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神様に愛された私たち  作者: シルヴィア


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騎士と婚約②

「お前達、次男のジークフリートのことは覚えているか?」

 

「……えぇ、覚えていますよ」


「そうか。確かお前達が帝都を離れた時は五歳だったが、今年で十三の歳になる。妻に似て端正な顔をしているが、体躯はそれに似合わず男らしくてな。勤勉家で頭も良いし、何と言っても剣術の才が秀でいる。ほら、お前達も知っているだろう?史上最年少で帝国騎士団に入団という情報を」


「えぇ。正直、驚きました」


「だろう?その上、このままいけば次は帝国史上最年少のエキスパートランクの剣士になると私は踏んでいる」


 ジークフリート。

自分と婚約を交わすかもしれないヴィクトールの息子の名前。

上機嫌に声を弾ませ紹介されたその内容は、いささか大袈裟に聞こえなくもない。

けれどフィオナはその瞬間、彼の名を心に刻んだ。


「閣下。つまりは今お話になったご自慢のご子息とフィオナを婚約させたい。そう、仰っているのでしょうか?」


「あぁ、そうだ」


 ヴィクトールは饒舌に語り終えると、一息つくように、再び背もたれに深く体重を預けた。


「……ですが」


 やや間を置いて、ルーカスは怪訝な面持ちで隣に座るマリー、そして対面に座るフィオナへ視線を巡らせると、最後にヴィクトールの黄金色の双眼とゆっくり対峙した。


「ご子息の話を伺う限り、縁談にはそう事欠くこともないと思ったのですが、違いますか?」


「いや、まぁ、それはそうなんだが……」 


 言葉尻弱く、濁し始めたヴィクトールに対し、ルーカスは語気を強めて畳み掛けるように問い続ける。


「今日突然お見えになったのもこの為ですか?」


「いやいや、流石にそれは違う。今日お前を尋ねたのはまた別件だ」


「ではすぐにその別件とやらに参りましょう」


「おい、まだ話し始めたばかりだろうが」


「いいえ。もう結論は出ています」


「……はぁ~……お前、本当に娘が可愛くて仕方ないんだなぁ……」


「ええ。命よりも大切な娘ですから」


「まぁ……それは理解できる。それにしても……なぁ?いつまでもそんなんじゃ、将来困るのはフィオナだろうに」


 ヴィクトールは苦笑しつつフィオナを一瞥すると、次に視線を向けた先はマリーだった。

まるで自分の意図を汲み取ってくれるだろうとでも言うように、黄金色の双眼が一心にマリーを見据える。


「閣下、婚約の件は一旦置くことにしまして、本当はご子息について別に相談されたいことがあるのではないですか?」


 マリーは一呼吸置き、穏やかな笑みを浮かべると、落ち着いた声色で見事な助け舟を出した。

"婚約の件とは別に"という前置きが、実に母らしく抜け目がない。

するとヴィクトールは目を見張り、けれどすぐさま顔を曇らせると、ここに至るまでの経緯をぽつぽつと語り始めた。


 シュヴァイツァー公爵家の次男として誕生をした≪ジークフリート・シュヴァイツァー≫。

嫡子ではないとは言え、やはり各家門との縁は大切であるというヴィクトールの信念のもと、幼少期の頃から長男と共に社交場へ何度も出席をさせてきた。

当初は素直に参加をしていた彼だったけれど、数年前から突如、もう出席はしないと招待状を突っぱね始める。

困り果てたヴィクトールがその理由を問いただすと、自分は結婚というものに一切興味がないのだと言う。

確かに当時、様々な家門から縁談の手紙が届くも、だからといって無理強いをさせたことは一度もない。

加えてこれは縁談だけではなく家同士の繋がりだと、その後何度か説得を試みるも、ことごとく失敗。

そしてヴィクトールの願いもむなしく、現在では毎日のように届く縁談の封書を開封することなく返却し、暇さえあれば稽古場で一人稽古に明け暮れ、その合間を縫っては図書室に引きこもるという日々を送っているのだという。


