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神聖力

 世界で最も稀有な力とされる【神聖力】。

魔力が全ての理であるこの世界で、その理から外れた唯一無二の存在であり、人々に癒しと平穏を与える。

しかしその発現条件については未だ解明されておらず、まさに神の領域であると崇められていた。


 そしてフィオナが七歳を迎えたある日、それは何の前触れもなく発現した。

足を負傷した父が帰宅をした際、その身を案じ、患部に手をかざした瞬間であった。

突如淡い光が傷口を包み込み、瞬く間に治癒がなされるその様を目の当たりにしたフィオナは、当初その力がどういうものなのかを理解することなく、素直に心から喜んだ。

けれど両親が言葉を詰まらせ、悲痛な面持ちを浮かべたことにより、それがあまり良いことではないと即座に理解した。


『いいか、フィオナ。この力はとても素晴らしいものだけど、決して人前で使ってはいけないよ。お父さんとお母さんとフィオナの三人だけの秘密だ。守れるな?』


 父は穏やかな声色で、けれど真剣な眼差しでフィオナに伝えると、それ以上何かを求めてくることはなかった。

この力が一体何を意味するのか、何をもたらすものなのか、未だ知る由もない。

けれど、父の言葉はきっと自分の為なのだと幼心に理解はしている。

だから今もこうして人目がない場所を訪れては、ひっそりと力を使っているのだ。




「ふぁ~……。お父さん、遅いなぁ……」 


 心のゆくままに力を行使し、程よい疲労感に包まれたフィオナは、軽く欠伸をかきつつ、大きく伸びをした。

温かな光に包まれた花畑の中は、まるでぬるま湯に浸かっているように心地が良い。

そのまま仰向けに寝転ぶと、視界の端でゆらゆらと揺れる花の先に、春らしいのどかな蒼天が広がっていた。


「こんなことなら、おやつでも持ってくれば良かったな……」


 誰に向けるわけでもなく、独りごちる。

すると間を置かず、隣に寄り添うようにリルが横たわり、途端、ふわりと温かな感触が肌に触れた。

フィオナはなんだかそれが無性に愛らしくて、「ふふっ」と笑みをこぼすと、リルの方へ体勢を変え、ふわふわの毛に包まれた丸い背中を優しく撫でてあげた。

ぽかぽかと穏やかな陽気と、子守唄のような小鳥のさえずり、そして手のひらに感じる温もり。

やがて大きな欠伸を一つかき、瞳を閉じるリルの隣で、フィオナも次第に瞼が重くなると、そのままうとうとと微睡み始めた。


「おーい、フィオナ!」


 するとものの数分で、遠く、微かに聞こえたのは、自分の名を呼ぶ声と蹄の音。

その音にフィオナは勢いよく上半身を起こすと、すぐさま声が聞こえた方へ視線を移した。

やがて自然と緩まる瞳の先には、馬を巧みに操り、こちらに向かい駛走(しそう)する一人の男性の姿。


「あ、お父さんだ!」


 フィオナは瞬く間に喜色満面になり、こちらへ向かう父親へ精一杯手を振ると、心地良さそうに眠りこけるリルの背をぽんぽんと叩いた。


「ただいま」


 父親は花畑に気を遣ったのか、少し離れた場所に馬を止めると、下馬し、ゆっくりとフィオナの側へ歩み寄った。

バターブロンドの少し癖のある長い髪を後ろで束ね、左目には眼帯、そして右目はフィオナと同じ翠玉色の瞳を持ち、優しく緩められている。

腰には精巧な細工があしらわれた重厚感のある大剣、背には弓矢を携え、見るからに軍人であるこの男の名は、≪ルーカス・ベルンシュタイン≫、フィオナの父親である。

この辺境の村には似つかわしくない屈強な体躯の持つ主である彼は、元々帝国騎士団に所属をしていたのだけど、結婚を期に妻とこの村へ移住し、その後訳あって退役。

その後、騎士団で培われた強靭さを生かし、今では日雇いの傭兵として日々国境警備に尽力しているのだ。

けれど、昔の彼を知る者が今の彼を見れば、きっと皆口を揃えて「勿体ない」とこぼすだろう。

何故ならば、彼の騎士団での役職が騎士団長総長(グランドマスター)と同等の権限と力を持つ副団長であり、尚かつ帝国では希少なソードマスターランク取得者であったからだ。


