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神様に愛された私たち  作者: シルヴィア


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騎士と婚約①

「婚約っ!?」


 水を打ったような静寂を切り裂く驚愕の声。

その声にフィオナはびくっと体を強張らせると、一体どうしたのかと、おそるおそる視線を両親へ向けた。

見れば母は口に手を当て目を見張り、父に至っては口を開けたまま完璧に固まってしまっている。

二人のこれまで見たことのない取り乱しように、只事ではないと察するけれど、だからといってそれがどれほどのものかは分からない。

そもそも自分は婚約という言葉の意味を知らないのだ。

結婚は分かるけれど、それとどう違うのか。

まずはそこから説明が欲しいところだけど、今の両親に問い掛けたところで返事すらままならないのでは。


「あの……」


「ん?」


 ならば切り出した本人に聞くのが一番早い。

フィオナは言葉を詰まらせる両親を他所に、満足気に笑みを浮かべるヴィクトールに視線を向けた。


「さっきからお話している婚約って、どういう意味なんですか?」


「……あぁ、そうか。フィオナはまだ七歳だから知らなくて当然か。……そうだな……分かりやすく言うと、『将来結婚をしましょう』と、互いに約束を交わし合うことかな」


「それって……」


「うん。だからフィオナには是非私の息子と婚約をして欲しいと思い、今こうしてお願いをしている」


「私が、息子さんと……」


 婚約、つまりは将来結婚をするということ。

ここでようやく話のいきさつを知り、途端、顔がぽっと赤くなる。

両親の仲睦まじい姿を日常的に見て育った自分にとって、結婚は憧れであり幸せそのもの。

そしていつの日か、自分にも運命の相手が現れるのでは、と勝手に想像し、まだ見ぬ相手に懸想を抱く日もあった。

けれど、いざそれが現実として目の前に現れると、気恥ずかしい反面、正直どうしてよいのか分からなくなる。


「ちょ、ちょっと待ってください閣下!話がまったく見えてこないのですが!」

 

 あれこれと巡らせる思考を一瞬で止めたのは、ルーカスの焦燥に駆られた大きな声。

弾かれたように勢いよく立ち上がり、二人の会話を遮ったルーカスは見るからに余裕がなく、語気を強める様はまるで別人。

けれどこの状況に慣れているのか、ヴィクトールは微塵も動じることなく背もたれに体重を預けると、テーブルに人差し指をコンコンと当て、溜め息を吐いた。


「だからこれからその説明をするんだろうが。……ほら見ろ、フィオナが怯えているじゃないか」


「……っ」


「お前、退団してから少し気が短くなったんじゃないのか?」


「関係ありません」


「ははっ、そうか……。まぁいい。とにかく一度座れ」


 先程までの上機嫌のトーンよりも、やや低く圧を含む声。

途端、ぴりっとその場の空気が重くなる。

その気配を察知したのか、ルーカスは不服そうに眉間に皺を寄せるも、ぐっと口を噤み、やがてどかっと腰を下ろした。

その少々無骨な振る舞いはまるで父らしくなく、ますます空気が緊張をはらみ、息苦しくなる。


(お父さん、どうしてそんなに怒ってるんだろう……)


 ヴィクトールが話を切り出しただけで、この怒り様。

婚約と言われ驚いたことは確かだけれど、とはいえここまで怒るほどの内容でもないのでは。

しんと静まり返る室内の中、フィオナは居たたまれず、先程から静観を続ける母に助け舟をだしてもらおうと、ちらりと視線を向けた。

けれど母は緊張した面持ちで状況を見守り続け、フィオナの視線に微塵も気付かない。

やはりここは黙って事の成り行きを見守る他ないのか。

息の詰まるような重苦しい空気の中、フィオナは手元に視線を落とすと、早くこの時間が終わりますように、と祈った。


「……三人とも、唐突にすまなかった」

 

 不意に紡がれた謝罪の言葉に、ふっとその場の空気が軽く緩む。

フィオナが無意識に顔を上げると、視線の先にはやや困惑した面持ちのヴィクトールが苦笑いを浮かべていた。


「うぅむ……少し気が急いてしまった。いかんな。三人にはこれからきちんと順を追って説明はする」


「当たり前ですよ。どうしたのですか。閣下らしくない」


 間髪入れず口を挟むルーカスに、ヴィクトールはますますバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。


「ははっ、全くだ。だがお前も()()()()()、少々感情的になっているよう見受ける。今この状況で私が何を言おうと、聞く耳を持つ気はないんだろう?」


「……結論は変わりませんが、聞くだけなら構いませんよ」


「……そうか……」


 ヴィクトールは僅かに頬を緩めると、湯気が立ち上るティーカップをゆっくりと口へ運び、ふっと息を吐いた。

そのひと時の間は、彼なりの軽く休憩を挟もうという意味だと察したフィオナは、そこで初めてマリーと視線を重ね合わせ、胸を撫で下ろした。

 






