じゃなくてこれは友達として…ああでも嬉しい。
「今夜私の部屋で沢山お話ししよーよ!」と誘われて浮き足だってしまうのは仕方ないこと。
そんな浮かれている圭といるひまりを怪訝そうに見る女子がいた。一部の圭のことを心酔しきっている生徒たちだ。ひまりにべったりな圭をみて驚いた。あの誰にでも愛想を振り撒いて、誰にも興味のない圭が特定の女子を溺愛している。
そんなの面白くない、最悪。
「桜井さんってぶりっこ?」
下駄箱で名前の知らないクラスメイトに話しかけられた。
ぶりっこ…?と頭の中に入れて理解するのに数秒かかった。
「ぶ、ぶりっこに見える…?」
「あ、私が言ったわけじゃないのよ?友達が言っててえ」
「へ、へー」
私ってぶりっ子だったのか…!直さなければとひまりは思う。
「でもほら、一ノ瀬さんは小さくて可愛い人好きなのよねえ」
「え?」
「誰とでも付き合うっていってもね、身長が低くて可愛い系の人とばかり付き合ってたのよ?」
桜井さんもその部類ねえ、あ、もしかして一ノ瀬さんのこと好きだった?ぶりっこのままでいたら付き合えるんじゃない?短い間はと色々言われた。
ひまりはぽけー、としながら寮に向かう。部屋に入る。鞄を置いてベットに座る。
「(圭ちゃん、可愛い系好きなんだ!)」
新事実発見!夜は恋バナしよーっとワクワクするひまりはぶりっ子と言われてもそんな気にしてなかった。
とりあえずまだ段ボール残ってるから片付けよ。
数分後、ドアがノックされる。圭ちゃんだ!と駆け足でドアを近づいてドアを開けると圭がニコニコして立っていた。
「段ボールまだあるけど入って入って!お菓子あるよ!」
「うん、お邪魔します」
ひまりの部屋…と圭は横目で色々部屋を隈なく見る。まだ所々段ボールがあって片付け途中らしいが、ベットにぬいぐるみが置いてあったり、机の上に可愛い模様の文具だったりと、昔から可愛いもの好きは変わってないらしい。
ああもうひまり可愛い早く食べたい。
足の間にひまりを座らせると自然なに流れて後ろから抱きしめたり頭を撫でたりとひとしきり愛でる。
「明日、圭ちゃんの友達紹介してよ!」
「え?」
「今日ね、私から色んな子に話しかけたんだけどすぐどっかいっちゃうの」
何でだろーとローテーブルに置いてあるお菓子を食べるひまりに圭は「…」と黙る。
「あ、でも圭ちゃんのこと話してくれた子いたな。あの子と友達になりたいな」
「うん、僕から話しておくよ」
「ほんと!?ありがとう!」
本当は嫌だなと思う。ひまりと仲良くするのは僕だけでいいと思う。でも彼女が友達が欲しいというのなら叶えなくちゃ。
それからひまりはよく圭に質問した。会えてなかった間のこと。今までどんな人と関わってきたのかとか普段何してるのかとか。
圭は綺麗なところだけを答えた。
好きな人には綺麗なところだけを見て欲しいから。
「そういえば、圭ちゃんはちっちゃくて可愛い子好きなの?」
「え?誰から聞いたの?」
「クラスメイトから聞いたの!そういう子とよく付き合ってるとかなんとか…なんか他に色々言われたけど忘れちゃった」
「…」
恋バナに目を輝かせるひまりに圭は余計なことを…と思う。他に何を聞いたのだろうか。
「そういえば、ここで初めて会った時もちっちゃくて可愛い子といたよね!」
「…」
「ああいう子がタイプなの?あ、でも取っ替え引っ替えするのはよくないよ?」
「…」
「そうだ!そろそろ本命の子作ったらいいんだよ!そしたらそんなことする必要ない…」
「ひまり」
とん、と肩を押されて床に背中がつく。押し倒された形になってひまりは驚くが圭は何だか困ったように微笑んで、寂しそうだった。
「そうだよ、ちっちゃくて可愛い子大好き」
「そ、そうなんだ…?」
「ひまりもちっちゃくて可愛いから好き、タイプだよ」
「あ、ありがとう…?」
「…」
「…け、圭ちゃん?」
「…ひまりと離れた後もひまりのことが忘れられなくてひまりに似た子と遊んできたけどもうそんなことしなくていいと思うと嬉しくて仕方ない」
「え」
何を言ってるの。
圭が幸せそうに顔を近づけてくる。ちゅーする気だ!とひまりは顔を赤くして手を前に出して阻止しようとするがどんどん近づいてくる。
「ねえ、初めてキスした時のこと覚えてる?あの日が忘れられなくてずっとひまりのこと想ってた」
「え、えと…」
太陽のように明るいひまりと人見知りな圭。圭はずっとひまりにひっついていた。
どこにいくにもひまりについていく。
しかし、ある日、クラスメイトの男子がひまりのことが好きだと圭は噂で聞いてしまう。
放課後、一緒に下校しているひまりに圭は不安になりながらも聞いた。
「ひ、ひまり、あのさ」
「んー?どうしたの?」
ブンブンと拾った木の枝で道路を叩くひまりは反対の手で圭と手を繋いでいる。
「だっ、誰かは知らないんだけど…ひまりのこと好きな男の子いるんだって…」
「え!誰だろー!誰が言ってたの?」
「え、えと」
嬉しそう、どうしよう。圭は青ざめて軽くパニックになる。ここで名前言えばひまりはその子に聞きにいくだろうから、絶対言いたくない。