「……とまぁ、表向きは家同士の繋がりだと説き伏せながら、何度か社交場へ引っ張り出そうと試みたんだが、まったくもって聞く耳持たずだ」


 話し終えたヴィクトールは呆れ顔で肩をすくめると、それはそれは大きな溜め息を吐いた。

けれどここまで静観を続けてきたフィオナには、何故ヴィクトールが暗い表情をしているのかさっぱり分からなかった。

簡単に話をまとめると、ジークフリートという人物は恋愛に興味がなく、稽古が好きで、そして自分と同じように本を好む男性ということになる。

けれどそれの何が悪いのか、無意識に小首を傾げてしまう。


「社交場と言いつつ実際は縁談目的の集まりですからね。結婚に興味がないと言っている人間からしてみれば、あの場は苦痛以外の何ものでもないでしょうね」


 経験があるのか、ルーカスは眉根を寄せ、あからさまに不快感を露わにすると、ゆっくりと腕を組んだ。


「やはり、そうなるのか……」 

 

「俺も似たような性格なので、ご子息の気持ちは全てとは言いませんが理解できます。ですので正直に言わせていただきますと、これ以上は何をしようが無駄だと思います。というか嫌われます」


「嫌……えぇ……」


「考えてもみてください。そもそもその歳で軍へ入団し、ましてやエキスパート目前。社交会だの恋愛だのに時間を割く余裕など無かったはずです。ならば今はただ、静かにその行く末を見守ってあげるべき時ではないでしょうか。なにより、若かりし頃の自分達はこうも立派であったか、と感服させらるご子息に対し、何を悩むことなどあるのでしょうか」


 ルーカスはふっと目元を緩めると、湯気が立ち上る紅茶をそっと口に含んだ。

穏やかな静寂が漂い、フィオナもほっと息を吐く。

ジークフリートという人物は恋愛に興味が無く、稽古と本を好み、そして父に認められた立派な人。

知れば知るほど、よくできた人だなと思う反面、本当に十三歳なのだろうかと疑問に思ってしまう。


(なんだかまるで、どこかの物語の主人公みたい……)


 実感が湧かず、グラスから滴り落ちる水滴をぼんやりと目で追っていると、カランと氷の溶ける心地良い音が響いた。


「あの子は……幼少期から頭の回転が速く、利口で、いや……親の目を抜きにしても利口過ぎるくらいで……他の子とどこか違っていた。ただ一心に前だけを見据え、懸命に生きているというか、生き急いでいると言うか。だからせめて、なんというか……これは親のエゴになるのか……」


 誰に向かうことなく、ヴィクトールは弱々しい言葉を紡ぐと、微かにふっと息を吐いた。


「親のエゴ、ですか?」


「あぁ……。……お前達は考えたことはあるか?自分達が先立った後の子の人生を……」

 

「閣下……。いえ……」


「私はな、ルーカス。私自身が騎士であるからこそ、妻と子ども達には心身ともに幾度となく救われてきた。そして血筋なのか環境なのか、あの子もまた幼いうちから騎士という道を選んだ。ならばこれから長い人生の中で、あの子にもそういう支えとなるような相手に巡り合って欲しい。そして叶うならば子を授かり、命を繋いでいって欲しい。そう願うことは、親のエゴだと思うか……」


 帝国の英雄と謳われ、戦場では黄金色の鋭い双眼でいくつもの戦況を見通し、大柄な体躯に豪快な性格。

けれど今目の前に座っている男性は、頼りなく弱々しい言葉を紡ぎ、瞳は伏せられ、たった一人の息子の将来を案じ肩を落としている。

その穏やかではない心中を体現するかのように、窓の外では時折強い風が吹きすさぶ。


「……閣下のお気持ちはよく分かりました」


 重苦しく静まり返った空気の中、ルーカスがぽつりと口を開く。


「閣下の子を思う気持ちは立派です。ならば我々も、貴方のお気持ちに誠実に向き合わねばなりませんね」


「おぉ、それじゃあ……」


「閣下。大変申し訳ないのですが、我々夫婦は、騎士にだけは娘を嫁がせるつもりはないんですよ」

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