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神様に愛された私たち  作者: シルヴィア


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騎士と婚約③

「……何?」


 それは驚愕なのか威圧なのか。

ヴィクトールは低く唸るような声を響かせると、鋭く射貫くような視線をルーカスに投げかけた。

途端、体がぴりっと強張り、無意識に息を呑む。


「何をおかしなことを。お前自身が騎士であったのにか」


「はい」


「長年帝国の為にその身を削り、騎士とは何たるかを多くの者達に示し続けてきたお前が、騎士とは結婚させられないと……そう言うのか」


 失笑混じりに放たれた言葉。

騎士の家系に生まれ、今や帝国の騎士団総長(グランドマスター)まで上り詰めた彼からすれば、騎士とは誇り、否、人生そのものだろう。

そしてルーカス自身もまた、彼の言うように骨身を惜しまず騎士として生き抜いてきた。

だからこそ先に紡いだ言葉は、決して騎士を否定しているわけでも貶しているわけでもない。


(だが、それでも……)


 ルーカスは隣に座る妻の視線を微かに感じつつ、一呼吸置くと、ゆっくりと口を開いた。


「だからですよ。お分かりになりませんか?」


 貴方ならきっと理解してくれるはず。

ルーカスはゆっくりと片手を膝から離すと、そのまま自身の左目の眼帯にそっと触れた。 


「……()()()から、マリーと二人で決めたのです。……娘には、フィオナにだけは、我々のような辛い思いをして欲しくないと」


「……っ」


 鋭く射るような黄金色の瞳は、一瞬にして憂い気な色を滲ませると、次第にその圧を和らげていく。


「誤解のないように言わせていただくと、俺は今でも騎士であった自分に誇りを持っていますし、マリーも同じ気持ちです。なので、そうですね……これもいわゆる親のエゴ、なのかもしれませんが……」


 ルーカスはふっと目元を緩めると、口を噤んだまま微動だにしないヴィクトールに向かい頭を下げた。

これでどうかこの件は終わりにして欲しい。

自分なりの謝罪と懇願の意を表し、頭を下げたまま返事を待つ。

それは一瞬とも永遠とも感じる時間。


「……フィオナは……フィオナ自身は騎士をどう思っているんだ」


(……は?)


 不意に紡がれた言葉に、がばっと顔を上げる。

何故今ここで娘が関わってくるのか。


「閣下!たった今、我々の気持ちをお伝えしたばかりではありませんか!」


「お前達の、はな。だが肝心の当事者の意見をまだ聞けてないだろ?……なぁ、フィオナ。君は騎士をどう思う?」


(ここまで話の通じない人だっただろうか!)