圭もひまりのことが好きだった。
「こ、告白されたらどうするの…?」
「えー!どうしよう!仲良かったら付き合っちゃおうかなあ、えへへ」
「だ、だめ!!」
大きな声を出した圭にひまりはびっくりして木の枝を落とした。カランカランと音がして暫く沈黙が流れる。それにハッとした圭は冷や汗をダラダラと流して弁解する。
「だ、だめだもん!ひまりは付き合っちゃだめ!」
「な、なんで?」
「何ででも!わ、私だってひまりのことす、好きだもん!絶対だめだもん、そしたら私…」
「…」
弁解するつもり告白してしまった。ぽろぽろと涙を流す圭をひまりは優しく抱きしめると「よーしよしよし」と頭を撫でた。
「わかった!圭ちゃんがそこまで言うのなら付き合わないよ!」
「ほ、ほんと…?」
「うん!ほらー、泣き止んで?」
「う、うえっ、ひまり大好き…」
「私も圭ちゃんのこと大好きだよ!」
圭の好きをよくわかってないひまりは私達仲良し!と思っていた。
付き合わないと言ってくれたのが嬉しい、けど自分が情けないと涙が止まらない。
するとひまりが圭にキスをした。
すぐ離れると圭はぽかんとして泣き止んだ。
「元気が出るおまじない!ママもよくしてくれるんだあ」
ひまりにとって何気ない行動だった。現に今のひまりは全く覚えてない。
それでも圭の心を独り占めしてしまった。
その日から彼女はひまりのことが好きで好きで仕方なかった。大好きで、ずっと一緒にいたい。
なのに、ひまりは引っ越してしまった。
「悲しかった。ひまりが遠くに行ってしまって。でも嬉しい、また戻ってきてくれて」
「う、うん」
圭の様子がおかしい。ずっと黙っていたと思ったら話し出した。
ひまりの頬を撫でるとしっとりとした表情で言う。
「ひまり、大好き。もうずっと好き」
「あ、ありが」
「だから今から抱かせて?」
「へ!?む、無理だよ!」
「どうして?ひまりに似合う人になる為に色々努力してきたのに。まだ足りない?何が足りない?」
「ち、ちが…!」
顔を真っ赤にさせるひまりに圭は迫る。
大好きなひまりの部屋で彼女を押し倒してる事実、興奮して仕方ない。
ひまりは言うか迷った挙句、小さく呟いた。
「お、女の子同士で出来るの…?」
その台詞に圭はぽかんと口を開けると暫く固まった。
ぶあ、と顔を赤くして明るくさせるとひまりに抱きついた。「わあ!」と驚くひまり。
「そうだよねえ!ひまりは何もかも初めてだからわからないよね!」
「け、圭ちゃん?」
「大丈夫、一つずつ、ゆっくり教えてあげる。ふふ、楽しみ…」
ちゅ、とひまりと唇にキスをすると圭は満足そうに微笑んだ。
校舎から少し離れた体育倉庫に数人の女子生徒がいた。電気がついておらず、暗い。小さな窓から差す太陽の光だけで照らされるそこに圭はいた。
「ひまりにこれ以上余計なことを言わないくれるかな」
それはとても冷たい声色だった。
圭の目の前三人の女子生徒がいる。ひまりのことをよく思ってない生徒たちだ。
「あんまり遊んでたことをひまりに聞かれると飽きられるからさ、」
ひまりに嫌われたら生きていけない。
そんなこと言われたら、泣いて縋り付く。
「い、一ノ瀬さん…」
女の子達は怪我を負っていた。圭がつけたものだ。怯えた表情で彼女を見ているが、圭は罪悪感なんてなかった。
「僕、ひまりのこと好きなんだよね。折角出会えた本命の子に嫌われたくない」
「…ほ、本命」
「そうだよ、だから君達とももう遊ばない」
「ま、待って!本命じゃなくていいから私と…!」
「やだ」
即答されて女の子達は青ざめる。捨てられた、と。
圭は面倒そうに言った。
「君達と関わってひまりとの時間減らしたくないんだよね。今だってひまりに凄く会いたいのに」
それじゃ、と圭は倉庫から出ようとすると「待って!」女の子は立ち上がって圭を追いかけて縋ろうとして圭の腕を掴もうとした。しかし、圭は振り払った。
そのまま圭はその女の子を睨んで手を伸ばしたが、その時ポケットの中のスマホが震えた。通知。
「もしもし?ひまり?」
圭は嬉しそうに通話に出ると『先生きたよー、戻っておいで〜』とひまりの呑気な声が聞こえた。
授業はちゃんと出ないと。
「うん、戻るよ。…ああ、ひまり」
『ん?何?』
「愛してる」
『もー、すぐ口説くんだから!授業始まっちゃうよ!』きっと顔を真っ赤にしせてるであろうひまりを想像して顔が緩む。
通話に切って「ああ、そうだ」と女の子達に冷たく向き直る。
「ひまりとは仲良くしてね」
「へ…?」
「僕のひまりには親切に優しくして。余計なこと言ったり酷い態度取ったら承知しない」
わかった?と圧をかけると女の子はぎこちなく頷いた。
圭は教室に戻ると授業開始のギリギリ直前だった。席に着くと教師は席そこじゃないよな…と思いつついつも授業をサボる問題児なのでスルーした。
圭は隣の席のひまりをじーっと見つめると、ひまりに気づかれた。ひまりがにこりと微笑んで「どうしたの?」と聞くと圭はへにゃりと微笑んだ。
「しあわせ」
これからずっと好きな子といられるなんて幸せで仕方ない。
明日も明後日も沢山話して触れられますように。