 キッチンから漂う紅茶葉の芳ばしい香り。

小休憩を挟むにあたり、マリーが早速新しい紅茶を淹れなおしている間、ダイニングではフィオナとヴィクトールが和気あいあいと談笑を楽しんでいた。


「そうか。フィオナが甘党に育ったのはマリーのおかげなのか。ルーカスもいつの間にやら甘いものを好むようになっていたが……」


 ヴィクトールは対面に座るルーカスを一瞥しつつ、目の前に置かれたシフォンケーキに視線を移した。

ふんわりと焼き上がった濃い卵黄色のスポンジと、真っ白な生クリーム。

加えて柔らかく甘い匂いに、シンプルだけれど作った人間の腕前と真心を感じ取れる。


「私も長らく帝都に住むが、ここまで美しいシフォンケーキは滅多にお目にかかれない。それくらい、マリーの作るスイーツは素晴らしい」


「閣下も甘いもの、好きなんですか?」 


(どちらかと言えば、甘党よりも辛党という顔をしてるけれど……)


 フィオナが小首を傾げ尋ねると、途端、ヴィクトールは可笑しそうに肩を揺らした。


「そうそう。皆、今のフィオナのような不思議そうな顔をして尋ねるんだよ。まぁ、見た目はこんななりだが、こう見えて昔から甘いものに目がなくてね。それこそ暇さえあれば帝都のパティスリー巡りをしつつ、感想を日記にしたためるほど甘いものが好きなんだよ」


「感想を?そんなに?すご~い!」


「いや、ははっ、そう素直に驚かれると面映ゆいな。……よし!それじゃあ、フィオナにだけ特別に私の夢を聞かせてあげよう。聞いてくれるかな?」


「もちろん!」


 興味津々に聞き入るフィオナに気を良くしたのか、ヴィクトールは優しく目元を和らげると、体を屈め、フィオナの耳元でこそっと囁くように言葉を紡いだ。


「ここだけの話。私の将来の夢はね……いつかその感想を書籍として出版することなんだ」


「えっ!それってグルメ本、みたいな?」

 

 フィオナが驚き目を丸くすると、ヴィクトールは喜色満面に、そうそう、と頷いた。


「凄い!それじゃあ閣下は将来作家さんになるんだね!」


「おぉ、そうか、そうなるのか……。よし、今からサインの練習でもしておくか」


「それなら、なんかこう、スイーツだから可愛い感じに、ハートとか入れてみたらどうかな」


「なるほど。ではヴィクトールの"О"の文字をハートに変えて――」


「閣下。もう少し娘から離れてください。近いです」


 声を弾ませ、互いに耳元で会話をし合う二人を不意に遮ったのは、対面に座るルーカスの一声。

眉間に皺を寄せ、あからさまに不機嫌な面持ちで腕を組んでいる。


「なんだルーカス。今重要な会議の途中だ。邪魔をするな」

 

「はい?」


「今しがた私の将来について重要な案件が発生した。故にお前は口を噤み、その場で待機だ」


「……はい??」


 ヴィクトールは呆気に取られるルーカスを軽くあしらうと、再び上機嫌にフィオナに向き直った。


「先程のサインの件、とても感銘を受けた。したがってフィオナ。優秀である君を是非とも私のパティスリー巡りの秘書に任命をしたい」


「秘書?」


 瞳をぱちくりと瞬かせ、鸚鵡(おうむ)返しのように問い掛ける。


「あぁ。仕事内容は言うまでもなく、私のパティスリー巡りに同行をし、共に感想を記すこと。尚、報酬は好きなスイーツ食べ放題と帝都散策、もちろん私という護衛付きだ」


「その話、受けます!」


 考える間もなく、もちろん承諾。

フィオナは瞳を輝かせ勢いよく片手を上げると、対面に座るルーカスに向かい、満面の笑みを浮かべた。


「いや、フィオナ、何を勝手に――」


「おい、ルーカス聞いたか!見事交渉成立だ!ついでに帝都に来た際はシュヴァイツァーの屋敷を案内してやるから、そのつもりでな」


「はぁ?」


「なんだ不服か?土産ならちゃんと持たせてやるから安心しろ」


「誰もそんな話してないでしょう!」


 感情を露わに語気を強めるルーカスを前に、ヴィクトールはからかうように悪戯めいた面持ちで高笑いをした。

それにしても今の父は普段見慣れている姿とは程遠く、やや子供じみた雰囲気がとても珍しい。

心を許した知人の前ではこうも違うのか、とフィオナは無意識に口元を緩めると、大人二人の掛け合いを興味津々に眺めた。


「二人とも、相変わらずね」


 話の一部始終を見ていたのだろう、マリーもまた可笑しそうにくすくすと笑いながらキッチンから出てくると、淹れ立ての紅茶をそれぞれの前にそっと置いた。

ゆらゆらと湯気を立たせる紅茶は先程と銘柄が異なるのか若干香りが強い。

けれど柑橘系の爽やかな香りが鼻をくすぐり、どことなく心がほっと落ち着く。

これはダージリンかな、と思った矢先、フィオナの前にはグラスに注がれたフルーツティーが置かれ、氷がカランと涼し気な音を鳴らした。


「……全員席に着いたな。あぁ、フィオナはケーキでも食べながら気軽に聞いてくれればいい」


 マリーが着席をした頃合いを見計らい、ヴィクトールは背もたれから体を起こすと、テーブルに肘を突き、手を組んだ。


「さて、話の続きといこうか」


 そう言うと、ヴィクトールはゆっくりと事の経緯を語り始めた。

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