 ルーカスはやけに食い下がるヴィクトールに痺れを切らすと、この場から娘を退席させようと立ち上がった。

しかし不意に横からくいっと服の裾を引かれ、振り向けば、そこには首を横に振るマリーの姿。


「ちょっと落ち着いて」


「これが落ち着いていられるか」


 どういうわけだと怪訝な面持ちで見つめ返すも、マリーはただただ首を横に振るばかり。

気付けばフィオナとヴィクトールも会話を止めこちらに視線を向けるものだから、ルーカスはぐっと拳を握り締め、ひとまずその場にゆっくりと腰を下ろした。


「ね、ちょっとだけ、時間をちょうだい」


 まるで子供をあやすように、マリーの手のひらがポンポンと優しく背を叩き始める。


「……分かったから。頼む。恥ずかしいからそれを止めてくれ」


 優しく細められたローズクォーツ色の瞳を見つめながら、小声で懇願をする。

普段このような場では滅多に口を挟むことのない彼女が、珍しく自分の思いを主張した。

彼女なりに何か考えがあるのだろうかと、ルーカスは悩みながらもひとまずこの場を見守ることにした。


「話を続けてもいいんだな?」


「……はい」


「では遠慮なく。……さて、フィオナ。先程の質問だが気軽に答えてくれて構わない。騎士を好きかどうかと問われれば、君は何と答える?」


「それはもちろん、大好きです!だって、お父さんが騎士だったから!」


「そうか。……おい、聞いたか?お前が騎士だったから好きなんだと」


「……どうも」


 本来ならば、「だからそれが何だ」と即答すべきなのだろうが、いかんせん娘に大好きと言われて嬉しくない父親がどこにいるだろうか。

ルーカスは心の中で混在する喜びと焦り、そして困惑の複雑な感情を押えようと、大きな溜め息を吐いた。


「そうか、フィオナはお父さんが騎士であったことを知っていたのか」


「はい。お母さんがアルバムを見せてくれて、『この国が平和なのは、お父さんのような騎士達のおかげなのよ』って、いつも話してくれたから……」


「そうかそうか……」


 ヴィクトールはやんわりと目元を緩め、満足気に頷くと、「それじゃあ」と人差し指を立てた。


「もしもフィオナの前に突然お父さんと同じくらい強い騎士が現れて、結婚をしてくださいとプロポーズをしてきたら、どうする?」


「えぇっ??」


 途端フィオナは両手で頬を挟み、熟れた林檎のように耳まで紅潮させると、上手く言葉が出てこないのか押し黙ってしまった。

そのあまりにも愛らしい所作に、マリーから小さな笑い声が漏れると、一瞬にして重苦しい空気はふんわりと軽いものへ変化。

ヴィクトールもまた鋭い双眼はどこへやら。

まるで実の娘を見守るように、慈しみ溢れた穏やかな瞳でフィオナを見つめていた。


「本当にお前の娘かと疑うくらい可愛いなぁ……。そうか、フィオナは騎士に好意的なんだな」


「……見ろ、マリー……益々断り辛くなったじゃないか……」


 娘の愛らしい姿に一瞬論点を忘れかけたが、ふと我に返り、妻を横目に眉間に手を当てる。

しかしマリーはルーカスとは相反して穏やかな笑みを浮かべると、再びその背を優しく撫で始めた。

だからそれは止めてくれと言いかけるも、マリーの視線はすでにフィオナへ向けられており、口を挟む間もなく心の内を語り始めた。


「私もね、これまではずっとフィオナの為だと思ってきたわ。でも肝心のフィオナの気持ちを、私達はこれまで一度も聞いたことはなかったでしょ?」


「当たり前だろ。まだ七歳だぞ?」


「えぇ、そうね。もう七歳なのよ」


 一瞬ぐっと言葉を呑み込む。

自分にとっての七歳と、妻にとっての七歳。

すでにここで認識のずれが生じていたとはと、内心驚く。

だが今ここで重要なことは年齢云々ではない。


「マリー……。君はフィオナが騎士と結婚をしても構わないと思っているのか?もしも、もしもそれを許したとして、いつの日かフィオナもまた君と同じような辛い思いをするのだとすれば……俺は、過去の俺を許せない」


 だからどうか、今はただ、あの日の二人の気持ちを思い出して欲しい。

ルーカスは心なしか揺れて見える紅水晶の瞳を一心に見つめ、切望した。


「……正直言うとね、もしもフィオナがそれでも良いって、それでも結婚をしたいって望むなら、私は構わないと思ってるの……。だって、私がそうだったから……」


「……っ」


 瞳を潤ませ、けれど花がほころぶような笑みを浮かべるマリーの前で、ルーカスはもう、何も言葉が思い浮かばなかった。


「それにね、そもそもジークフリート君がフィオナを選ばなければ、この話はそれでお終いでしょ?彼の性格上、断わる確率の方が高いわ。だからそんなに難しく考えないで……ね?」


「それは……そうなんだが……」


 確かにこれまでの話を聞く限り、まず間違いなく彼はこの縁談を断るだろう。

それに当事者がこの場にいない状況であれこれと押し問答を続けても意味がない。

ルーカスは背に触れる手のひらの温もりを感じながら、「はぁ」と息を吐くと、改めてヴィクトールに向き直った。


「今の段階で俺からは何もお答えできません。見ての通り、夫婦間でも意見の相違があるようですので、この件は一旦保留とさせて下さい」


「あぁ、もちろん。恩に着る」


(何故この状況で感謝されるのだろうか)


「ですのでくれぐれも、勝手に話を進めないで下さいね」


「あぁ、心得た」


 喜色満面に返事をするヴィクトールに対し、一抹の不安を覚えるも、取り敢えずこの件はここで終わり。

後は彼の息子から断りの連絡を待つだけだろう、とルーカスはひとまずほっと胸を撫で下ろした。

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