「悪い、待たせたか?」


 ルーカスは花畑の中で座り込むフィオナの前で足を止めると、流れるような所作で片膝を突き、優しくその頭を撫でた。

その美しい立ち振る舞いは、やはり本物の騎士ならではと、思わず見惚れてしまう。


「やっぱり本物はかっこいいね」


「ん?本物?……あぁ、なんだ、ははっ。……しかし、お前は本当に騎士が好きなんだな」


 ルーカスは気恥ずかしそうに笑みをこぼすと、フィオナの髪についた花びらをそっと取り除いた。


「ここに来るのも久しぶりだな。楽しかったか?」


「うん!」


「そうか」


 満面の笑みで大きく頷くと、ルーカスは穏やかに目元を緩め、大きく温かな手のひらで再びフィオナの頭を優しく撫でた。

以前母親から聞かされた話だけれど、騎士団時代のルーカスは厳格で冷徹、容赦がなく手厳しい人物と言われていたそうだ。

けれど今目の前にいる彼は、そのような雰囲気など微塵も感じさせず、温厚で柔和という言葉がとてもよく似合う。

もしもその変化が母と自分がもたらしたものだとするならば、それはなんて素敵なことだろう。

フィオナは胸の奥がじんわりと温かくなり、心躍らせると、ルーカスに思い切り抱きついた。


「ん?どうした。今日はえらく甘えただな」


 頭の上から響く低く柔らかな声と、安心する匂い。

フィオナは全身で甘えるように頬を寄せると、ほっと息を吐いた。

けれどその安らぎのひとときは、ルーカスの右肩の異変に気付いたことにより、一変する。

 

「お父さん!肩、怪我してるよ!」


 声を張り上げ、慌てて父親の右肩に顔を近付ける。

隠すように上着で覆われ、一見して気付きにくいその箇所は、応急処置で包帯が巻かれているのだけど、出血が続いたのか赤い染みがじわりと広がっている。


「ん?あぁ、大した傷じゃない。止血も済んでいる」


 顔色を青ざめ、おろおろと慌てふためくフィオナを他所に、慣れているのだろうルーカスは軽く笑い飛ばす。

騎士として何度も戦場へ出征してきた故に、負傷することに対し、そして自身の体に対し、あまりにも無頓着なその反応。

確かにルーカスから見れば大した怪我ではないのかもしれない。

けれどフィオナにとっては大した怪我なのだ。


「お父さん。お父さんは自分のこと、もっと大切にするべきだと思う。この間だって、お母さん、泣きそうだったんだよ!」


 その一言にルーカスは驚愕したのか、ぎょっと目を見張る。


「泣きそう、だったのか……。それは……気付かなかった」


「うん、そう。だから、はい!」


 フィオナは少しばかり語気を強めると、ルーカスから体を離し、ここに座って下さいという意味を込めて、両手で地面を差し示した。


「……すまない。頼む」


 ついに観念をしたのか、ルーカスは苦笑いをすると、その場にどかっと腰を下ろし、傷口が見えるように肩から包帯を外した。

見せて欲しいとお願いした手前、目を背けることはしたくないけれど、やはり傷口を見るのは躊躇ってしまう。

フィオナは意を決して恐る恐る患部を覗き込むも、そこには矢で射られたような鋭い裂傷があり、思わず息を呑んでしまった。

幸い応急処置が功を奏し、出血は既に止まっており、膿むことなく、大事には至ってないようだ。

けれどこの負傷を大した怪我ではないという認識を変えない限り、再び同じ目に合わないとも言い切れない。

ならば改めて母親から強く言い聞かせてもらう必要があると、フィオナは人知れず思った。


「それじゃあ、始めるね」


 とにもかくにも、今は目の前の傷に集中しなければ。

フィオナは隣で静かに見守るリルの視線を感じながら、そっと患部に手のひらをかざした。

すると、じんわりと手のひらが温かくなり、やがて淡い光が溢れ出すと、みるみるうちに鋭い裂傷が閉じていき、ものの数秒で傷口は跡形もなく消え去っていた。


「……ふぅ……。はい、終わったよ」


「あぁ、ありがとう」


 ルーカスは治癒が施された箇所を束の間見つめると、やがてゆっくりと立ち上がり、ぐいっと肩を回した。


「相変わらず見事だな……」


「ふふん。でしょ?」


「フィオナは?体に何か違和感はないか?疲れは?痛みは?」


「何もないよ。元気、元気」


「そうか」


 ルーカスはほっと安堵の吐息を漏らすと、辺り一面に咲き誇る花畑へと視線を移した。


「けどな、花畑で歌うのだけは程々にしておくんだぞ」


「……はぁ〜い」

 

 頭では理解しているつもりでも、この時ばかりは疑問が浮かんでしまい、無意識に返事が渋々になってしまう。

どうして他の人に知られたら駄目なのだろう。

この力はきっと色んな人の役に立つはずなのに。

けれどその理由を両親はいつまでも経っても教えてくれない。

フィオナは押し黙り、様々な疑問を頭の中で巡らせると、突如体がふわりと宙に浮き、気が付けば父親の逞しい両腕に抱き上げられていた。


「お前がもう少し大きくなったら教えてやるから……今はまだ、な?」


 フィオナの思いを汲んだのか、ルーカスは穏やかな声で諭すように言葉を紡ぐと、翠玉色の瞳を優しく緩めた。

本当は今すぐにでも教えて欲しい。

けれど、ルーカスの瞳の奥に滲む深い深い愛情の前では、フィオナも首を縦に振らざるを得なかった。

 

「……分かったよ。それじゃあ今月のお小遣い、二倍ね……」


「……ははっ!ったく、お前ってやつは本当に……。一体誰に似たんだ?」


 ルーカスは途端声を上げて肩を揺らすと、フィオナを抱き上げたまま踵を返し、すぐ傍で待機をさせていた愛馬の元へ歩みを進めた。


「さぁ、そろそろ家へ帰らないとお母さんが心配するぞ。そういえば今日のおやつは何だろうな」


 フィオナを馬の背に乗せ、自分もその後ろに軽々騎乗をすると、ルーカスは声を弾ませ手綱を握り締めた。

見た目とは相反して大の甘党であるルーカスは、毎日用意される母親特製のスイーツが何よりも楽しみらしい。


「あ、今日はね、絶対にシフォンケーキだと思う。この間、二人で久しぶりに食べたいねって話したから」


「そうか。それは楽しみだな。よし、リル、帰るぞ」


「あっ、待って!リル、花冠はそこに()()()て」

 

 ルーカスが馬の腹部を足で優しく撫で、ゆっくりと発進をさせると同時に、慌ててリルに声を掛ける。

するとリルはその意を即座に汲み取り、その場で頭を下げると、乗せていた冠をそっと花畑の中に置き、すぐさま馬を追従し始めた。


「ありがとう!」


 背後から着いてくるリルに向かい、笑みを浮かべ、視線を前方へ戻す。


「おやつのこと考えたら、お腹が空いてきちゃった」


「そういえば、そろそろ蜂蜜が採れる季節だな」


「あ、そっか!今年もブルーメさんのとこの蜂蜜、買えるかなぁ?」


「そうだな。今度、養蜂場へ顔を出してみるか。運が良ければ巣がもらえるかもしれんな」


「やった〜!」


 次第に速度が上がり、流れていく景色を眺めながら、春の香りをまとった爽やかな風に目を細める。

やがて二人の視線の先に見えてきたのは、小さくも賑わいを見せる村の入口。

背後に感じる父親の温もりと、心地の良い揺れに安心感を覚えたフィオナは、今この瞬間の幸せに満面の笑みを浮かべながら、自宅へと戻って行った。

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